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28:男爵家の兄弟姉妹④

 アンの傍らにしゃがんだクリスティンが、茶色く染まったうさぎの人形を拾い上げた。


「懐かしい。これ、私も好きで毎日遊んでいたのよ」

「あ~、アーの。めっ」


 手もとのおもちゃで遊んでいたアンが、クリスティンがうさぎを手にすると、その人形は私のだと主張する。手を伸ばしてきたアンに、クリスティンはうさぎをかえした。

 弟妹の成長を長年見ており、そのぐらいの幼児の主張は慣れていた。


 クリスティンは、床に転がっている別の人形を手にする。両手で持って、揺すりながら歩くように動かした。


 アンもうさぎの人形をもって、同じように揺すり始めると二つの人形はまるで一緒に踊っているかのように動きだす。


 二人は笑いながら人形を動かし、人形を通して物語りを紡ぐ。

 そんなおままごとをしている時だった。掃除道具を手にしたケイトとエマが入ってきた。


 開け放った廊下丸見えの扉の前で、ケイトが片手を前に突き出し、宣言する。


「今度はこの部屋を掃除するわ。しばらく、騎士団の方々が出入りするから、男爵家(うち)はこの部屋を中心に使うわよ。

 一旦、おもちゃを片づけてちょうだい」


 その掛け声に、クリスティンとマークは素直に反応する。

 アンとピーターに「お掃除するから、あっちで遊ぼうね」などと話しかけ、おもちゃが積まれている隅に移動した。お気に入りのおもちゃを順次運んであげると、またそこで双子は各々遊びはじめる。


 食堂や厨房などのいくつかの部屋を騎士団に開放し、男爵家の面々はおもちゃがある応接室を中心に集い、食事も応接室で取ることになる。

 

 ケイトとエマが床掃除をはじめ、床の砂や汚れを奇麗に拭き落すと、各人靴を脱ぎ、扉の横に並べた。

 靴下や素足で歩き始めると途端に気持ちが緩む。

 いつもは外靴で過ごす城内だが、各人の部屋では靴を脱いで過ごしていた。解放感からのびやかに歩き始めたマークが一人掛けのソファに腰をかけ、足を延ばした。


「やっぱり、はだしの方が落ち着くよね」


 兄弟姉妹、みな同じ気持ちであった。

 立ち上がったマークは、部屋をぐるりと一周し、おもちゃの傍に座り、絵本を手にした。 


 ケイトとエマが掃除道具を数往復し、片づけていく。ついでに、クリスティンが食べ終えた食器類も運んでいった。


 二人が戻るより早く、ロイが顔を出す。床が綺麗になっていると確認し、靴を脱いだ。ソファ席へ歩いてくるロイにクリスティンが声をかける。


「お疲れ様、ロイ」

「ただいま。ケイトとエマは?」

「今、掃除道具を片づけているわ」

「そっか。お父さんには会えた?」

「騎士団の方々が来られて、出かけたみたい。まだ会えてないわ」

「ちょうど、すれ違ったのかな」

「そうみたい」


 長椅子に腰掛け、二人は向き合う。マークは双子たちと一緒に、おもちゃの山のそばで絵本を読んでいる。


「今回は長いみたいだよ、逗留期間。だから、食堂も厨房も開放するんだって、お母さんが言っていたよ」

「長く逗留してくれるなら、例の件も一緒に調査してくれるといいな」

「今回は人数も多いらしいから、ついでにお願いできるはずだよ」

「お父さんも騎士団関係で忙しくなるわね」

「うん。領地のことはしばらくお母さんと僕で対応することになりそうだ。でも、瘴気がらみのことは、すぐに対応してもらえるから安心だよね」

「そうね」


 騎士団がいれば用済みと否定的な自己評価をしそうになり、(違う違う)と心のうちでクリスティンは否定する。


(ケイトやエマと一緒。王都に行く私が、領地の心配をしなくていいようにって思っているだけなのよ)


 ロイもクリスティンが安心して王都に行けるように考えてくれているだけだと意識的に思いなおす。

 ふっと思考が真っ白になり、ひらめいた。


(私、家族に必要とされていない気がして、嫌なのね)


 ロイから目を逸らす。天井を見て、窓に視線を向ける。

 

(私は、きっと……、寂しいのね)


 瘴気を払う、家事手伝いを行う、弟妹の世話をする。ここにははっきりとしたクリスティンの役割がある。


 いつまでも家族に必要とされていたい。 

 家族と一緒に安心して笑って暮らしたい。


 実際、数年前はそのように暮らしていたのだ。

 他愛無い現実ががらがらと壊れ始めるまでは。

 

 今はまだ辛うじて立っていられる足元も、いずれ亀裂が走り、崩れていくかもしれない。

 現実は傾いていくばかりだ。

 領地から人が消え、笑って過ごせた暮らしは泡と消える。

 それは悪夢でしかない。


 十数年しか生きていないクリスティンにとって、拠り所とする暮らしが軋むことは、世界がなくなるような重苦しさをもたらす。 

 男爵領には、失いたくなものがたくさんあった。

 

(私、男爵領(ここ)が好きなのよね)


 一緒に笑って、生きている感覚が、土と植物とともにある。本当は森だって大事なのだ。

 瘴気が溢れる前は、生活の糧をもたらす、大切な場の一つだったのだから。


(どこからバランスが崩れちゃったのかな……)


 途端に、後悔のような胸苦しさを覚える。

 どこにもぶつける宛のない胸を締め付けるような痛みは、自責となってクリスティンの心をチクッと刺した。


 考え過ぎなのだと分かっていても、得も言われぬ後ろめたさが溢れてくる。そんな感情のわだかまりから言葉が突き上げてきた。


―― ごめんなさい


 バン!

 再び扉が大きな音を立てて開かれた。

 その音に驚き、クリスティンは我に返る。

 同時に浮かんだ言葉は霧散した。


(今、私、何を思った?)


 人知れず唖然とするクリスティンをよそに、入室したケイトの一声が飛ぶ。


「みんな、お茶にするわよ」

 

 ケイトの言葉が被さり、浮かんだ疑問も吹き飛ばされてしまった。

 ぼんやりとクリスティンは、歩いてくる姉妹に焦点を合わせる。


 晴れやかな表情のケイトがおぼんを抱えて歩いてくる。

 ついてくるエマが、笑顔で箱を抱え上げた。


「騎士団長さんが、みんなで食べてってお菓子くれたのよ!」


 お菓子という一言に、おもちゃの傍で絵本を読んでいたマークがぴょんと飛び上がる。


「やったぁ。絶対、なにか持ってきてくれるって思っていたよ」





 こうしてケイトがお茶を淹れ始め、エマがローテーブルに置いた菓子折りをひらき始めた。

 男爵家の兄弟姉妹たちは、包み紙が開かれるのをいまかいまかとそわそわして眺めている。

 

 箱のふたが取り払われると、オーランドがいつも買ってきてくれる大好きな焼き菓子が並んでいた。


 目を輝かせる弟妹に、クリスティンがはっとする。


「待って、今日で全部食べるわけにはいかないわ。お父さんとお母さんの分も残しておきながら、明日、明後日の分だって取っておくわよ」

「えー」


 全部食べたいマークが不満を漏らす。


「一気に食べたら、お母さんに怒られるわよ。それこそ、三日おやつ抜きとかね」

「それはやだよお、エマ」


「だから今日は二つ、ううん、三つずつにして、明日から二つずつよ」

「それぐらいあるかな」


 クリスティンの数の提案に、ロイが個数を数え始める。今日の分、明日の分と、ロイがテキパキと分けていった。

 クリスティンの言うように、一人三個ずつ小包装の焼き菓子を手にする。


「お茶が入ったわよ」


 ケイトがカップにお茶を注ぐと、クリスティンとエマが各人の前に並べた。


 お茶とお菓子がいきわたると、男爵家の子どもたちは「いただきます」と、笑顔でお菓子を食べながら、雑談を始めた。


 

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