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27:男爵家の兄弟姉妹③

 エマへの言伝をクリスティンに頼んだケイトは掃除道具の用意をするために応接室を出ていった。


 長椅子の端に腰掛けたクリスティンは、肘を膝に乗せ、前かがみになり頬杖をつく。唇をすぼめて、気づかれない程度に不満げな表情を浮かべた。


(これではまるで、いなくてもいいみたいな扱いじゃない。私だってお掃除できるのに……)


 双子の様子を見ていることも大事なことだが、掃除なら八歳のエマよりは役に立つはずであり、釈然としない。


(私の方が高いところにも手が届くし、掃除も慣れていると思うんだけどなあ……)


 まるで八歳のエマの方が優秀と評価されている気がしてしまう。


 ちらりと横を見れば、ピーターが積み木を並べており、アンが茶色く染まったうさぎの人形を大事そうに抱きしめている。

 ピーターが積み木を噛もうとしたところを、マークがダメだよと止めた。

 四つん這いになったアンがはいはいをして、おもちゃの山に向かって進んでいく。マークが一緒についていき、いくつかのおもちゃをアンに見せ、選ばせ始めた。


(六歳になれば、マークもしっかりしてくるのね)


 数年前は双子と変わりなかった次男の成長ぶりにクリスティンは感心する。

 ローテーブルの横では、ピーターがもくもくと積み木を並べて遊んでいた。


(こんなに小さかったのになあ)

 

 アンが選んだおもちゃを抱えてマークが戻ってくる。アンははいはいで進んできた。まだ歩くのがたどたどしく、這う方が早く動けるのだ。


(私、いらないじゃない)


 双子の様子はピーター一人で見ていられそうだ。

 さすがに双子を連れて応接室までいけないから、ケイトとエマが双子を抱いて歩いていたのだろう。

 その途中に遭遇したのだとクリスティンにも状況が読めた。


 扉がごんごんと鳴った。

 クリスティンが顔をあげるより早く、歩いていたマークが扉に向かう。開けてあげると、エマがおぼんを抱えて入ってきた。両手がふさがっているため、足で扉を蹴ったのだろう。


 身体を反り返したエマがおぼんを抱え、クリスティンの元まで進んでくる。


(落としちゃいそう)


 心配したクリスティンは慌てて立ち上がり、駆け寄った。


「私が運ぶわ」


 近づきながら両手を伸ばすクリスティンに、エマは素直におぼんを渡した。

 額に汗がうっすら滲むエマが安堵の笑みを浮かべる。

 晴れやかな妹の笑顔を見たクリスティンは嫉妬まがいの気持ちを抱いていたことに恥ずかしさを覚えた。心がずきりと痛んだものの、顔には出さず、感謝を伝える。


「ありがとう、エマ。運んでくれて」

「ううん。ところで、ケイトはもう行った?」

「ええ、居館の入り口あたりにいるわ。ケイトからエマへの伝言よ」

「そっか。ありがとう、クリスティン。ゆっくり食べててね。私、行くわ」

「行ってらっしゃい」


 エマは踵を返し、応接室を出ていった。

 クリスティンは、再び長椅子へ戻る。ローテーブルにおぼんを置き、座り直した。


 冷めたスープとパン。卵料理に温野菜が添えられ、トマトソースがかけられている。


 一人で食べるのも気が引け、ちらりとマークを見ると、目が合った。


「クリスティン、食べなよ。アンもピーターも俺が見ているから。お腹が空いていると、悪いことばっかり考えちゃうよ」


 不機嫌が顔に出ていたのかと思い、慌ててクリスティンは両手で頬を覆う。


「一人だけ食べるのって……。なんか、悪い気がするんだけど」

「食べてないのはクリスティンだけだよ」

「そうね。本当なら、すぐに食べて、掃除に行った方が良いんだろうけど……」


 いなくてもいい雰囲気を醸す妹たちを思い出し、クリスティンは気持ちが沈む。 

 マークがやれやれという顔で、クリスティンの前に座った。


「ねえ、勘違いしてない?」

「勘違い?」

「そう。ケイトもエマも、クリスティンが家のことを心配しないようにって思っているだけだよ」


 思いもよらないマークの発言に、クリスティンは目を丸くする。


「いっつも瘴気だなんだって、領地の心配ばっかりしているじゃない。二人はそれを分かっているから、家のことまで心配かけちゃいけないって考えているんだよ」

「……、そう、なんだ」


 クリスティンは、猜疑心や嫉妬心に囚われていたことがいかに無駄だったのか理解する。

 気づいてなかったのと呆れるような苦笑いをマークは浮かべる。


「これから王都に行くんだもん。ケイトもエマも、『自分たちがしっかりしないと、クリスティンが心配しちゃう。だからちゃんとしよう』って、朝ご飯を食べながら話していたんだよ」

「そんな話、してたんだ」

「うん。今日だって朝から飛び出していったんでしょ。ロイが言っていたよ。ケイトもエマも聞いてるからね。お母さんは呆れていたよ」


(内緒で出ていったつもりだったけど、全部筒抜けだったってことね。お母さんがいるんだもの、ロイも秘密にはしていられなかったわよね)


 男爵家の兄弟姉妹にとって、父よりも母の方が圧倒的に怖かった。


「ばれないように瘴気を払って帰ってこようと思っていたんだけどなあ」

「朝食なのにクリスティンが来ないとなれば、ロイがお母さんに事情を説明するに決まっているじゃないか」

「そうよね、お母さんを前にして、隠し事はできないわ。後でばれて怒られるのも怖いものね」

「そうそう。だから、まずは食べなよ。食べないと、力が出ないよ。

 お腹空いていたら、嫌な事ばっかり考えちゃうよ。

 違う?」


(マークの言う通りね。ケイトやエマに悪感情を抱くなんてどうかしていたわ)


 反省するクリスティンは、お腹が空いていたら曲がった思考に囚われてしまうと自覚し、カトラリーを手にした。


「いただきます」


 兄弟たちの優しさを噛みしめて、クリスティンは遅い朝食を食べ始める。


 



「ご馳走様」


 食べ終えたクリスティンがほっと息吐き、長椅子の背もたれに身体を預ける。


 アンとピーターは各々好きなおもちゃで遊んでいた。

 アンはお気に入りのおもちゃを周囲に並べ、ウサギの人形でおままごとのような遊びをしている。

 方やピーターはタイルのように積み木を並べたあとは、新たなおもちゃを探しに行き、今度は真っ直ぐに並べておもちゃの道を作り始めた。 

 マークは少し距離を取り、本を読みながらそれぞれの様子を見ている。


(マークもできることをしようとしてくれているんだね)


 王都に行くと決まったクリスティンに心配をかけまいとする、弟妹の優しさに暖かい気持ちになった。








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