20:愛し子の成長④
祝いの日を明日に控え、子どもたちが寝静まった夜。
男爵とオーランドは向き合って、酒を酌み交わす。
「おめでとう。無事十二歳の祝いを迎えることができてなによりだ」
「ありがとうございます、殿下。カスティル領をいつも守っていただいていることも、心より感謝しております」
「いいんだ、それは。俺の仕事だからな」
ひたすらにクリスティンの成長が嬉しかった。ただただうれしいと悦びだけを感じていられるのは、オーランドが親ではないからだ。
男爵の方が、親として、成長を喜びながらもクリスティンの将来を心配していた。
「殿下、覚えていらっしゃいますか。あの子が、クリスティンが産まれた時に、もっとも懸念している状況を」
いつになく真剣な男爵に、オーランドの表情も引き締まる。
「一番、最悪なのは、リディア様の記憶がなく、魔力をそなえ、魅了の魔女であった場合です。
現状、クリスティンは記憶がなく魔力を備えているため、二つの条件を満たしていることになります」
「確かに、そうだな」
「このまま、男爵領にずっと置いておいて良いでしょうか。いずれはあの子の結婚話がのぼってきます。今すぐでなくとも……」
十二歳の子どもに結婚という単語が出てきて、オーランドは戸惑う。少し前まで、子ども子どもと思っていたら、もうそんな年なのかと、蒼白になる。
男爵は淡々と語る。
「殿下。
クリスティンを殿下に預けた方がいいのではと私どもは考えてえております」
「俺に、クリスティンを」
クリスティンの成長を楽しみにしてきただけのオーランドは、返答に窮する。
「あの子はまだ子どもです。ですので、十五歳までは私どもの手元で育てたいと思っています。
しかし、その先。十五にもなれば、一般的な貴族の娘なら婚約者を決め、二十歳前後で結婚していくものです」
「待て、待て、待て。
まるで言っていることが、俺の……、俺の……」
クリスティンをオーランドに嫁がせる、そんな未来を男爵が想定しているようで、あわあわしてしまう。
平静でいられず、視線も泳ぐ。
「ジョン、待て、そういうことは、そういうことはだなあ。
そう、相談だ。誰かに相談しないと」
大の大人が誰に相談するんだと突っ込みたくなるほどあたふたするオーランドを涼やかに受け止める男爵はいたって真面目に話し続ける。
「これはウィーラー殿の助言でもあります。
クリスティンは思いのほか魔力が多いそうですね。やはり、あの選民の女性、リディア様の魂のおかげかと思います。
魔力をもち、剣の腕も立つ。そんな娘を地方で大人しく暮らさせ続けるのは難しいのではというのです。実は私も同じ考えです」
いつまでもクリスティンを守り続けるつもりでいたオーランドだが、いずれは嫁ぐ、婿をとるとなると、距離が出てくる。
記憶が戻る可能性も、魅了の魔女として目覚める可能性も残されている状況で、それはまずいと気づく。
「ウィーラー殿は言いました。『クリスティンを殿下の庇護下に置き続け、王都の教育機関で一度しっかりと教育を受けたほうがいい。今から始めれば十五の地方受験にも間に合うだろう』と」
「ああ、なるほど。俺がクリスティンの後見人になると言うことだな」
なるほど、なるほど、とオーランドは納得する。
まさか自分の嫁になどと男爵も考えていないのだとほっとした。
「それだけでなく、もし殿下がお望みなら、クリスティンを正妻とは言いません。妾でもいいので、傍に置かれることになっても私どもは反対しません」
ぶはっと酒を噴き出しそうになり、オーランドは焦る。
「ジョン、何を考えている、俺とクリスティンは二十歳ほども年が違うんだぞ」
「殿下の御寵愛を受けている現状、リディア様の魂を受け継いでることを鑑みれば、クリスティンは殿下の元にいるのが一番いいと思うのです。
どのような形で傍に置くかは殿下に任せますが、私どもは、娘を殿下にお返しするつもりでいます。
今まで、十分に愛し可愛がって育ててきました。殿下ならば、私どもからクリスティンを取り上げることもできたはずです。
私の目から見ても、殿下はとてもクリスティンを大事にしてくださる。
殿下の元で健やかに幸せに生きていてくれるなら私どもは本望です」
(重い、重いぞ、これは)
男として責任をとれと愛する者の父親に静かに迫られ、オーランドの背は冷たい汗でぐっしょりと濡れた。
「わっ、分かった、分かった。
ひとまず、受験には協力しよう。
王都で学ぶときの後見人、フォロー役は男爵に変わって、俺が引き受けよう。それも卒業までだ。
それ以降は、待て、待ってくれ」
男爵は大慌てのオーランドににこりと満足げな笑みを向ける。
「いいえ、それだけで今は十分です。
まだ十二のクリスティンも、嫁ぐことなどなにも考えていませんから。あくまでも、親である私たちの先走った心配です。
殿下におかれましては、今まで通りクリスティンと接してください」
「あっ、分かった。もちろん、そうだよな。クリスティンは、まだ十二だしな。はは……はは……、ははは……」
そう、クリスティンがオーランドのことを男として見ているわけがないのだ。十二歳はまだ子どもだ。子どもだが、子どもはあっという間に大きくなる。
翌日、男爵の城で祝いが行われる。
近隣から人が集まってきた。
着飾った一歳や六歳、十二歳の子どもたちが多数いる。男爵の次女のケイトも、クリスティンが六歳の時に着たドレスで参加していた。
ここ数年は男爵の子どもたちも祝いを迎える回数が増え、近年は開かれると城近くに住まう一歳や六歳、十二歳の子たちも交え、一緒に祝う行事のようになっていた。
楽器が弾ける者たちが、音合わせをしている。
男達がテーブルを運び、女たちが料理を運ぶ。大人たちそれぞれが楽しみながら準備を手伝っていた。
にぎやかな雰囲気に心躍るオーランドも、人々の輪に加わり、手伝っていた。
一段落し、額に滲む汗を拭う。
「おいちゃん」
ふいに後ろから声をかけられ、振り向く。
贈ったドレスを着たクリスティンがいた。
褒めてと言いたげににこにこするクリスティンにオーランドは破顔する。
「クリスティン、昨日も似合うと思ったが、太陽の元ではより一層似合うなあ」
「本当、嬉しい。ねえ、おいちゃん、今日は一緒に踊ろうね」
「踊る、俺が、クリスティンと!」
突然の申し出に、オーランドはぴょんと飛び退いてしまう。
その動きにクリスティンは目を丸くする。
「驚き過ぎだよ。一緒に踊るだけなんだよ、おいちゃん」
「そう、そうだな」
ドキドキする胸にオーランドは手を当てる。
成長したクリスティンが、一緒に踊ってくれるだけで、嬉しくて仕方なかった。子どもの成長に対する感慨で満たされる。
「どろうさぎを顔に叩きつけたクリスティンがダンスを誘ってくれる日が来るなんて、俺は、俺は……」
男泣きしそうになったところで、後ろから長男のロイが顔を出す。
「やっぱり、俺の勝ちだ。おいちゃん、泣いた!!」
オーランドが両目をパチパチすると、クリスティンの後ろにロイだけでなく、次女のケイトも三女のエマも次男のマークまでいた。
クリスティンの後ろに隠れていたのは、歩ける彼女の弟妹全員。泣きそうだった涙も引っ込んだオーランドは真っ赤になって叫んだ。
「おっ、お前ら! 子どものくせに俺をかけごとのネタにしていたのか!!」
子どもたちが蜘蛛の子を散らすように歓声を上げ逃げていく。
そんなやり取りを遠巻きに見ていた大人達も笑い出す。
会場中に笑われるオーランドは周囲を見回しながら、おろおろする。
男爵の子どもたちには、剣豪オーランドも形無しだ。
クリスティンの笑い声が聞こえ、むくれたオーランドが恨めし気な顔をむける。
だましたなと言いたかった。
そんな心が伝わったのか、クリスティンが苦笑いする。
「ごめんね、おいちゃん。弟が言い出したの。ダンスに誘ったら、嬉しくて泣いちゃうよって言うから、みんなで試してみたのよ」
「酷いだろ、クリスティン。俺を、ひっかけるなんて」
「ごめんね、おいちゃん。
でも、一緒に踊ろう、ねっ。これは本当。今日は私のお祝いなんだから、一緒に踊ってくれるでしょ」
クリスティンが小首をかしげて笑顔で問う。
そんな笑顔を向けられてはオーランドは許すしかない。
ダンスを誘われているオーランドは、背筋を伸ばし恭しく胸に手を添え、礼を示す。
「もちろん、喜んでお相手させていただきます」
子どもの頃から社交の場に出てきたものの、人生でこれほどうれしいダンスの誘いはないと思った。
クリスティンの溢れんばかりの笑顔は、オーランドにとって至極の宝物だ。
読んでいただき有難うございます。
とても長い小説なので、完結するのは25年頃になるかなって目算してます。
(今まで50作くらい完結させているし、ラストは決まっているので、道程がどうなるか分からないけど、最終話までは書けます)
初投稿から一日一話投稿続けており、できるだけ長く継続したいところですが、長編なのでさすがにどこかで滞るかもしれないです。
それでも、現状120話ぐらいまで書けてますので、お付き合いいただけましたら幸いです。