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2:罪を背負う旅のはじまり②

 同い年のオーランドとリディアは貴族学院の高等部で出会った。

 入学式が行われる前に学院を見学できる一定期間があり、そこで偶然出くわした。


 その後、リディアは兄の婚約者だと知らされたオーランドは、同じ魔法魔石科である繋がりもあり、同級生として一定の距離を保ちつつ、彼女と親しくなっていった。


 リディアが十六歳になると最高学年のジャレッドとの婚約が公にも発表された。


 早くからリディアの素性も含め知らされていたオーランドは弟として二人の婚約を、喜ばしく見守っていた。


 ネイサンも交え学院生活を満喫し、最高学年になったオーランドは在学中に聖騎士になった。そして、王都から頻繁に遠征に向かうようになる。


 同時期、ジャレッドはリディアに特別な香水をプレゼントし始めるようになった。

 その香りはいかにジャレッドがリディアを特別に思っているかを物語り、その芳香は彼女の代名詞となった。


 ジャレッドがリディアを大切にする様をオーランドはただ眺めていた。


 意気揚々と、気ままに旅するオーランドは確信していた。(ジャレッドが治める世はきっと平安に違いない)と。

 王と王妃の仲は治世を示す象徴ととらえていたオーランドは、二人を心より祝福し、自らの役割をまっとうしようと心に決めていた。


 リディアはジャレッドの横で、ただ幸せに、満足げに、穏やかに、微笑み続けてくれるだろうと信じていた。


 よもや、魅了の魔女としての芳香を隠すために香水が贈られていたとは考えもせずに。





 魔女の芳香にいち早く感づいたジャレッドは、このままではリディアが殺されると自覚した。


 匂いを隠すならより強い匂いを。

 ジャレッドは世界で唯一、リディアだけの特別な香水を用意させた。その香水と彼女から立ち上る芳香が混ざり合えば、隠し通せると考えたのだ。


 その発想が、立ち上り始めた芳香に意識が乗っ取られてきたためであったのか、リディアへの確かな愛から生まれていたのか、判別はできない。


 香水は、彼女が特別であることを示し、周囲への牽制となった。

 どんなに横恋慕しても、王太子の影がちらつく婚約者に手を出せる者はいない。

 ジャレッドは、これで隠し通せると仄暗く確信した。

 

 婚約者からの特別なプレゼントを気に入っていたリディアも自身が魅了の魔女であると気づかずに過ごす。

 芳しい香りは、ただただ彼女がいかに愛されているかを周囲に示すだけであった。


 穏やかな月日が流れる。


 その間も、リディアの魔力は強くなり、それにともなって魅了からの芳香も強くなった。ジャレッドの誤算は、彼女の魔力の増幅に限界がないことだった。

 

 過去、魅了の魔女がその死をもってしか、影響力を消せなかったのは、魔力の増大と王族を魅了する力が比例しているためであった。

 隠し通すことの難しさに歯がゆい思いを抱えながら、ジャレッドは足掻き続ける。リディアを拘束し、軟禁しなかったことを後悔しながら、狂ったように書庫に籠り文献を漁り続けた。


 王太子としての責務を果たしながら、彼はリディアの香水にこだわり、香りが薄くなるとリディアを叱責するようにもなった。


 その様に、疑念を抱き始めたのはリディアであった。


 ある舞踏会に参加した時だった。

 リディアの芳香に誘われて、二大公爵家のウルフォード家とストラザーン家の者が王太子のいない場でひっそりと愛を囁いてきた。

 密かに慕っていたとほのめかす言葉に、リディアは青ざめた。


 王家につながる者からの告白と、ジャレッドの変容ぶりから自分が魅了の魔女ではないかと疑いを抱いたリディアは養父であるスタージェス公爵に相談した。


 この国で二番目に魔力が多い王族であり、魅了の魔女の影響を受けにくい養父のスタージェス公爵は香水を預かり、長く湯船につからせたリディアと対面し、彼女が魅了の魔女であると断定した。

 私情を封印した公爵は、数年可愛がってきた養女を断罪する決断を下した。


 これにより、王太子の隠ぺいが芋ずる式に発覚する。


 判明するなり、王太子としてあるまじき行為と王とスタージェス公爵はジャレッドを断じた。


 それにより、現実を直視しろと、不必要な儀式がセッティングされるに至ったのだった。




  ※ 




 婚約解消という儀式をもって、始めからこうすべきであったのだと、未熟な王太子に現実を突きつける。


 ジャレッドは、リディアを失う現実となにも実らなかった努力を声なく嘆く。

 自業自得だ自覚せよと言わんばかりに見届け人たちは冷ややかだった。


 王太子の隠ぺいが魅了の魔女の影響を受けてのことであれば、魔女が死ねば、その後悔さえ薄れゆくことだろう。

 リディアへの想いなど、所詮魔力に毒されたまやかしだ。

 

 婚約解消の書類を手にしたスタージェス公爵が顔をあげ、オーランドに視線を送る。


 奥歯をぎりっと噛んだオーランドは苦渋の表情を浮かべた。


 やりたくない。背負いたくない。

 そんな言い訳は通じない立場にいた。


 オーランドだけではない。ここにいる者は、誰もが決められた道をあがらえないままに生かされている。


 第一王子にして王太子のジャレッドと、第二王子にして次期スタージェス公爵候補のオーランド。 

 二人は、産まれた順番、生まれ持った魔力量といった、ほんの少しの違いにより役割が違うだけなのだ。

 

 リディアが魅了の魔女であると知ったジャレッドがその秘密を隠そうとしたことをオーランドは責めきれない。

 

 もし立場が違えば、同じことをしていたと思うからだ。

 また、隠し通してくれた方がどんなに良かったかとも思うからだ。


(生きていてほしい、生きていてほしい、生きていてほしい)


 リディアが兄の婚約者に選ばれた時よりも、断然体が痛かった。

 心が軋み、身体が悲鳴をあげているかのようだ。


 魅了の魔女を断首するにあたって、『その時最も魔力の強い王家に連なる者が、魅了の魔女を断首する』という不文律がある。


 現状、成人した王族のなかで、スタージェス公爵よりオーランドの方が魔力量は上であった。


 未成年であれば責務から逃れらたかもしれないが、成人したオーランドはその責務から逃れられない。


 数年前であればリディアの断首はスタージェス公爵が背負う。

 しかし、それもまた別側面から見れば酷なこと。養父であるスタージェス公爵が可愛がっていた養女リディアを断首しなくてはいけないのだから。


 王族に連なる者のなかで、最も魔力が多いオーランドは婚約を解消したリディアを連れ、鬼哭の森で彼女を断首する役を担うためにここにいる。


 次代のスタージェス公爵としての最初の仕事が、鬼哭の森でリディアを断首することだなど、オーランドは信じたくもなかった。


(兄上。どうせ隠ぺいするなら、最後まで隠し通してくれよ)


 血を吐く思いで、叫びたかった。


 苦しいのはオーランドだけではない。


 表向き病死とされ消されるリディアの代わりに、妹のオリヴィアがジャレッドの婚約者になる。

 これもまた、元からリディアがいなくなった場合のスペアとして決められていたことだった。

 

 突如、降ってわいた姉の断首と婚約に、オリヴィアはついていけないままここに立っていた。その両目からは堪えきれない涙がぼろぼろと伝い、薄化粧はすでに崩れ落ちていた。


 リディアが泣き続ける妹に優しく微笑みかける。


「気に病まないで、オリヴィア。ジャレッドと仲良くね。ジャレッドも妹をよろしくお願いします」


 ジャレッドは虚ろな目で頷いた。


「では、続いて、オリヴィアのスタージェス家への養子縁組の手続きに移る。それが終わり次第、王太子との婚約への流れを説明する」


 同席したスタージェス公爵が新たな書類を提示した時、リディアは軽く手をあげた。

 その場にいた全員が彼女に注目する。


「私の役割が終わったのなら、退室してもよろしいでしょうか」


 場がしんと静まり返る。

 泣いていたオリヴィアさえ、息を呑んだ。

 時が止まったかのようであった。


「行ってかまわない。

 オーランド殿下、よろしく頼みます」


 スタージェス公爵が軽く頭を下げる。

 オリヴィアは顔を覆って泣き出し、ジャレッドはうなだれた。


 オーランドはリディアの横に立ち、彼女に手を差し伸べる。

 貴族学院でエスコートして以来だった。兄の婚約者になってからは、リディアの隣にはジャレッドがおり、王太子の意向により、リディアは誰と躍ることなくいつも兄の隣にいた。


(そこにまさか、こんな裏事情があるとは思わなかった)


 噴出しそうな怒りを堪え、オーランドは静かに告げる。

 

「行こう」

 

 リディアが頷き、オーランドの手をとった。


「行きましょう」

 

 身体の向きを変えるとリディアの足元からじゃらじゃらと鎖が擦れる音が鳴る。足枷がはめられた彼女の両足は鎖で繋がれていた。

 魔女を逃がさないための処置であり、古くからの不文律の一つである。

 

 小さな一歩しか足を開けない彼女がゆっくりと向きを変えるのを待つオーランドと顔をあげたジャレッドの目が合った。


「行ってきます。兄上」

「……頼む。オーランド。そして、すまない」

「いいえ。これも俺の役割です」


 兄には兄の、弟には弟の役目があり、見届け人たちは、私情を挟むことを許さないとばかりに、監視している。

 オーランドは本心を押し込め、努めて平静を装った。


 オーランドとリディアは鎖の金属音を響かせ部屋を後にする。

 二人が退室するまで、残された人々は微動だにしなかった。




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