19:愛し子の成長③
七歳、八歳と年を重ねたクリスティンは、リディアの記憶が戻らないまま十歳を超える。
膝にのってくれる回数もめっきり減り、すっかりオーランドは一線を引かれてしまった。
父親である男爵がいる手前、がっかりもできない。平静を装っていたが寂しいものは寂しかった。
順調に成長し、クリスティンは十二歳になる。身長が伸びきると、背丈は母のマギーと変わらなくなった。
家の手伝いもよくするようになり、弟妹たちの面倒もよく見ていた。
やんちゃだった幼児期がうそのようで、急に大人びていくクリスティンにオーランドは年甲斐もなくドキドキする。
魔力の扱いに関する教本や、子ども用の基礎的な教科書もよく読んでおり、色々質問してくるようにもなった。
初歩的なものだったり、ちょっとした勘違いも多い質問に、丁寧に答えながら、リディアの記憶はないのだと再確認する。もしリディアの記憶があれば、簡単な質問はわざとでもしないだろう。
記憶が戻る期待は年月とともに薄れていた。
いつの間にかオーランドは、クリスティンをリディアとは別人ととらえるようになっていた。クリスティンはクリスティン、リディアはリディアと割り切れるようになったことで、リディアの記憶が戻れば、今のクリスティンは失われてしまう恐れを抱くようになった。
男爵の城を訪ねると必ず通される応接室も、子どもの成長とともに趣きが変わった。
クリスティンとロイが部屋の隅におもちゃの山を作ることで、見かけ上は前より片付くようになった。部屋の一角を見なければだが。
また、クリスティンは、オーランドにお茶を淹れてくれるようにもなった。
応接セットで、丁寧にお茶を淹れる所作は、見ているだけで、目尻が下がる。
カップに紅茶を注ぐ姿に成長の悦びを感じ泣きそうになった。
同時に、どろうさぎを顔に叩きつけたり、肩車したオーランドの髪を思いっきり引っ張った幼女とは二度と会えないのだと思うと、寂しさが増す。
十二年という歳月は、リディアと出会い別れた期間よりずっと長い。思い返せば、リディアとは四年も一緒にいなかっただろう。
弟妹たちも可愛いが、クリスティンは別格だ。
ただただ、彼女の成長だけがオーランドにとっての潤いとなっていた。
「どうしたの、おいちゃん、私の顔になにかついているの」
まじまじと見つめてくるオーランドにクリスティンは小首をかしげながら、紅茶を淹れたカップを差し出す。
「いや、なにも。
ただ大きくなったなと思って」
「そりゃあ、私も十二歳よ。お茶だって淹れれる、一通り、身の回りのことはできるもん」
背筋をしゃんと伸ばす、おしゃまな十二歳がオーランドは可愛くて仕方ない。下がりっぱなしの目尻がさらに下がる。
「なあクリスティン。また十二歳のお祝いがあるだろう。ドレスを贈ってもいいか」
「いいよ」
「本当か」
嬉しくて舞い上がりそうになったところで、クリスティンがにやっと笑う。
「おいちゃんにそう言われたら、いいよって言いなさいとママに言われているのよ」
「なあんだ。ぜんぶ、見透かされているのか」
「でっ、妹たちにも使いまわせるようなのがいいの」
「それも、お母さんからの伝言か」
「もちろんだよ。おいちゃん」
お見通しでも、祝いのドレスを贈れると思うと嬉しくてたまらないオーランドは、ほくほくしながら、愛しい娘が淹れてくれたお茶を飲む。
早速、王都に戻ると、オーランドは屋敷で雇っている平民夫婦に相談した。購入も六歳の時と同じように平民夫婦に、何年経っても使い回しがきく定番品で、男爵家で行われる祝いでは音楽に合わせて野外で踊るのためスカートの裾を引きずらないデザインが良いと指定し、依頼した。
平民夫婦は白いドレスを買って来た。
襟首や袖口、裾には黄色い花のモチーフが刺繍され、腰回りをリボンで結ぶ仕様である。スカート丈はふくらはぎがほどよく隠れるぐらいだそうだ。身長が低くても、くるぶしより下回らないという。ウエストも腰回りに回されたリボンを結べば調整がきくという。
髪飾りと靴も揃いで用意した。
既製品だけあって、柔軟性があるつくりにオーランドは感心した。
なにせ、クリスティンの弟妹はロイを始めに二歳になる次男まで含めると四人いる。うち二人は女の子であり、男爵家は三人目の娘まで、このドレスを使うつもりなのだ。
一歳のレースの帽子と、六歳のドレスも綺麗に取っており、妹たちに使いまわしている。
ちなみに、ロイの時も男の子用の衣装を平民夫婦に選んでもらいプレゼントしていた。女の子と男の子、バランスよく贈らないと不公平だろうと、オーランドも気を使ったのだ。
明日王都を出るという夜、酒瓶を抱えてネイサンが屋敷にやってきた。
いつもの応接室で、グラスを片手に二人は向き合う。
「クリスティンも十二歳か。早いものだな」
「そういえば、ライアンも十二歳の祝いが済んでいるよな」
「とっくにな」
「でっ、順調なのか」
「順調だよ。魔力の扱いも、剣技の飲み込みもとても十二歳を超えたばかりの子どもとは思えない。魔力の量と扱いなら、大人を凌駕している」
「十二歳にして大人と同等か。ライアンの成長を聞いていると、俺の子どもの頃を思い出すよ」
「やめろよ。お前を目の敵にして挑んでいた頃を思い出して、いやーな気分になる」
「子どもにあたるなよ」
「ライアンは素直で可愛いから、お前と違う。
あれは母親似で、なかなかの美丈夫だ」
「なんだ、それは!」
「十四で大人みたいなガタイをしていたお前とは似ても似つかないと言っている。
ライアンは俺に似て、品行方正だ。根無し草と一緒にするな」
グラスを持たない手で、ネイサンはしっしと払う。
「身内だからって、贔屓しすぎだろ」
「お前のクリスティン自慢よりはずっとマシだ。耳にたこができるほど、どれだけ聞かされてきたと思っている」
子どもたちがすくすく育ち、そこそこ落ち着いてきたことで、リディアを失った頃に比べ、二人は軽口を叩きあうようになっていた。
互いに子供の成長が潤いになっているという自覚はあった。
夜も更け、ネイサンが帰宅する。
翌日、オーランドは日ものぼらぬうちに、王都を出た。
ドレスと土産を馬に積みオーランドは男爵の城に向かう。
到着すると、すぐに応接室で土産が入った袋を開けた。
ドレスを手にしてクリスティンの表情がぱっと華やぐ。
こぼれんばかりの笑顔はオーランドの何よりのご褒美だ。
「着てみていい、おいちゃん」
「もちろんだよ。ぜひ、見せておくれ」
「うん。ちょっと、待ってて」
嬉しそうに去っていくクリスティンを見送り、オーランドは群がってくる子どもたちそれぞれに、おもちゃを手渡していく。
子どもたちは「ありがとう」とお礼を言い、おもちゃを大事そうに抱きしめる。
子どもたちが受け取り喜ぶ姿を眩しそうに見つめるオーランド。普段、殺伐としている心底から喜びの泉がわきはじめる。
別室で試着し、クリスティンが戻ってきた。
オーランドの前でくるりと一回転して、両手をあげた。
「どう、おいちゃん。似合う?」
「ああ、似合う。世界で一番、可愛くて……。とても、綺麗だよ」
褒め言葉に満面の笑みを浮かべるクリスティン。
オーランドの太陽は今日も陰ることなく輝いている。