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18:愛し子の成長②

 六歳の祝いが終わると、鬼哭の森周辺を見回り、王都に戻ったオーランドはウィーラーとコンタクトをとる。


 秘密をばらさずに、男爵家に魔力を備えた子どもがいることを話すと、情報通のウィーラーはすぐに、クリスティンの名を出し、会ったことはないが知っていると答えた。

 オーランドの身辺は調査済みのようだ。


 ならば話が早いと、いつも世話になっている男爵が魔力を備えた娘の将来を案じており、彼女が王都の学校に通えるよう助けてほしいと伝えた。ウィーラーは、快く家庭教師を引き受けてくれた。


「殿下が鬼哭の森の奥に行っている時にでも、お教えしましょう」


 頼んでおきながら、胡散臭いウィーラーで大丈夫かとオーランドは一抹の不安を感じた。ネイサンが自由に歩ければいいのだが、彼も彼で王都を離れられない仕事とライアンを抱えている。

 どう考えても、ウィーラー以外適任者はいなかった。


 家庭教師としてウィーラーを紹介するため、彼を連れオーランドは男爵領へと向かった。

 愛想の良いウィーラーを男爵家は歓迎した。


 コインやカードを使った簡単なトリックの手品を見せ、子どもたちとの関係も上手に作った。教え方もうまく、オーランドが説明足らずな部分を補ってくれた。


 一人では教えられることも限界があり、時間も限られているオーランドは、ウィーラーの力を借りられ、助かったと思うようになった。


 二人の家庭教師がつき、クリスティンは魔力の扱いがどんどんうまくなった。


 十歳近くなると、オーランドがいつも鍛錬を行っていたからか、剣技に興味を持ち始めた。そこでオーランドは、ロイと一緒に剣の扱いを教えた。

 魔力を扱う際に道具を介して使う方法もあると教え、オーランドが剣豪と言われる由縁は、剣技と魔力を合わせて使うことができるからだという秘密も明かした。


 闊達なクリスティンは剣の扱いを楽しみ、剣技の腕も上達させていった。




 オーランドの放浪は続いていた。

 未亡人や年配の一人身の女性宅を渡り歩くなかで、たまに独り身を装った者に誘われることもあった。

 男爵の城を離れると、途端に、先のことを考えない性分となり、誘われれば流される根無し草となる。

 ふらふらと後先を考えずに、誘いにのっていた。


 そんな旅をしているなかで、いつものようにある未亡人宅を訪ねると、もぬけの殻になっていた。


 親類の家に身を寄せたか、再婚したか、行方は知れなかったが、新たな宿を探すこともできず、野宿よりましだと一晩だけその空き家に厄介になることにした。


 残っていた薪で暖炉に火をつけると一間の家がぼうっとオレンジ色に染まる。

 カタンと音が鳴り振り向くと、入り口付近にウィーラーが立っていた。


「おひとりのようなのでお邪魔します」

「久しぶりだな」


 男爵の城以外で会うのは珍しい。


「どうしてここに、という顔ですね。いつも割と傍にいるんですよ。見つからないように工夫しているだけで。一応、殿下専属のフリー記者です。日ごろから接触しているのも不自然でしょう」


 おどけて笑うウィーラーと室内に残されていたテーブル席についた。なにも話が思いつかないでいると、ウィーラーの方から話し始める。


「ここのご婦人、長い付き合いでしたね。最近、少し周辺の方々に殿下との関係をほのめかし始めておりましてね、くぎを刺しておいたのですけど。

 ああ、他の方も何人か私がくぎを刺しています。詳細は聞かないでください。

 で、このご婦人、少々、出しゃばりというか、そこまで言うとほらになりますねということを話されていたので、ここから退いていただきました。

 殿下はなにも気にされないでください。

 これは私の仕事です。

 殿下の周辺になにがあっても、表に出すもの出さないものはすべて、こちらが差配しますので」


 オーランドは数人の女たちが少し面倒に感じていたことを思い出した。その筆頭にここに暮らしていた女性の顔が浮かんで、すぐに消えた。


(もうここにはいないのか、宿がなくなるのは困るな、また探すか)


 それぐらいしか浮かばなかった。

 それよりも、ウィーラーの仕事が王やスタージェス公爵にオーランドの動向を伝えるだけにとどまらないことが気になった。

 

「驚いたな」

「ここの女性がいなくなったことがですか」

「いや、ウィーラーの仕事にだ」

「ああ、ついでですよ。雑用係です。殿下も、私に子どもの家庭教師を頼まれたでしょう、同じことですよ」

「そんなものだろうか」

「選民ですから」


 荷物から、「飲みません」とウィーラーは酒瓶を出してきた。暖炉の隣にある棚からグラスを拝借した。埃がかかっていたグラスをウィーラーが丁寧に拭き、ワインを注ぐ。

 その滑らかな手つきを見ながら、オーランドは呟いた。


「俺の監視に選民をつけるとは思わなかった」

「殿下を嗅ぎまわるなど、普通の人間にはできませんよ。鬼哭の森に入れる人間は限られているでしょう」

「別に、森まで来る必要はないだろう」


 ウィーラーがオーランドの前にグラスを一つ差し出す。乾杯をする気分でもないため、そのまま二人は口をつける。


「貴族たちに知られたくないじゃないですか」

「俺の風聞がか?」

「まさか。殿下は英雄、剣豪オーランド。少々のつまみ食いなどご愛嬌ですよ」

「なら、なにをだ?」

「選民が動くなど、一つしかありませんでしょう、殿下」


 グラスに口をつけながら、楽しそうな声音で語るウィーラーの目は笑っていない。

 いつもそんな仄暗い目をしているから胡散臭いのだと心のうちで悪態をつきながらオーランドはワインを呷る。


「貴様はリディアを殺していないだろう」 


 天井を向いたところで、どすのきいた声音に刺され、オーランドは一瞬止まった。

 ゆっくりとグラスを置く、無感情な表情かおをウィーラーに向ける。


「いや、俺は断首した」


 動揺なくオーランドは嘘を吐く。誰かに問われたら、こう答えると決めていた問答だった。

 ウィーラーは酒瓶を傾け、オーランドのグラスにワインを注ぐ。


「そこは約束の古代神殿で、ですか」

「そうだ」

「なら、いいのですけどね」


 雫がこぼれ落ちそうな酒瓶の口を回しながらウィーラーは持ち上げた。


「私が動くのもおわかりでしょう」

「いらぬ嫌疑をかけられていると思うと不愉快だ」

「殿下は堂々としていらっしゃる。足りないところは足りないが、隙がない」 


 口元に笑みを浮かべるウィーラーは、手酌でワインを注ぐ。


「瘴気が流れ、魔物が跋扈するのも、鬼哭の森の奥にある古代神殿で魅了の魔女を断首していないからではないかと選民の代表者は懸念しています」

「王やスタージェス公爵は知っているのか」

「いえ。こんな懸念は選民しか致しません」


 オーランドはウィーラーを静かに見つめる。


「お前は、選民の懸念のために出てきたのか。

 王やスタージェス公爵の監視依頼も、俺が依頼した家庭教師依頼も、すべてがついでというわけか」


 口角を柔らかくあげ、ウィーラーは意味ありげな微笑を浮かべた。


「さあ、どうでしょうね」


 それきり、二人は沈黙した。


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