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17:愛し子の成長①

「なあ、クリスティン。もうすぐ六歳の祝いだろ。俺が祝いのドレスを用意したら着てくれるか」


 読み聞かせ終えた絵本をぱたりと閉じたオーランドは、ドキドキしながらクリスティンに尋ねた。


「パパとママがいいよって言ったら、いいよ」

「そうか」

「うん。おいちゃん、次はこっちを読んで!」


 ドレスなんかどうでもいいとばかりにクリスティンはローテーブルに数冊重ねた絵本の山から一冊抜き出し、高くかかげた。


 応接室の長椅子に座っているオーランドの膝にはクリスティンと一緒に、二歳違いの弟のロイも座っている。

 二人の子どもを膝に座らせ、受け取った絵本を、さあ読もうと開いた時だった。


「クリスティン、ロイ、殿下。夕食の時間になりますからね、その一冊を読み終えたら、食堂に来てね」


 産まれたばかりの次女のケイトを抱いた母のヘザーに、二人の子どもは手をあげて、「はーい」と元気のいい返事をする。


「じゃあ、最後まで読んで、ご飯にしような」


 膝に乗った二人の子どもを抱き直し、穏やかな顔付きで、オーランドは絵本を読み始めた。





 子どもが増えた古城の応接室はおもちゃが散乱する遊び部屋と様変わりししていた。片づけても、片付かない様に、大人が音を上げたのだ。

 

 昼間は子どもと遊ぶ同じ部屋で、夜は酒を酌み交わすのが男爵とオーランドの慣例となる。


 クリスティンから親の了承を得るように言われたオーランドは酒の席で男爵に問うた。


「物は相談なんだが、ジョン」

「なんでしょうか」

「祝いの席で着るクリスティンのドレスを用意させてもらいたいんだ」


 訊かれることが分かっていた男爵は、あらかじめ用意していた答えを告げる。


「殿下。クリスティンのために用意してもらうのは嬉しいですが、あまりに値がはるものは気が引けます。私どもでも手が出せる価格帯のドレスでお願いします。ヘザーもとてもその点を気にしてます。一歳の祝いでいただいた特注品のような衣装では困りますよ。

 ケイトにも使い回させてもらうつもりですし、市販の一般的な六歳児用のドレスで十分なんです」

「わかった、考慮するよ」


 男爵の了承を得たオーランドは王都に戻ると、すぐに屋敷で雇っている平民の夫婦に相談した。それなら一般平民向けの被服店で用意したらいいと助言を受け、いざ店に行こうとすると、殿下が買いに行っては大変なことになると平民の妻が代わりに買いに行ってくれた。


 彼女は、大衆向けの既製品であっても、可愛らしい品を買って来てくれた。

 水色のドレスには白いレースがあしらわれ、襟首や袖、腰、スカートの裾に青いリボンが縫い付けられている。青い髪飾りや白い靴も一緒に用意してくれ、一人で買いに行ってはそこまで気が付かなかったと、オーランドは平民の夫婦に感謝した。


 別の日、オーランドは本屋に行き、子ども用の魔力操作の基礎教本を購入した。

 魔力の扱い方を少しは教えているものの、クリスティンもそろそろ本格的な基礎練習を学ぶ時期に入ってきたのだ。


 今回の王都滞在は数日で、すぐに男爵の城に戻る予定であった。明日出発するという夜、オーランドは屋敷にネイサンを招いた。

 いつもの応接室で酒瓶を開け、グラスにワインを注いだ。


「忙しいところ悪いな」


 ネイサンにグラスを渡すと、オーランドは手にしたグラスを掲げあげる。

 その所作にネイサンは目を丸くした。


「近衛騎士団長就任、おめでとう」

「なんだ、知っていたのか。出張ってばかりいるから、知らないものと思っていたよ」

「まさか。情報通が教えてくれるんだよ」

「ああ、あの……」


 ネイサンは受け取ったグラスを回す。

 オーランドは一杯目はぐいと飲み干し、二杯目を注いだ。


「クリスティンは元気か」

「ああ、変わらずだよ。そろそろ、魔力を扱う基礎技術を教えようと思っている」

「そうか、もうそんな年か。ライアンにも教えるようになっているものな。早いな」


 ネイサンはグラス内の赤い液体を眺める。


「ライアンはどうだ」

「飲み込みが早いよ。一回教えたらすぐにできる。思ったように光を操るだけなら、もう十分だ」

「操作力もあるのか」

「ああ、天才だ。さすが王族の血を引いているだけはある」

「俺と成長が似ているかもな」

「隔世で選民から妃を迎えている王家はやっぱり違うな」

「選民の祖母の血が濃く出たのだろう」

「やっぱりそうか。俺はライアンの年では、あんなに上手く操れていないと両親もいっていた。俺はあっという間に公爵や聖騎士の候補から外されそうだよ」

「俺は素行が悪いから、ライアンが公爵を継ぐことになってもおかしくないな」

「俺も用済みで引退か。悪くないな」


 おどけるネイサンが肩をすくめる。


「俺もクリスティンを見守るために男爵の城近くに屋敷を建てて、鬼哭の森周辺を散策しながら暮らすってのも悪くないな」


 オーランドは口角をあげて軽く笑う。

 表情とは裏腹に、それは夢物語だと内心自嘲していた。





 翌朝、オーランドは王都を旅立ち、カスティル男爵領へと向かった。

 公爵領を突き抜け、寄り道をせずに城へと向かう。

 子どもが寝ているような夜遅く到着したものの、男爵は歓迎してくれた。


 おもちゃが散乱する応接室に通され、祝い用のドレス一式を渡すと、丁寧な礼とともに、気持ちよく受け取ってくれた。

 平民の夫婦に相談して良かったとオーランドは胸を撫でおろす。

 いつものようにオーランドと男爵は酒を酌み交わすことにした。


「今回は、絵本ではなく、子ども用の魔力操作の基礎教本を買ってきたんだ。これでクリスティンにも練習してもらおうと思う」

「いつもありがとうございます。平民出の私たちは、魔力の扱いがまったくわかりませんから、とても助かります」

「そのために俺は放浪しているようなものだからな」

 

 にやりと笑うオーランドに、男爵は申し訳なさそうに笑む。


「この機会です。オーランド殿下、クリスティンの将来について私もご相談したい。もし、あの子がちゃんと魔力を備えていたなら、未来に向けてきちんと学ぶ必要が出てくるのではないでしょうか」

「そうだな。貴族の子弟が通う学校に行けば、魔力を有する者もいるが、その受験に向け、ある程度の学力も必要だ」

「私たちは貴族とは名ばかりで、平民に近く、子どもたちの教育はヘザーが行います。おそらく、それでは貴族の方々が通う学校には入れないのではないかと思うのです」


 本を与えただけでは、子ども一人で学ぶ保証はない。話を聞く限り、男爵夫妻に教えられることにも限界があるだろう。

 地方と王都では学習環境の差も大きい。かつ、クリスティンはリディアから受け継いだ魔力もある。

 頭を捻ったオーランドの脳裏に、吟遊詩人であり専属記者と称するウィーラーの顔が浮かんだ。胡散臭い男でも、彼は魔力の扱いに精通する選民だ。


「そうだな。ちょっと、考えてみよう。少し、時間をくれないか」




 翌日、プレゼントしたドレスを着たクリスティンが、オーランドの目の前で一回転し、「ありがとう、おいちゃん」と満面の笑みを浮かべた。


 その笑顔だけで、オーランドの心は潤う。


 青空の下で行われる祝賀会で、たくさんの人に祝われるクリスティン。

 その笑顔が眩しすぎて、オーランドは感極まって涙ぐんでいた。


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