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140:二人きりの内緒話④

「まるで、そこまで考えていなかったという顔ね」


 こくんとクリスティンは頷く。


「私は、自分のため、と言われた時はショックを受けたけど、あなたはきょとんとするのね」

「マージェリー様も誰かに言われたのですか?」

「私は王妃様に問いかけられたの」

「王妃様に!」


 とんでもない人が出てきたとクリスティンは目を剥く。


「ええ。幼い頃からずっと親しくさせていただいき、たくさんのことを教えてもらったわ。

 殿下のお母様ですから、義理の母、姑という位置づけなのはわかっていますけど、私にとっては姉や母の様な女性(ひと)なのよ」


 クリスティンの胸がざわりと疼いた。疼きは胸苦しさへと変化する。

 見当がつかない胸のざわつきに不安が呼び起こされ、狼狽するものの、マージェリーが王妃様をまるで親戚の親しく尊敬する年上の女性のように語るものだから、びっくりしたのだろうと意味付けし、納得したふりをした。

 おさまりきらない奇妙なざわめきを感じつつ、マージェリーの話に耳を傾ける。


「王妃様はね、私の身長が止まった頃から、国の事情を直接お教えくださるようになったの。

 このままでは膨大な瘴気に襲われる未来がくると初めて知ったわ。

 王都にいると、瘴気が濃くなっている現実をまったく実感できないでしょう」

「はい、瘴気の問題なんてまるでないみたいに時間が流れていて、まるで別世界のようです」

 

 クリスティンは噛みしめるように答えた。

 王都の空気は澄んでいる。意識せねば、男爵領の現状を遠く感じつつあった。


「ここだけの話、国の中心部ではね、瘴気の問題をどうするかでもちきりなのよ。人々の心を乱さないために、統率を維持するために、発表されていないことも多いの。

 王妃様から直接、国の内情を教えられた私は、ただただ驚いたわ。

 永遠にこの平和が続き、殿下と手を取り合って生きていくと思っていた道のりが険しいものだと悟ったの。

 考えた私は、家訓にのっとって慈善事業に手を出した。

 公爵家のものとして、王家に嫁ぐものとして、人々の模範となろうとしたのね。

 デヴィッド殿下に厳しくなっていったのもその頃よ。のほほんとしている殿下を可愛いと思いつつ、このままでもいけないという思いも重なって、彼が危なっかしく見えたわ。お勉強はできても、彼には直情的なところもあるし、なまじっか賢い分だけ己を過信しているところもあるもの」


 ようは、まだ子どもだと言いたいのだとクリスティンは理解する。


「慈善事業に傾倒するあまり、私は無理をした。

 孤児院の訪問や、病院の視察、教会にも行くし、地方に出向くこともあったわ。男爵領から移住してきた方々の慰問にも行ったことがあるのよ。不便はないですかと尋ねたら、涙ながらに、公爵領に受け入れてくれ生活の基盤になる仕事を得られたことを感謝してもらえたわ」


 マージェリーの善行にクリスティンの胸がいっぱいになる。領地から出た人々がちゃんと生きていると知り、ほっとした。


「こうして動きすぎた私はね、ある時、ぱったりと動けなくなったの。

 焦ったわ。一時、私は学院を休んでいたのよ。短い期間だから、誰も異変に気付かなかったでしょうけどね。

 その間に、王妃様がお忍びで見舞いに来られて、言われたのよ。

 すべては、自分のためでしょう、と」

「自分のため……」


 いまだ、クリスティンはその言葉が腑に落ちない。


「ええ、そう。

 誰のため、なんのためと言い連ねても、結局すべては、自分のためなのよ。

 すべては私の望む未来を手にするために集約される。

 王妃様は言われたわ。

 誰かを犠牲にすることも、ないがしろにすることもなく、動いているのなら、まず大切にするのは自分でしょう、と。

 デヴィッドのために動いているとしても、もっと深いところを探っていけば、自分のために行きつくでしょう、と。

 一番大切にしなくてはいけないのは自分よ、と。

 目の覚める思いだったわ。

 だって、その通りだったんだもの。

 でもね。倒れなければ、きっと王妃様の言葉も納得できなかったわ」


(分かるわ)


 マージェリーの言葉一つひとつがクリスティンには痛いほどよく分かる。

 特別と言う彼女の単語を腑に落とせたのも、いくつかの体験を伴っていたからだ。

 決して、相手の言葉だけで理解したわけではない。

 

 言葉だけでは理解なんてできない。

 体験から得た、なんで、どうして、そんな現実への疑問の堆積が、答えのパズルを組み立てていき、ぽんと飛び込んできた言葉によって、最後のピースが嵌められて、理解に行きつく。


 答えはすべてクリスティンのなかにあり、マージェリーのなかにもあった。

 投げかけられた言葉は、変容をもたらしたように見えて、飽和した経験の理解を促したに過ぎない。


「だからと言って、殿下への対応も軌道修正もすぐにできなくてね。相変わらず避けられ、私も意地になって冷たくするわで、煙たがられるばかりとなって、にっちもさっちもいかなくなっていたのよ」


 自嘲の笑みさえ麗しいマージェリーの顔をじっとクリスティンは見つめる。


「クリスティンのことは、男爵領から来たと聞いた時から興味があったの。魔法魔石科で学ぶと聞いたら、きっと男爵領を蝕んでいる瘴気のためねって、直感したわ。

 色々あったけど、私はクリスティンと仲良くしたかった。

 きっと、あなたは私と同じ目標点を目指してくれる。

 私一人では及ばないことも、あなたと組めばきっと……」

「マージェリー様の目標点とは?」

「この世界から瘴気の脅威を取り払うこと。その先で、好きな人と手を繋いで生きていくことよ」


(私と似てる)

 

 立場も育ちもまるで違うのに、マージェリーが抱く望みに既視感を覚える。

 クリスティンだって、領民と家族とただ幸せに故郷で暮らしたいだけなのだ。


「そのためなら、私の知っている事なら、どんなことでも、あなたに伝える準備があるわ」


 クリスティンの胸がじんと熱くなる。


「はい、私、頑張ります。マージェリー様のためにも」

「いいのよ、そこは、あなたのためで。

 男爵領の脅威を取り除き、故郷で大好きな人に囲まれて幸せになるために頑張ればいいの。

 私の望むことと、クリスティンの望むこと。

 それぞれ違う望みだけど、私たちは私たちが幸せであるがために頑張っているの。

 求める(こころ)(こころ)となり、私たちを繋ぐのよ」

「はい」


 男爵領の現状を憂い、失いゆく歯がゆい気持ちを分かち合える同士を得た高揚感を得てクリスティンは、満面の笑みを浮かべる。


「それにしても、オーランド殿下もなかなかな判断をされるわ」

「何をですか」


 話が切り替わり、クリスティンは小首をかしぐ。


「男爵領から出てきたばかりの令嬢が、一握りの貴族と同じ魔力を有するなんて、公にできないはずなのよ。

 クレス様として、あなたの力を隠したのは、オーランド殿下の配慮でしょう」


 オーランドが三役には意味があると言っていたことを思い出し、クリスティンは素直に頷いた。

 マージェリーは手を伸ばす。前髪をそっと撫で上げて、微笑みかける。


「そうでしょうね。

 殿下もすみに置けない方だわ。こんな素晴らしい子を男爵領に隠しているなんて」

「素晴らしいって……」

「ねえ、クリスティン。将来、学院を卒業してからでいいの。

 あなたが国を守るというなら、きっと騎士になるでしょう」

「どうでしょうか。私、まだそこまで考えていないですよ」

「それだけの力を解放するには、肩書だって必要よ。一般の貴族だったら、王都では帯刀も魔法も使ってはいけないのですからね」

「確かに……」

「ですので、騎士になり、王都にいる時はぜひとも私の傍で働いてくださいませ」

「えっ、私は領地に戻る予定ですよ」

「それでも、年に何度かは王都に来てほしいの」


 マージェリーの意図することが分からないクリスティンは、眉を歪め困り顔で笑む。

 そんな困惑するるクリスティンに、マージェリーは意味深く微笑みかける。


「その時は、ぜひとも、王太子妃、または王妃の護衛騎士になっていただきたいわ」


 どう返答すればいいか惑っていると、扉がノックされ、顔をあげたマージェリーが「どうぞ」と答えた。

 扉が開かれる僅かな間に、クリスティンの耳もとに口を寄せると「また今度」と囁き、向き合っていた体を離す間に目を細めた。


 微笑みの意図が分からないままに、入ってきたメイドにマージェリーから引き離されたクリスティンは、執事と一緒に部屋を追い出された。


 廊下で待つ間、天井を眺め、薄く描かれた天井の文様の葉の数を数えていた。


 数を数える間に、ある疑問が顔をもたげる。

 マージェリーが膨大な魔力を持つと名をあげた人物に、ウィーラーはいなかった。

 彼が貴族ではないとするなら、なんなのか。

 オーランドは専属の記者と言っていた。男爵領にいた時は、オーランドの紹介であり、師としてしか見ていなかった。


ウィーラー(先生)こそ、一体何者なのかしら)


 王都に来なければこんな疑問を抱くことなどなかったクリスティンは、彼が選民であるとまだ知らない。

 答えの出ない思考をぐるぐる回し、廊下で立ち呆けていると、準備を終えたマージェリーが部屋から出てきた。


 おろしていた長い髪をサイドからアップにし頭頂部で丸め、意匠を凝らした髪留めで飾るマージェリーは、さっきまで涙を流していたとは思えない輝きを放っていた。

 アクセサリー類も一新されている。髪飾りに合わせたネックレスと耳飾りがとても似合っており、ドレスは変わらなくとも、髪型とアクセサリーが違うだけで、ドレスまで変えたかのようなインパクトがあった。


(メイドさん良い仕事するぅ)


 ひゅっと口笛を吹きたくなり、不敬だと咄嗟に気づき、クリスティンは息を飲み込む。

 そんなクリスティンにマージェリーは笑顔を向ける。


「お待たせしました、さあ、お茶会会場へ戻りましょう、クレス様」


(そうだ、これから貴族のご婦人方に会いに行くんだ! どうしよう、私、本当に大丈夫かしら)


 一気にクリスティンは緊張に包まれる。

 目先の心配事に意識が囚われた途端、ウィーラーに対して抱きかけた疑問は、ふっとかき消えてしまったのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

ここで、いったん連載をお休みします。受賞した作品の加筆がひと段落してから、書き溜めを始めようと思っています。十数話ストックはありますが、先々の展開を加味して推敲してから出したいのです。ある程度、話数がたまったら投稿再開しようと思っています。

少し時間がかかりそうですが、気長に待っていただけましたら幸いです。


長い話って、いろいろ大変なんだなと実感しています。

予想460話だったけど、もっと話数増えそうなんです。

中間点はここって決めているけど、現段階で100話ぐらい書かないといきつかなさそうなんですよ。

遠い目……


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