139:二人きりの内緒話③
(私が特別……)
マージェリーが告げた衝撃の一言は、クリスティンの肚にすとんと落ちた。
騎士団でのひと悶着。
学院での騒動。
魔法魔石科での授業。
王都の暮らす中で、魔石や魔法の位置づけを知った。
ウィーラーやオーランドという手練れを師匠とし、統率のとれた騎士団を横目に育ってきたクリスティンは、王都のレベルを彼らの延長線上に考えていた。
体内に潤沢に魔力を持つ者が王都にはたくさんおり、ウィーラーやオーランドに近づくために魔法魔石科で学ぶのだと、誰にそう言われたわけでもないのに思い込んでいた。
男爵領で暮らしていた頃のクリスティンならば、その思い込みが間違っていると指摘されたとしても、子どもらしくわかったと答えて、聞いておらず、右から左に流していたことだろう。
しかし、今は違う。
王都で様々な問題に直面したからこそ、マージェリーの意図することが染みわたるように納得できた。
(特別なんて、男爵領にいた時は考えもしなかったわ)
二人の師は能力を伸ばしても、けっしてクリスティンを特別とは言わなかった。
特に、ウィーラーは子どもたちを平等に認めており、魔法を使えることも、掃除ができる、馬の世話ができる、子守ができるといった兄弟たちの長所と同等に扱っていた。
押し黙るクリスティンをマージェリーは暖かく見つめる。
「クリスティン。難しく考えることはないわ。
あなたが男爵領を守りたいと目指す道は、この世界を守ることにつながっているの。あなたはあなたの思うように王都で学び、人脈を作り、歩み続ければ良いのよ」
「世界を守っているのは、おい……、オーランド殿下です。私なんて殿下の足元にも及びません。
世界を守るなんてそんな大それたことを考えたこともないです。
私はたまたま森に隣接する領地に産まれ、たまたま魔力があっただけの、目の前の世界を守りたい、日常が壊れないでほしいだけなんです」
「あら、私だってそうよ」
「いいえ、いいえ。私はマージェリー様ほど広く世界が見えていたわけではありません。高尚な想いとか、本当になくて。恥ずかしくなるくらいです」
「私だって、究極に突き詰めていけば、好きな人のためから始まっているのよ。クリスティンと変わらない。むしろ、ずっと小さくてこじんまりした想いを起点にしているのよ」
ころころとマージェリーが笑う。
「だから、クリスティンもそれでいいのよ。
男爵領を守りたいという気持ちは、男爵領に住まう人々だけでなく、世界中の人々に繋がっている。
あなたが、その道を行く限り、あなたの行動は世界のためになる」
「そうでしょうか。あまり、実感はないですが」
照れくさそうにクリスティンも笑む。
「何気ないほんの小さな想いも世界と繋がっているものよ。特にクリスティンはライアンが認める実力者ですもの、これは正当な評価よ」
「ほめ過ぎです、マージェリー様」
「そうかしら。クリスティン、あなたこそ自身の力を過小評価し過ぎなのでは?」
「そう言ってくれるのは嬉しいですが……」
あらぬ方に視線をクリスティンは泳がせる。
マージェリーに特別だと言われても、オーランドやウィーラーには到底かなわない。ライアンにも負けており、上には上がいると痛感している。
特別と言われて有頂天になれば、それこそウィーラーから指導が入るだろう。
(先生は厳しいからなあ)
ウィーラーのしごきを思い出し、クリスティンは空笑いしてしまう。
「私は学院で学んで、故郷に帰って、故郷を守ろうと思っています。本当にそれだけなんですよ」
家族の食卓とか、大切な人が傍にいてくれるとか、そういう当たり前のことがクリスティンにとって大切な事だった。
日常が崩れ去っていく様を見て育ったからこそ、日々を守りたい、大切な人を守りたい気持ちが強くなった。なまじっか守る力があるからこそ、諦められず、願いが強くなっただけだった。
「ええ、わかっているわ」
「家族と、領民と、領地。それが私の世界のすべてでしたから。
マージェリー様のように、国全体を憂いているわけじゃないんです」
「いいのよ、それで。私だって、殿下の御代が荒れないように、ただこの平穏が維持されることを願っているだけですもの」
くすりとクリスティンが笑む。
「やっぱり、マージェリー様は高尚な方です。先々を見ている」
「まさか、そう見えるだけよ。
私の本心はね。ただ、殿下と幸せな家庭を築ければいいのよ。びっくりするぐらい小さな夢でしょ」
「とても大切な夢だと思います」
「ありがとう。クリスティンならそう言ってくれる気がしたわ」
ほんのりと頬を赤らめ、マージェリーは口元をほころばす。
「私とあなたはどこか似ている。ねえ、そんな気がしません?」
「はい、マージェリー様」
素直にクリスティンは頷いた。
始まりの願いは小さくとも、それが世界に通じ、まったく異なる地で、先行きを見つめれば、同じ目標点に行きつく。
そんなシンパシーを互いに感じ、クリスティンとマージェリーは静かに手を握り合った。
「王都と男爵領と、こんなに離れていたというのに、産まれも育ちも身分も違うのに、こんなに近い想いを共有できる人がいるなんて思いもよりませんでした」
「クリスティンは私ができないことをたくさんできる」
「マージェリー様は私の知らないことをたくさん知っておられます」
今まで誰とも共有できなかった想いを分かち合える。そんな人が現れた喜びに満たされて、クリスティンの瞳が潤む。
「私の知っていることは何でも教えてあげる」
「マージェリー様、なんで私にそこまでしてくれるんですか」
「あなたが私にできないことができるからよ。
私には魔力がない。どんなに努力しても、それは得られるものではない。
でも目の前に、私にはない力を持っている人がいる」
マージェリーはクリスティンに微笑みかける。
「これはバトンよ。
私が持っているものをあなたに託すことで、私は私の望みを叶えるの。
いい、クリスティン。
私はね。
殿下のためと言って色々動いているわ。人に手を差し伸べて誰かを助けているように見える。でもね、それもすべて突き詰めれば私のためなの。
あなただって、そうではない。
男爵領を守りたい、家族を守りたい。
その願いの根底は、自分のため、なのでしょう」
クリスティンは答えに窮する。
そこまで考えたことは無い、というのが正直な答えだった。