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138:二人きりの内緒話②

 マージェリーとクリスティンが、ソファ席に着くと、年配のメイドを連れて執事が戻ってきた。

 メイドはマージェリーの顔を見て、何事かと目を剥いた。

 マージェリーは年配のメイドを宥め、崩れた化粧を直すより、もう一度化粧し直したい旨を伝えた。同意したメイドと一緒に、洗面場に向かうこととなる。残る執事にお茶の用意を命じ、メイドに急かされながら、部屋を出ていった。


 執事は命じられた通り、お茶を淹れる。

 居ずまいを正したクリスティンは深いオレンジ色のお茶が注がれたティーカップを受け取った。


(あのメイドさん、マージェリー様を小さい頃から見ている方なのかしら……)


 男爵領でも昔は使用人が何人も働いていた。幼いクリスティンを世話してくれたメイドもいた。

 彼女も、マークが産まれてから屋敷を去っている。


(元気にしているかな。もし瘴気が増えていなかったら、古城で働いてくれて、今も仲良くできたのかな。もう一人のお母さん。ううん、歳の頃からして、お姉さんみたいに仲良くできていたのかな)


 去っていく背を何人も見送った故郷を思う。

 生まれ育った地を離れざるを得ない侘しさがじわっともりあがり、故郷の風に混じる瘴気のぴりりとした痛みが喉に蘇った。


 喉に指を添える。

 故郷を忘れたわけではないが、瘴気のない空気を吸って暮しているうちに、古城で毎日感じていた緊張感を忘れかけていた。


(あれが世界に広がるのかな。ううん、きっと広がるんだ。ここ数年ずっと悪化するばかりだもの)


 故郷を失う人が大勢でるかもしれない。

 広大な畑地を失うかもしれない。

 瘴気によって、農作物も多大な影響を受けるだろう。

 それが世界に広がるんだとクリスティンは噛みしめる。


(私はマージェリー様のように世界のことはなにも知らない。男爵領で日々起こることしか、知らなかった)


 身分や立場は違っても、マージェリーが抱く憂いに揺さぶられる。

 彼女はこの世界をどう見ているのか。

 王都から、この世界はどのように見えているのか。

 よく似た憂いを感じつつも、どこか違う。

 その違いが何か、知りたくなった。

 

(マージェリー様はこの世界をどのように見ているのかしら)


 顔を洗ったマージェリーが戻ってきた。すっかり化粧を落とし、露になった肌は、きめ細かく、絹のように美しい。

 ルビーの様な赤い瞳を輝かせ、微笑まれては、同性のクリスティンも惚れそうな艶をおびる。


 マージェリーは執事とメイドに、こう命じた。


「お茶会には時間を置いてから戻るわ。クレス様と二人だけで話したいことがあるの。二人には席を外してもらって、だいたい二十分後にもう一度きてもらえる? 準備はそれから取り掛かるわ。手早く支度が終えられるようにしておいてちょうだい。

 お茶会は大丈夫よ。

 殿()()()()()()()()()()()()()()()()いるもの。おかげで、私にも余裕ができたわ」


 理解が早い使用人二人は「かしこまりました」と一礼し、部屋を出ていった。


 再び、クリスティンとマージェリー。部屋には二人だけとなる。静まり返った部屋で、マージェリーはお茶を一口飲んでから、話し始める。


「クリスティン。さっきの話になりますが、あなたが領地のことしか考えていなかったことを恥じる必要はないわ。むしろ、あなたはそのままでいいぐらいよ」


 マージェリーの答えに、クリスティンは苦い表情を浮かべる。


「でも、私は瘴気が増えていく様を直に見ていたんです。少し考えれば、今後国中に瘴気が広がっていくと想像できたはずなのに、私は国の問題だなんて考えようともしていませんでした。おいちゃんや衛撃騎士団が男爵領に頻繁に顔を出していたんだから、気づきそうなものなのに……」


 クリスティンの手をマージェリーはそっと握った。


「誰もが気づいていないことよ。この世界が危機に瀕しているなんて、日々を暮らす人々はちっとも気づいていないわ」

「王都に暮らす貴族であってもですか」

「そうよ。貴族でも知らない人は知らない。とはいえ、そう遠くないうちに陛下から直々に何かしらの発表はあると思うわ」

「急に発表したら混乱しませんか」

「大々的に発表すればね。そんな真似はしないはずよ。

 発表したからと言って、すぐに混乱が巻き起こることは考えにくいわ。何が起こっているのか、人々が気づくことはないでしょうね」

「なぜ?」

「なぜって、簡単よ。人々は平和に暮らしているもの。瘴気が怖いという認識はあっても、それが実感を伴ってはいないのよ。

 あれは怖いものだと、まるで子どもがお化けを怖がるように思い込んでいるだけなの」

「そんなものでしょうか」

「直に瘴気と対峙してきたクリスティンと、王都の人々は違うわ。鬼哭の森に隣接しない地域に住んでいる人々もそう。本当になにも知らされていないし、知らないのよ」


 クリスティンは小首をかしぐ。


「国の端っこに住んでいる私よりもですか」

「ええ。不可思議かしら」

「はい、不可思議です。ここは王都で、国の中心部で、なにもかもが集まっている場所なはずなのに」

「肝心なことがすっぽりと抜け落ちている。そんな風に感じているのかしら」

「そう、そうなんです。

 魔石のことも、魔法のことも、みんながなにを言っているのか、時々、よく分からなくなるんです。

 私の知っていることと、王都の事情や認識が違うのは分かるんですけど。なにがどう違うのか、とらえどころがつかめないんです。

 だから、こっちに来てから、驚くことばかりなんですよ」


 両手をばたつかせてクリスティンは訴える。


「クリスティンならそう思っても仕方ないわね。あなたは特殊な人だもの」

「特殊、ですか」


 魔法を扱うオーランドやウィーラーしかクリスティンは良く知らない。衛撃

騎士団も男爵領に来ることはあっても、任務に同行させてもらったのは、王都に来る直前に一回きりだ。

 彼らがどのように戦っているのかまでは、詳しく知り様が無かった。


「貴族にだって序列はある。地位の序列、そして、魔力量による序列よ」

「魔力量による序列なんてあるんですか」

「目には見えないけどね」


 マージェリーは三本の指を立てて、クリスティンに見せる。


「一つは、魔力を有しない私の様な貴族。私たちは、家格によって序列が図られるわ。

 次は、魔力を有する貴族。魔力を持っていると言っても、クリスティンほどではないのよ。魔道具を動かせるだけの魔力を有している人たちということで、そういう人が魔力を持っている貴族の大半を占めるの」

「学院の平均的な人たちは、そんな感じでした」


 授業を受けた後だけに、クリスティンは実感を持って、マージェリーの話を納得できた。


「最後に、莫大な魔力を有する少数の貴族がいるわ。

 彼らは選民と同じぐらいの魔力を有しているのよ。

 私が知っているのは、元選民である王妃様、オーランド殿下、ネイサン近衛騎士団長、スタージェス公爵、そして、ライアン。この五人だけなのよ」


 クリスティンは返す言葉もなく、瞠目する。


「おわかりでしょう、クリスティン。あなたもまた、特別な人なのよ。

 あなたが周りを理解できないで困惑するのも、すべてあなたが特別な力を持つ人だからなのよ」


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