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137:二人きりの内緒話①

 唇を戦慄かせるライアンの肩を、エイドリアンがぽんと叩いた。


「私も一緒に行くよ。妻が一人で頑張っていると思うと、心配だからね。

 一緒に来てくれると、嬉しいよ。歓迎しよう。

 きっとご婦人方も喜ばれるだろうからね」


 ほほ笑むエイドリアンが、穏やかな声で囁いた。

 クリスティンから視線を外さず、ライアンは小さく頷く。背後からのしかかる圧が重かった。

 マージェリーへの罪滅ぼしは、今ここで果たしておかねば後が怖い。そう確信した。


「さあ、殿下も。行きましょう」

「ああ……」


 有無を言わさぬしなやかな声音に、毒気を抜かれた二人は、エイドリアンとともにしずしずと部屋を後にする。

 扉がピタリとしまると、部屋にはクリスティンとマージェリーの二人だけとなった。


 緊張が解けたクリスティンは胸に手を当てる。


(マージェリー様を慰めないと!)


 はっとし、表情を引き締め、勢いよく振り向いた。


 「マージェリー様、大丈夫です……か」


 ところが、クリスティンの視界に飛び込んできたのは、両目を輝かせるマージェリーであった。


 気落ちしているだろうという想像を斜め上にいく、うっすらと濡れた瞳をきらきらと輝かせる、どちらかと言えば、嬉々とした表情のマージェリーに、クリスティンは言葉を失った。


 花束から離した右手を伸ばし、マージェリーはクリスティンの手を握った。


「ありがとう、クリスティン。とても、格好良かったわ。これであなたに助けられるのは三度目ね」


 麗しいマージェリーに迫られ、クリスティンはドキドキする。


「いえ、そんな。マージェリー様こそ……、落ち込んでいませんか」

「大丈夫です。私の心は落ち着いてますよ」


 にっこり笑うマージェリーの頬には涙の筋が残っている。眦もどことなく赤い。

 クリスティンは慌てて空いた手で、胸に飾られているポケットチーフを抜き取った。

 

「まず目を冷やしましょう」

「どうやって?」

「こうやるんです」


 握られていた手をかるく動かし、マージェリーの手を解いたクリスティンは、自由になった両手でポケットチーフの端をつまみ、ぱんと払った。

 ぴんと広がった正方形の布を折りたたむと、片手のひらにのせ、もうひとつの手で包み込む。

 手のひらにじわっと魔力が浸透させる。

 魔力は手の中で水と化し、布をじんわりと湿らせた。

 しっとりと濡れたところで、すかさず魔力で生み出す冷気を注ぎこむ。

 

 クリスティンが添えていた手を開くと、凍りかけたポケットチーフが現れた。


「うちは、兄弟姉妹が多いので、小さい子が転んでぶつけることがよくあるんです。熱が出たりしても、こうやって冷えた布をあてがうと気持ちよさそうにしてくれます」


 ひんやりした布をクリスティンはマージェリーの目尻に当てた。

 冷たさにびくっと肩を震わせたマージェリーは両目を瞑った。

 数秒押し当ててから、クリスティンは反対側を冷やし始める。


「気持ちいいわね」

「マージェリー様は驚かれないんですね」

「なにを?」

「魔力をこうやって使っても」

「そうね。兄も兄ですし、親しくさせていただいている王妃様も選民を出自とされているでしょう。身近には、ライアンもいますもの。

 オーランド殿下の庇護下にあるクリスティンなら、このぐらいできても納得だわ」

「……」


 魔石を介した簡単な魔法でもざわついた魔法魔石科の授業で、こんな事をすれば、驚かれ、大騒ぎになるだろう。

 パン屋のおかみさんたちも、魔法や魔石についてどことなく違う認識を持っている印象があった。

 認識のちがいがなんなのか。クリスティンは未だよく分からないでいた。


 オーランドとウィーラーの教えは覚えている。

 魔力の無い人は、魔石に込められた魔力を使う。魔石と魔石を擦り合わせるのは、魔石の力を解放するためだ。


 膨大な魔力を収斂すれば、魔石を生み出せる。

 つまり、魔石とは魔力の塊だ。


 色は、その時生み出した魔力の方向性を表す。内包する魔力の性質を体現しており、扱える魔法の種類を決める。

 

 しかし、クリスティンほどになれば、色も量もさして重要ではない。色を示す方向性も自身の魔力で変性できるし、量だって増減可能だ。

 

(魔石の捉え方だけじゃない。王都における、魔石の価値だって私はよく分かっていない。

 おかみさんは魔石が高騰していると言っていたわ。それって、魔石が流通しているということよね。

 そして、流通する魔石はそもそも王家が管理している鉱物、なのよね)


「……」


 魔石は王家が管理している鉱石。

 幼い頃、そう教えられていてもあまりピンとこなかった。

 ふーんと聞きながし、そんなことよりもっと魔力の使い方、つまり魔法を教えてとねだっていた。

 水を出せる。

 火を出せる。

 凍らせる。

 風をおこせる。

 土を動かし、草花の生育を促す。

 現象に影響を及ぼせるほうがずっと面白かったし、興味深かった。

 さらに瘴気を払えば、人々の役に立つ。

 実益を伴う学びを優先してし、座学は受験のみの我慢と思っていた。


 王都への旅立ち前に、平民の魔石の使い方を忘れていてウィーラー()に怒られている。

 関心が薄かったとはいえ、おろそかにしすぎだった。ちゃんと学んでおけばよかった。今になってクリスティンは少し後悔した。


「どうしたの、クリスティン。沈んだ表情をして」


 マージェリーがクリスティンの顔を心配そうに見つめる。

 目尻に添えていたハンカチを胸元に寄せたクリスティンが、頭を左右に振った。


「私、何も知らないなって、実感してしまったんです。領地のことしか考えていなかったと」


 クリスティンの自虐をマージェリーが不思議そうな表情で受け止める。


「マージェリー様は国全体のことを心配されているのに、私は自領のことしか考えていませんでした」

「十分ではないかしら? 男爵領にクリスティンが戻り、瘴気をせき止めてくれるなら、それは国中の人のためになるわ」

「でも、私は国中の人のことなんて考えていませんでした。私は、カスティル男爵領に暮らす人々のことしか見えてなかったんです」

「男爵家に生まれた以上、それはとても大事なことよ」

「瘴気は国中に影響があるというのに、私は私が暮らす領地のこととしてしかとらえられていなかったんですよ。

 マージェリー様のように国全体の問題だって想像もしていなかったんです」


 視野の狭さを自覚したクリスティンは恥ずかしかった。

 そんなクリスティンに、マージェリーは悪戯っぽく微笑んだ。


「ねえ、クリスティン。少し座って話しましょうか」

「ですが、もうすぐ執事もメイドと一緒に戻ってきます。会場には早めに戻らないといけないのではありませんか」

「お兄様が殿下とライアンを連れて行ったのでしたら、私が少々遅れて行っても大丈夫よ。

 むしろ、うーんと遅れて行った方が良いぐらいだわ」


 強かなマージェリーは、転んだって、ただで起きる気はないのだ。 


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