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14:記憶のない娘②

 ライアンを産んだことで不調とは聞いていたが、急な訃報にさすがのオーランドも驚いた。


 王太子夫妻に子が産まれる直前の死に、不吉という者もいたが、もともと嫁いだ異母姉あねは体が弱く、長くはもたないとされていた。

 

 オーランドも参列した葬儀はひっそりと行われた。

 ネイサンの腕には小さな男の子が抱かれており、指を舐めながら、泣きもせず、じっとしていたのが、どこか物悲しかった。

 

 よくあることだった。

 一歳を迎える前に亡くなる子どもも、出産や産後に亡くなる女性も珍しくない。だからこそ、一歳の祝いを母子共に無事祝えることはそれだけで慶事なのだ。


 喪に服すストラザーン公爵家は、王太子夫妻の第一子誕生における内々の祝賀を辞退した。


 異母姉あねの件も片付き、王太子夫妻の第一子誕生も間近に迫ったある夜。

 オーランドは忙しいネイサンを屋敷に招いた。聞かれたくない話になるため、屋敷の管理を任せている平民夫婦はすでに下がらせている。


「色々、忙しいところ来てもらって悪いな」

「いや、ここの方が良い。外で話せる内容じゃないだろ」


 オーランドは適当な酒瓶とグラスを持ち、応接室のソファに運ぶ。

 王城の警備を中心に近衛騎士の仕事をこなしながら、実家のあれこれに煩わされて疲れているネイサンはすでに一人掛けのソファにもたれていた。


「クリスティンは無事に一歳を迎えた。男爵夫妻に慈しまれて、元気に育っているよ」

「そうか、良かった」

「まだ喃語しかしゃべらないし、男爵から見ても、記憶は戻っているように見えないそうだ」

「そんなものだろう」

「まだまだ見守る時期は続くな。魔力の兆しがでるのもこれからだし」


 小さなクリスティンの動きや表情を思い出すと自然と笑みがこぼれた。座ったオーランドは、酒瓶の蓋をあけ、グラスにワインを注ぎ入れた。


「そうか。

 魔力で思い出したが、実はな、ライアンに兆しが見られた」

「へえ、おめでとう」

「初出で、部屋中に光の粒子を飛ばしていた。幼児期であれなら、俺を確実に超えていく」

「かつての俺みたいだな。真夜中の部屋を煌々と光らせていたと聞いている。幼児だから記憶はないがな」

「強い魔力の兆しが見えたことで、ライアンにもスタージェス公爵の可能性が見えた。

 と、なるとな。

 クリスティンが魅了の魔女と判明したら、ライアンがクリスティンを断首することになるかもしれないんだなとふと思ったんだよ」


 オーランドはネイサンにワインが入ったグラスをすすめた。

 受け取ったネイサンは座り直し、赤い液体をグラスのなかで回しながら、静かに話を続ける。

 

「これから話すことはうちの内情だ。

 魔力が多い可能性が出てきたライアンは、公爵家の跡取りとして立てにくくなった。

 元々、両親は、兄よりも俺の方に公爵家を継がせたがったんだ。

 だけど、俺がスタージェス公爵の第二候補だっただけに、兄に爵位を継がせず保留にしていた。

 そこに今回の正妻の急逝とライアンの魔力発覚。

 妾の子も良い子だし、勉学もできるし、初孫だから可愛かったんだろうな。

 とうとう両親も、兄への爵位譲渡を決めた。

 それにあたって、時期を見て、妾を本妻とし、二人の子どもも実子として扱うことになった。つまりは兄から妾の長男に爵位を継いでいくことを決めたんだ」

「なるほどな」


 ワインを舐めながら、オーランドは耳を傾ける。


「うちで魔力が一番強いのが俺だからな。兄たちはライアンもちゃんと育てるつもりでいるが、魔力の扱いは慣れていない。きっと俺が手助けすることになる」

「そうか」

「どうなるか分からないが、俺個人としては、ライアンがクリスティンを断首する未来は嫌だ」

「それは俺も嫌だな」

「先のことはわからないが、頭の片隅に置いておいてくれよ」

「分かった」


 



 その一週間後、ジャレッドとオリヴィアの第一子が産まれた。陣痛が始まって半日で産まれる安産であった。


 産後の肥立ちも良く、予定通り誕生の十日後に、命名式を兼ねて、近親者だけ集めた内々の祝賀を催した。


 喪に服すストラザーン家からの出席者はなく、王家とウルフォード公爵家のみ集まりであった。

 ほとんどが大人というなかに、ウルフォード家から一人、まだ歩き始めたばかりに見える女の子が呼ばれていた。

 

 ジャレッドと女の子の父であるウルフォード公爵の間で、将来の王太子妃候補という含みを込めた会話が交わされており、男児が産まれたと判明してすでに打診したのだなとオーランドは察した。

 少女は、名をマージェリーという。

 

 命名式で、ジャレッドは息子の名を、デヴィッドと発表した。




 王家の者としての責務を終えたオーランドは旅立ちの準備を始めた。

 

 出立しようとした矢先、兄に呼び出され、「デヴィッドの一歳の祝賀もいてくれよ」と念を押された。


 一年後の予定まで考えていなかったが、オーランドは了承し旅立った。


 今回は鬼哭の森に隣接する領地をくまなく巡る長旅のつもりだった。

 珍しく、男爵の城から遠い地域からまわってみる。


 景色が違うのも楽しいものだ。

 途中、宿がない村があり、野宿でもしようかと思ったところ、未亡人に誘われ、一晩世話になった。

 

 鬼哭の森に隣接する地域は、瘴気にあてられやすい。

 流れ込む瘴気の量が増えると、作物が育ちにくくなり、家畜の乳も出にくくなったり、成長が遅くなる。

 呼吸が乱れる者もでてくると、その息苦しさで亡くなる者も出てくる。


(鬼哭の森に一番接している男爵領だけでなく、これからは他の地域も頻繁に廻らないといけないな)


 近年、少しづつ瘴気が濃くなっている。このまま瘴気が流れ続ければ、人里も森の一部と思った魔物が出てきて、作物や人を襲いかねないだろう。


(今度、戻ったら、父やスタージェス公爵に報告するか)


 オーランドは瘴気を払いながら、宿がない村では、未亡人や独り身の年配女性宅に泊らせてもらい、旅を続けた。


 回り道をして男爵領に到着した。


 男爵の城につくと、久しぶりであっても、門番が嬉しそうに手を振ってくれた。

 手を振り返すと、まるで我が家に帰ってきたかのような温もりが胸に泉のように湧いてくる。


(半年ほどたってどれほど成長したか)


 昨日、雨が降り、ぬかるんだ道を歩いてきたことを告げ、休ませてやってほしいと馬を門番に任せた。門番は馬を厩舎に運ぶ。


 門から城へ向かう。普通なら乾いている左右の土がまだ濡れており、ところどころ水たまりもあった。


 ふと横を見ると、真っ黒な水たまりに、大きな土の塊のような物体がある。


 オーランドは、足をとめ、なんだなんだと目を細めて、ぎょっとした。

 そこには、泥水に座り、腕をばたつかせて遊ぶ子どもがいたのだ!

 城に子どもは一人しか暮らしていない。


 オーランドは蒼白になって、叫んだ。


「クリスティン! なにをしているんだ!!」


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