133:一矢報いる①
「クレス様」
扉を押し開き、マージェリーが部屋に飛び込んでくる。
開かれる扉の音で我に返ったクリスティンは扉側に目を向けた。
近づいてくるマージェリーの後ろで、廊下に立つエイドリアンが扉をそっと閉めてゆく。
(殿下を呼んでくるのね)
時間稼ぎの役目を自覚し、ぴりっと体に緊張が走る。
扉の向こうにエイドリアンが消えた。
クリスティンは、マージェリーをむかえるために立ち上がった。
「よく来てくださいました、クレス様」
執事が傍に控えているからか、マージェリーは聖騎士の弟子として呼びかける。なにも言わずとも、正体がばれたくない気持ちを汲み取ってくれるマージェリーをクリスティンはありがく感じた。
「マージェリー様この度はお招きありがとうございます」
「こちらこそ、無理を言って来てもらっていますもの、お気になさらずに。
ところでお兄様から、クレス様が不安を抱いていると伺いました。地方のご令嬢が参加するならいざ知らず、今回招待したクレス様は、わたくしを助けてくださった、王弟殿下のお弟子様です。なにもご心配には及びませんのに」
「そう言ってくださるお気遣いはありがたいのですが、僕は本当になにも知りません。このまま会場に直接出向いても大丈夫か、粗相なく振舞えるか、まったく自信がないんです」
誤魔化すことない本心だった。
「なら、私と一緒に会場に行きましょう。私から皆に紹介しますし、同時にクレス様を紹介します。なにがあってもちゃんとフォローしますわ」
(時間稼ぎ、時間稼ぎ。このまま話を終えちゃいけないわ)
クリスティンはマージェリーを足止めするための問い脳裏に浮かべる。生唾を飲み込み、緊張した面持ちで問いかける。
「ありがとうございます。ただ、会場に行く前にどうしても伺いたいことがあるんです」
「どのようなことでしょうか?」
屈託なく笑むマージェリー。善良な彼女を騙すようで、クリスティンの胸がちくっと痛んだ。
しかし、結果的にマージェリーを喜ばすことにつながるのだと思いなおし、口を開く。
「今回開かれるお茶会はどんな目的で開かれるのでしょうか。ただお茶を嗜むだけの会ではないとは頭ではわかるのですが、このような会に参加したことがないため、まったく想像ができないんです。
ですので。たとえば……、招かれている方々がどんな方々なのか、少しでも教えてもらえれば心強いのです」
クリスティンが気恥しく訊ねると、マージェリーが両目を瞬かせた。
「クレス様は、こちらにきたばかりですものね。分からないことばかりで当然。不安にもなりますわね」
独り言ち、マージェリーはクリスティンに向き直る。
「今日のお茶会を簡単に説明しますと、有力貴族のご婦人方との顔合わせです。これからの社交シーズンを前にして、各地から多くの貴族が集まってきますでしょう。年に一度集まるウルフォード家とゆかりの深い貴族の女主人と意思疎通を図るための親睦会にあたります」
マージェリーの回答に、クリスティンは喉を詰まらせる。
歳近いマージェリーが開くお茶会なら、同年代の集まりだろうと高をくくっており、よもや貴族の女主人が介する場に連れ出されるとは思ってもいなかった。
(待って、待って。それって、すごい大変な人々が集まるお茶会なんじゃない!)
青ざめるクリスティンは、次の言葉を紡げず、憐れな魚のように唇を上下に動かす。
その面白い顔を見つめ、マージェリーが麗しくほほ笑んだ。
「私、仮にもウルフォード公爵家の長女ですし、次期王太子妃ですもの。それ相応のお茶会になるのは当然でしょう」
「マージェリー様のお立場は理解してますけど、まさかそんな場に連れ出されるなんて! 大丈夫なんですか。良いんですか、僕なんかが参加して! 僕はてっきり、学院生の集まり程度のお茶会を想像していたんですよ~!!」
泣きそうになるクリスティンは両手を額にあてがい、仰け反った。
マージェリーは動じることなく、クリスティンを見つめる。
「そうよね、こちらの事情なんて知らなくて当然ですものね」
マージェリーの温和な声は、まるでクリスティンの苦悩を楽しんでいるかのようである。
「公爵家は、近衛騎士に任じられたお兄様が結婚されてから、王都の交流は私と義姉が担当するようになっていますの」
「ご両親はどちらに!」
かっと目を見開いたクリスティン。
まさかと嫌な想像をめぐらすものの、マージョリーはその懸念を払しょくする満面の笑みを浮かべた。
「両親は拠点を領地にうつしているだけですわ」
よもや両親が亡くなっているのかと早とちりしたクリスティンは顔をこわばらせる。マージェリーはクリスティンの反応を面白がっているかのように、くすりと笑んだ。
「私はクレス様をほんのちょっとだけ有力な貴族の方々に紹介するだけです。私たちは、オーランド殿下の可愛らしい教え子を、愛でて楽しみたいだけなのです」
「愛でて楽しむって……」
「普段面識のないご令嬢が参加するというなら、礼儀作法も細かにチェックされるでしょう。しかし、今回参加するのは殿下の教え子である少年です。であれば、笑って佇んでいればいいのです。それだけで会場の花になりますわ」
「花ですか……」
「これからの社交シーズンに向けて、なにかと顔を合わせることもありましょう。きっと、このお茶会は今後のお役に立つと思いますわ」
マージェリーは変わらぬ笑顔で言い切れば、クリスティンは目を丸くする。
(マージェリー様は、やっぱり私がクリスティンであることを踏まえて、このお茶会に誘ってくださったのね)
それはまさに、ベリンダが予想した通りであった。
馬車での危機を救ってくれたクレス。
新入生歓迎会で助けてくれたクリスティン。
彼女の行いをマージェリーは心より感謝していた。
謝辞で表現する程度では、公爵家の長女の名が廃る。ならばなにがクリスティンのためになるか、マージェリーなりに考えた。その一つの結論がクレスのお茶会への招待であった。
マージェリーはクリスティンの置かれている立場も分かっていた。彼女が今後社交の場でどのように見られるかも含めて。
今年の社交シーズンの話題は、クリスティンがさらっていくだろう。
今まで王都で浮名を流すことが無かったオーランドが庇護下に置く少女。
彗星のように現れる彼女に注目が集まることは必然だ。
オーランドの婚約者候補が新聞に載ることがあっても、あくまで歳若い独身で婚約者のいない貴族令嬢の名をのせた話題作り、先走った報道に過ぎなかった。
しかし、今回は違う。
すでに王都の貴族間で、密やかな噂話として囁かれ始めている。こうなれば、学院での噂の比ではない。実際にオーランドと共にいる姿を見れば、誰もが噂は真実だと思うだろう。
人目にさらされるクリスティンは、王都の貴族について何も知らない。
そんな不利な状況を自覚なしに抱えていた。
そんな彼女をマージェリーはほっておけなかったのだった。
そんなマージェリーの心意を理解しきれなくとも、クリスティンはクリスティンなりにマージェリーの配慮は感じ取った。
(マージェリー様はやっぱりすごい。いずれこの国の王妃になられる方は違うわ)
マージェリーの優しさを受け止めたクリスティンは、彼女に憧れの眼差しを向けていた。
本来は、19日7時、投稿予定分を間違って投稿してしまいました。
サイトリニューアルの操作方法間違いです。
投稿してしまったのでそのままにします。
次回は26日投稿予定です。