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125:思いもよらない忠告①

「うああぁぁ」


 クリスティンの姿が細道の奥に消え、見えなくなるなり、ライアンは頭を抱えてしゃがみ込んだ。 


「これじゃあ、生殺しじゃないか」


 彼女の手前、いつでもいいから返事を聞かせてほしいと恰好つけたことが矢となって自分を刺す。


「どうすんの、俺。耐えれるのか、この一週間!」


 長い一週間になりそうな予感に、ライアンはもう一度呻き、立ち上がった。


 人に見られていたらしく、背後から囁き声が聞こえた。

 咳ばらいをしたライアンは、意地で胸をはって、メイン通りへと早足で向かった。







 部屋に戻ったクリスティンは、三角巾を取り払い、髪を手櫛で梳いた。

 心臓はまだドキドキしている。


「そういえば、私。男の子にどこかに出かけようって誘われるのって、初めてなんじゃない!」


 当たり前のことに気づき、恥ずかしさがこみ上げ、体温がぐんとあがる。火照る頬を両手で包み込んだ。


 花園で、デヴィッドにこれから時間はあるかと聞かれたが、あれはライアンが制してくれたので、なにもなかったも同然だ。

 先日、突発的にライアンと一緒に歩いたのだって、進む道が一緒だったからに過ぎない。あれらは数に入らないただの散歩だ。

 しかし、今回は正真正銘、収穫祭を一緒に回りたいと申しこまれている。


「でっ、でっ……、デートに誘われたってことよね。これって、これって、そういうことよね」


 羞恥に悶絶し、身を屈めた。瞬きもせずに、地面を凝視する。


「どうしよう、どうしょう。でも、ライアンなら、断らないと。だって、あの人、いつでもどこでも、顔を合わせるんだもん!

 一緒に歩いて学院生に見つかっても大変じゃない!!」


 断らないと言い聞かせようとするたびに、苦しそうなライアンの笑みが脳裏をよぎる。

 罪悪感に胸が痛む。


「一体全体、どうしたらいいの。そうだ、仕事! 仕事が入れば……」

 

 パン屋の仕事でも、オーランドのお屋敷の仕事でも何でもいい。名目があれば断れる。


「断れるけどぉ~」


 断った後にライアンがどんな表情を見せるかと思うと、いたたまれなくなる。


「ああ、もう。これじゃあ、断りたくても断れないじゃない!」


 断った後、彼の顔を見るたびに、ごめんなさいと心のなかで謝り続ける確信を覚え、クリスティンは慄いた。


「用事、なにか仕事じゃなくても、用事があれば」


 呪文のように呟きながら、立ち上がりふらふらとベッドへ向かう。

 

 気疲れでしんどいものの、稽古場で体を動かし、屋敷でお風呂につかっているので、身体の疲れはとれている。

 ベッドに転がるなり、眠気が襲って来た。


(仕事が入っているって言い訳を得られても、結局、申し訳なくて、いたたまれなくなりそう。

 そもそも、王都の収穫祭がどんな感じなのか、全く知らないや)


 重い瞼が落ちてゆく。


「まずはおかみさんに、収穫祭について教えてもらおう……」

  

 寝言の語尾はそのまま寝息へと変わっていった。







 メイン通りに出たライアンは噴水を背にして上っていく。

 悶々と思考に耽り、周囲はまるで見えていなかった。


(俺は、これから一週間、どうやって過ごせばいい。

 ティンは毎朝、買いに来てもいいと言っていた。

 行くか?

 いや、でも、毎日、通ったら、答えをせっついているようで、嫌がられるだろ!

 やっぱり、二日ごととか、今まで通りにしないと……。

 予定をあけておいて、断られることもあるんだよな。収穫祭を一人で過ごすことになったら、それはそれで、やりきれないよなあぁ……)


 突如、眼前が陰る。

 ぼんやり歩いていたことで、前から歩いてきた人影に気づかず、ぶつかる寸前で身を翻した。

 相手の身のこなしも素早く、互いに正面を向く形で、避けきった。


 ぶつかりそうになった相手の顔を見て、瞠目する。ぶつかりそうになった相手も同様に目を見開いた。


「ライアン様」

「ドナルドさん」

「「どうしてこんなところに」」


 声を揃えて二人は驚く。

 ドナルドの横にはサイモンもいた。二人とも私服である。帯刀もしていない。私用で出歩いているとすぐに分かった。

 騎士団で世話になったライアンは、すぐさま姿勢を正した。


「その節は、お世話になりました」

 

 ふたりにさっと頭をさげる。

 道すがら上官に会ったかのような態度を取られ、ドナルドの方が慌てふためく。


「やめてください、ライアン様。俺たちも休暇で、こちらに来ているんです。どうぞ、かしこまらないでください」


 頭をあげたライアンに、ドナルドがほっと胸をなでおろす。サイモンとライアンが挨拶を交わして後、三人は立ち話を始めた。


「今週はオーランド殿下が見回ってくださっているので、長めの休みを取るよう団長からお達しが出で、順番にまとまった休暇をとっているんですよ」

「王都で一泊して、俺たちは地元に戻って数日休む予定なんだよ、なっ」


 ドナルドに同意を求められ、サイモンが頷く。


「では、今日王都についたんですね」

「そういうことです。明日の昼過ぎにはここも立ちますが」

「久しぶりに、王都で地酒でも楽しんで帰ろうと思ったんだよ。ここには各地の珍しい酒が集まってくるからな」

「収穫祭や社交シーズンに入りますからね。きっと、早めに届いている良酒があると期待してきたんです」

「ライアン様もどうです」


 盃をあける仕草とともにドナルドがふざければ、ライアンはにっこりと笑った。


「いいですね」


 この答えにはドナルドの方がぎょっとした。


「一軒ご一緒させてください」


 ライアンの申し出に、ドナルドとサイモンが顔を見合わせる。ふざけてとはいえ、ドナルドから声をかけたものなので、断り様がなかった。


「ライアン様はお酒は飲めましたか」

「種類によってですね。一般的な葡萄酒や麦酒なら」

「もうすぐ十八ですもんね」

「はい。すべて飲めるようになるのは、まだ数か月先です」

「宿で、多様な酒を揃えている店を教えてもらったんだ。店はそこでかまわないだろうか」

「ええ、かまいません」


 こうして三人は近くの酒場に向かった。


 店に入る。店内は明るく、ほとんどの席が埋まっていた。収穫祭に向けて、地方から人が集まってきているのだろう。

 四人掛けのテーブル席に案内され、ひとまず麦酒ジョッキ三杯と串焼きの肉の盛り合わせを頼んだ。メニューはテーブルにも用意されていたが、壁にかけられた木札がおすすめだというので、魚介ときのこのオイル煮など数点を頼んだ。


 麦酒が運ばれ、三人は乾杯する。

 ほどなく料理が揃う。

 店員が離れたことを確認し、話し始めた。


次話は推敲終わってから投稿します。

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