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13:記憶のない娘①

「大丈夫か、クリスティン」


 笑いをかみ殺すオーランドを見上げ、クリスティンはにこにこ笑う。


「あー」

 叫びながら、くまとうさぎの人形を振り回した。

 ぶるんと振り回された人形は前かがみのオーランドの眼前をかすめる。

「うわ」

 驚いたオーランドが、クリスティンの目の前でしりもちをついた。


 大きな者が驚き倒れたことがおもしろかったのか、きゃっきゃっとクリスティンは笑い転げる。


 笑いそうになるのをこらえながら、困り顔で取り繕う夫人は、クリスティンの横にしゃがんだ。


「クリスティン。折角もらったお人形よ。大事にしましょうね」


 夫人が手のひらを見せると、それをちょうだいと受け取ったクリスティンがうさぎの人形を渡す。

 受け取った人形を膝にのせた夫人は、その頭をよしよしと撫でた。


 クリスティンも母親の真似をして、くまの人形をひざにのせ、その頭をなでなでする。

 撫でているというより、その手つきは叩いているに近い。

 母と娘が目を合わせ、笑い合う。


(健やかに育ってくれているなあ)

 しりもちをついた体勢からオーランドは座り直す。


 うさぎの人形を母から受け取り、二つの人形をクリスティンはぎゅっと抱きしめた。そんなクリスティンに夫人は慈愛の眼差しを向ける。


 母子のやり取りに目頭が潤んだオーランドは、涙を隠すように、袋に視線を落とし、なかに手を伸ばした。


「お菓子もたくさん買ってきたんだ。

 日持ちのする焼き菓子だ。良ければ、ここで働く門番やメイドたちにも分けてあげてくれよ」


 同じ菓子箱を何段も積み上げ、夫人の前に出した。


「こんなにたくさん、城で働く者達にまで」

「いいんだ。いつ来ても、嫌な顔一つしないで迎えてえくれるんだ。こんな機会に、これぐらい贈っても足りないぐらいだろう」

「そんなことありませんよ。オーランド殿下が来てくださって、絶えず森の様子を見回ってくれているだけで、安心感が違いますもの」

「そうか、そう言ってもらえると、嬉しいよ」

「きっと働いている者も喜びます。ありがとうございます、殿下」


 夫人が頭を下げると、横で見ていたクリスティンも母を真似て頭を下げた。


 オーランドはそんなクリスティンを微笑ましく見つめる。

 男爵夫婦に彼女がとても大事にしてもらっていると感じるたびに、胸が熱くなった。


 男爵は一歳の祝いの準備で忙しく、その日は夕食時しか会えなかった。翌日を楽しみに、オーランドは早々に休ませてもらった。


 クリスティンの一歳の祝いは、城にいる者たちだけでなく、近隣に住んでいる人々も城に招かれ、祭りのような賑わいであった。

 戸外にテーブルを用意し、料理をふるまう。

 楽器を持ち寄って弾き、歌える者が歌う。曲に合わせて躍る者もいた。


 母とクリスティンのために特別席が用意され、子どもたちが花をプレゼントし、祝いの言葉を告げる。

 大人たちも、何かしらの手作り品をプレゼントし、祝いの言葉を順番に贈っていた。


 クリスティンは両親が用意した衣装を身につけ、白いレースをあしらった帽子をかぶっている。その帽子は昨日、オーランドが持ってきた品の一つだった。


 座っているのも飽きるようで、ころんと横になったり、歩こうとして母に引き戻されるクリスティン。その度にぐずるものの、新しいおもちゃや花を見るとすぐにそっちに気持ちが向くようで、笑顔になる。


 終始、気に入ってくれたうさぎの人形を抱き、時々、耳をかじっては、母にだめよと諫められてもいた。


 大人たちは振舞われる料理を楽しみながら、笑い合う。お腹いっぱいになった子どもたちは、敷地の片隅で走りまわる。

 平民出の領主が治める地の垣根のない雰囲気に、オーランドの心も弾んだ。歌ったり、踊ったりするのも、楽器に手拍子を打つのも、ただただ楽しかった。

 

 オーランドが持ってきた菓子は、子どもたちの手土産としてふるまわれた。その菓子は貴族御用達の品ではなく、市民が利用する商店で大量に買い込んできた菓子である。


(この子たちが大人になって王都に来た時に、またこの菓子を食べ、今日の日を思い出してくれたら嬉しいな)

 喜ぶ子どもたちを見て、いつになくオーランドは人間らしい感想を抱いた。






 一歳の祝いが終わった夜。

 一段落し、ほっとした男爵とオーランドは人払いをした応接室で酒を酌み交わしていた。

 

「ひとまず、お疲れさま。そして、クリスティンの一歳の誕生日を無事にむかえられて良かった」

「こちらこそ、あんな過分な品々をありがとうございます。なにも返せるものがないのが心苦しいですが、クリスティンのために来てくれて、本当にうれしいですよ」


 二人は目を合わせて笑いあうと、すぐに真顔になった。


「なにか兆候はあったか、ジョン」

「いいえ。クリスティンはいたって普通の子です。度胸があり、泰然としているように見えますが、生まれつきの性格と言えば、それまでという特徴しかないです。まだしゃべるような年でもないですしね」

「そうか」

「私は魔力には詳しくないからよく知らないのですが、魔力があると分かる場合、なにか予兆があるのですか」

「そうだな。きらきらと光る粒子が目視できると、魔力がある証拠になる。そうなれば、しばらくは様子見でもいいが、いずれは魔力の使い方を教えないといけない。扱い方を間違うと、人を傷つけるからな」

「人を傷つけるのは困りますね」

「心配はいらない。光り始めて、すぐどうこうなることはない。だいたい、早い子でも四歳くらいから訓練をはじめるものだ」

「魅了の魔女である可能性が見えるのはいつごろですか」

「幼少期には分からないだろう。

 幼児期に魔力が発現し、だいたい十五から二十歳ぐらいまで魔力が増幅していく。二十歳を越えて魔力が増幅し、かつ王家に連なる者から過剰に好かれなければ、発覚しない。

 ジョンの手元にいるうちに分かるのは、魔力の有無と、リディアの記憶の有無ぐらいだろうな」


 



 クリスティンが無事一歳を迎えたことを確認し、安心したオーランドは、数日古城に滞在してから、鬼哭の森を巡回し、王都へ戻った。


 森周辺と王都を行き来し、しばらく過ごす。


 ある時、王都に戻るなり、王城から使者がやってきて、もうすぐ第一子が産まれるから王都にいてほしいとしたためられたジャレッドからの親書が届けられた。戻った初日に届けられたのは、オーランドがいなくなることを懸念してのことだろう。

 門を通った時か馬を預けた時に、城へ伝えるように準備していたと考えられる。

 

(甥か姪が産まれるから、祝ってほしいのか)


 王都に戻ると、とたんにオーランドの感情が薄くなる。

 ただ、手紙から滲む、リディアが始めからいなかったかのような雰囲気に虚無感だけが残った。


 無事クリスティンが一歳を迎え、ほっとしたオーランドは、どうせ数か月以内のことだと、王都で休息を取ることにした。

 忙しいネイサンとも色々話しておきたかった。


 そんな折、ストラザーン公爵家に嫁いでいた異母姉あねが急逝した。


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