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123:かみあわない二人③

「収穫祭を、ティンと一緒に歩きたかった。本当に、それだけなんだ……」


 ライアンの悲哀に染まった表情と苦渋を押し殺した声音が、クリスティンを追い詰める。迷惑をかけた当事者として、責められている気さえしてきた。


(お世話になってるだけに、断りにくくなるわ)


 決心がぐらぐらと揺さぶられる。

 大きな体で肩を落とし、軽く背を丸めて、暗い顔でうつむくライアンを見ていると、助けてくれた人を悲しませるようで、一層胸苦しくなる。


「あのね、あの……」


(うまくライアンを悲しませずに断る方法は、なにかないかしら)

 

 妙案はすぐに浮かばない。

 ライアンが苦しそうに口を開く。


「本当に、俺はただ、ティンと一緒に歩きたかっただけだ。ただ、それだけなんだよ……」


(私と収穫祭を歩きたいだけ……)


 断る決心はすでに風に飛ばされそうなほど崩れかけていた。

 ただ収穫祭をまわるだけならと譲歩した発言が喉に引っかかる。

 沈黙するライアンから、彼が感じる苦悩が伝わってくるようで、クリスティンは辛くなる。


「うっ、うん。分かった。ライアンの気持ちは分かったよ」

「……」


 雨に打たれた捨て犬の様な顔を向けられ、いたたまれなくなるクリスティンは、つくろうように笑んだ。


「でも、ほら。私、パン屋で働いているじゃない。それに、最近、パン屋のおかみさんのつてで仕事を増やしてもらったのよ」

「仕事を増やした?」

「そう、そうなの。貴族のお屋敷で働かせてもらっているの。ほら、パン屋の朝の仕事だけだと心もとないでしょ。王都にも慣れてきたし、仕事を増やそうと思ってね」

「ああ、だから、あの横道からでてきたのか」

「うん。それで、私、まだ試用期間なものだから、仕事の状況が不安定なのよ。今後のこともあるし、働き始めたばかりだからね。急に自己都合で休みたいって言い出しにくいのよ」

「……、そういう事情もあったのか」

「あったの、あったの」


 クリスティンは取り繕うように大袈裟に口角をあげて大きく頷く。きらきらと開いた両目で彼を凝視する。

 事情を把握できたライアンの表情も、ゆっくりと和らいでいく。


「せっかく、王都に来たんだもの。長く、ここにいたいじゃない」

「……」

 

 ライアンは眩しそうに目を細めた。

 急にいなくなることはないと分かり、心がじんわりと暖かくなった。


(良かった。しばらくは王都にいてくれるんだな。突然、いなくなるようなことになったら、俺の方が耐えられなかったよ。そうか、俺はそれぐらい、彼女が……。それぐらい、ティンが好きなんだ)


 唐突に自覚した。

 新たに芽吹いた気持ちを噛みしめ、ライアンが沈黙する。


 穏やかに笑んだまま、なにも言ってくれない彼を見つめるクリスティンの方が募る焦りに急いていた。

 ライアンが落ち着くほどに、焦燥感が盛り上がっていくクリスティンは、無言に耐えきれず、早口で話し始めた。


「収穫祭で時間がとれるかわからないのよ。もしかしたら、仕事でなにか言われるかもしれなくて……。いまはまだ、働き始めたばかりで、先々の見通しが立てにくい状況なのよね。

 それに収穫祭って毎年の行事なんでしょ。

 もし、今年がダメでも、来年とか、再来年もあるんじゃない」


 今年誘えなくても、来年があると思えば希望を持って、諦めてくれるのではないかとクリスティンは淡い希望を抱いた。

 ところが、来年や再来年という単語が出た瞬間、予想外にもライアンはまたしぼんでしまい、クリスティンは(なんで、なんで)とあたふたするはめになってしまった。


 沈痛な面持ちで、ライアンは告げる。


「……、来年は無理かもしれないんだ。実は、再来年も」

 

 浮上しかけた声が再び暗く沈み込む。その変化を受け止めきれない、クリスティンは泣きそうだ。


(いやあぁ。また、なに、なんで、暗くなっちゃうのぉ。私のせい、私のせい!)


「来年以降。俺は一年の大半を王都から出ることになるんだ」


 なぜと問いかける言葉を、クリスティンは飲み込んだ。


(ライアンがおいちゃんの代わりになるって、おいちゃんは言っていたわ。王都から出るというのは、おいちゃんのように旅に出るということよね。それって、つまり、鬼哭の森にも分け入っていくとうことになるのかな)


 確かめなくても、間違いない。来年にはオーランドとともに、瘴気を払いに鬼哭の森に行くのだ。

 手合わせしたクリスティンは、ライアンがそれだけの力を有していると十分に理解でき、確信を持てた。


「だから……、俺のチャンスは、やっぱり今年だけなんだよ」


 悲し気にまたライアンは黙ってしまうと、クリスティンの罪悪感が煽られる。

 

(こんな背景を知ったら、断れないじゃない。もし、断ってしまったら……)


 未来像をクリスティンは脳裏に描く。

 オーランドのように男爵領の城に頻繁にライアンが訪れ、クリスティンは彼を迎え入れることになる。顔を合わせるたびに、あの時断らなければ良かったと悔やむことになる可能性が高い。さらには、一生、あの時、断ったのは私ですと言い出せなくて、クリスティンとティンが同一人物だと言えない秘密を一生、抱え込むことになるかもしれない。


(おいちゃんの代わりになるライアンは学院を卒業したら聖騎士になる。きっと男爵領にも頻繁にやってくる。おいちゃんみたいに森に入る前に、城に少なくとも一泊はしていくようになったら……。その度に、会って、こんにちはって挨拶するたびに、あの時袖にしてごめんなさい、って心のなかで謝り続けることになるんじゃない。おいちゃんみたいに、男爵領のために色々してくれてありがとうって思いながら、同時に、ごめんなさいと悔やみ続けることになるのよ!)


 ぐるぐると後ろめたさが渦を巻き始めたクリスティンは、口元を真横に結んだ。


(こんなんじゃ、断れない!)


 暗く沈むライアンを前にして、クリスティンもまたずーん頭が重くなってきた。


 一方、彼女の口から、来年や再来年という単語を聞いたライアンは(来年はない、再来年もない)と噛みしめていた。


 聖騎士に内定しているライアンは、来年以降は、オーランドに代わり地方を飛び回ることを望まれている。

 デヴィッドのスペアという重石も、オーランドが王都に留まるようになれば軽くなる。

 さらに、王が妾を受け入れ、王弟が結婚すれば、事情は大きく変わるだろう。


(今までの楔から解放された俺は、公爵家の三男という一番自由がきく立場になる。一年は自重しろと言われそうだが、王家にさらなる子供が産まれれば、俺の枷は解かれるだろう。そうなれば、年々悪化する状況下で現場に飛び込まざるをえない、今以上に過酷な状況になっても俺はその渦中から逃げ出すことは許されない。俺はオーランド殿下ほど守られる立ち位置にはいないんだ)


 来年はまだいい。

 しかし、再来年は、ないかもしれない。

 

 瘴気を押え、魔物の侵入を抑えるというのは聖騎士にとっての表の仕事。

 現状は、鬼哭の森の奥を探索し、森の奥に分け入り、空の孔()から流入する瘴気を止める手がかりを模索することだ。つまりは孔の広がりを抑える、または塞ぐ方法を探すことになるのだ。


 そんな理由は平民の彼女には、決して言えなかった。




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