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122:噛み合わない二人②

 クリスティンはライアンと一緒にメイン通りを下る。

 気まずさが漂う沈黙は辛いものの、声をかけるにはためらわれた。


(いたたまれないわ。だからと言って、あのまま置いていくわけにもいかないし。だって、彼を道端に残して背を向けたら、絶対、周りに変な目で見られたと思うのよ)


 クリスティンでも、傍から見れば、ライアンを振って逃げたかのように見られかねないと自覚はあった。






 方や、ライアンは、なにも始まっていないどころか、どう始めればいいかもわからない状況に、手も足も出ないと落ち込んでいた。

 収穫祭に誘えなければ、しばらく王都で平民を誘えるイベントはない。


 収穫祭後の社交シーズンは、たくさんの貴族でにぎわう分だけ、平民の店は書き入れ時とばかりに、いつもより働くことになる。


 貴族と一緒に使用人一家も休暇と仕事を兼ねて遊びに来ることで、王都の人口が普段の倍近く跳ねる。人が集まることで、地方をめぐる商隊もこの時期は王都に集う。各地から仕入れられた珍しい品々が一堂に揃うのだ。

 商いが盛んになり、街に活気があふれ、王都中がにぎやかになる。

 貴族達も社交シーズン中に買い物をし、取引で動く金額が一年の中で最も多い時期となる。

 

 そんな背景もあり、社交シーズン前の、収穫祭前後が王都の平民にとっての連休となり、次の大型連休は年末年始までやってこない。

 

 例年、年末年始の連休は家族とともにゆっくり過ごすのが一般的だ。必要最低限の店が開いているだけで、メイン通りのほとんどの店が閉まっている。

 恋人同士にでもなっていない限り、一緒に過ごす理由は見いだせない。

 先を見通しても、収穫祭を断られれば、雪が解けるまでチャンスはなかった。

 後悔先に立たず。ライアンはがっくりと肩を落とす。


(もっと早く動いていれば良かった)


 明日はデヴィッドの付き添いで呼ばれている。今までの習慣から、パン屋に顔を出すこともできるだろうが、頻繁に通えば、嫌われるかもしれない。収穫祭への誘いを断られれば、もう通うことも諦めねばならない可能性がある。

 デヴィッドやクリスティンの件に骨を折った結果、大事なことを後回しにしてしまった。今頃気づいても遅い。犠牲にしたことは思った以上に大きかった。

 今さら、彼女に、忙しかったと言い訳しても、格好悪いだけだろう。

 打つ手なし。ライアンの気持ちはさらに沈んでいく。





 一方、沈み切ったライアンを連れ歩くクリスティンも、たまったものではなかった。

 背後に黒い気配が漂ううつむく彼の存在が目立ち、すれ違うたびに人に見られた。

 

 ひそひそと「喧嘩したのかな」「浮気がばれたのかもよ」「まさか」などと、笑われているとも、ネタにされているとも言える声が聞こえてくる。


(違う、違うの。違うのよ~)


 道行く人を止めてまで言い訳することではない。

 ちらりと横を見れば、暗い顔のライアンが地面を見つめ続け、とぼとぼと歩いている。

 

(収穫祭について、ちゃんと答えていないからかな。それも、貴族だってバレたのがショックだったのかな。マージェリー様にばれた時は私も泡を食ったもの。やっぱり、ばれるというのはショックなものよね)


 共感したつもりで、頓珍漢な方向にクリスティンも勘違いする。


「ごめんなさい」


 ライアンが「えっ……」と呟き、立ち止まってしまった。クリスティンも慌てて足を止める。

 ライアンはとうとう断られるのかと、絶望の淵に立った。


「貴族だって、気づかれてしまってショックだったんでしょう」


 立ち止ったライアンを慰めたいクリスティンが、彼の顔を覗き込む。

 思いもよらない発言を受け、呆気にとられるライアンがいた。

 クリスティンはクリスティンで、その顔を(言い当てられてショックなのね)と勘違いする。

 正体を隠したい己の希望をライアンに重ね見ていた。 


「大丈夫。他の人には黙っているから。秘密にしたいことが一つや二つあってもおかしくないわよ。私、誰にも言わないから、今まで通り、気兼ねなく、お店に来てくれていいから、ねっ」


 楽しみにしていたパンを買いにいけなくなるとショックをうけているのだろうとライアンを慮る。

 

 ライアンはライアンで、彼女に嫌われていないと悟り、喜び勇みそうになる気持ちをぐっと飲み込んだ。


「店に行っても、いいのか」

「もちろん。毎日でも歓迎するわ」

「……毎日でも」

「ええ。でも、それは言い過ぎね。毎朝来るには、忙しいのでしょう」


 クリスティンは、ライアンが色々と計らってくれたことで、事が収まったことを思い出しながら、言外に感謝を込めて語り掛けた。


「ああ……、本当は、もっと……、もっと、早く」


 消え入りそうな声で呟くライアンが泣き崩れそうに見えて、クリスティンはそっと彼の腕に手を添えた。


「早く、なに?」

「もっと、早く、収穫祭があるって伝えて、声をかけておけば、良かった……」


 店に来ても良いと許されたことで、安堵したライアンの口から本音が漏れる。クリスティンは黙って耳を傾ける。


「頼まれたことがあって、どうしても、気にかけなければいけないことがあって……。頼まれたからには、無視するわけにはいかなかったんだ。手を差しのべて事を収めれば、やっぱり当事者だけでは解決は難しかったと思うことだった」

 

 ティンであればライアンの言わんとしている内容が分からないところだが、クリスティンはクレスとして彼がいかに動いてくれていたかを聞いている。ライアンが学院のことを言っており、その当事者の一人が自分だとすぐに理解できた。


(ライアンは時間をたくさん割いて、対応してくれていたというのに……)


 そんな彼が自分のせいで落ち込んでいる姿に、クリスティンの罪悪感が募る。


「もっと早く、声をかけておけばよかった」


 悔しい。

 押し殺した声に込められた感情を受け、クリスティンは目を眇める。


 沈むライアンは麗らかな陽気のもとで、噴水を回り込んでベンチに座った時を思い出していた。じわっと当時のぬくもりが蘇り、次の瞬間、虚しくなった。

 人々が楽し気に歩く様を見て、もっと人が溢れる楽しい行事が近々あることを伝えれば、もっと自然に、案内すると伝えることができただろう。

 すでに好機は過ぎ去っていたのだ。


 濡れぬ先の傘。

 後悔で濡れた後で思い知る。


「あの時。もっと早く、誘っていればちがっただろうか。噴水をまわって、二人で、一緒に、空を見た時に。

『初めての収穫祭なら、良ければ俺が案内するよ』

 そう、言っていれば、良かった……」


 訥々と語る声に力は失われていた。

 後悔が飽和し、絶望が零れ落ちる。


 方や、ライアンのあまりの落ち込み様を目の当たりにしたクリスティンは、(どうしよう。これじゃあ、私が一方的に、ライアンを傷つけたみたいじゃない。だって、迷惑をかけた張本人も私なんだから!)と、盛り上がってきた罪悪感に、焦り始めていた。



 

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