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119:気づかれた、誘われた③

「でっ、何があったんですか?」

「実はな……」


 面倒くさげなライアンと、助けをこう涙目のデヴィッドが丸テーブルを挟んで額を突き合わす。


 デヴィッドは母に呼び出された食堂の件を事細かにライアンに伝えた。

 聞き終えたライアンは額に拳をつけて、大きなため息を吐く。


「……でっ、マージェリーの家で開かれるお茶会に急きょ顔を出さなくてはいけなくなったと」

「そうだ。さらには、その会で来週開かれる収穫祭に、マージェリーを誘うように命じられたのだ。収穫祭当日用に、平民に扮する衣装まで、母は用意しておくと言うし、髪や瞳の色は隠せないと告げれば、魔法で髪色を変えることができるとまで提案されてしまった。母に抵抗はできない。私はこの苦行を回避する術はないんだ」

「……気にせずに、誘えばいいじゃないですか」


 マージェリーの気持ちを知るライアンには、(ちゃんと申し込めば了承するに決まっているだろう)と予想する。

 

「それができれば悩んだりしない!」

「身から出た錆でしょう。王妃様からその程度のお咎めで済んで良かったと思うべきなのでは」


(むしろ王妃様からマージェリーへの計らいか)


 収穫祭のデートとなれば、マージェリーからしてみれば楽しみな出来事になるはずだ。衣装もすべて王妃が用意すると知れば、彼女なりに王妃からの謝罪の意図もくみ取るだろう。


 マージェリーをいたく気に入っている王妃からしてみたら、本当は息子の頭を押さえて、平身低頭、頭を下げさせたいところだろう。それを許されない立場だからこそ、王妃なりに謝罪も兼ねて、デヴィッドへ命じている可能性が高い。


「こんなの……、私には、罰でしかない」

「罰なんですから、当たり前でしょう」

「公爵邸で開かれる会で恥をかかされるかもしれないじゃないか」

「大事にはなりませんよ。人前ではマージェリーも配慮するでしょう」

「でも、厳しいことは変わらないはずだ」


 うじうじするデヴィッドに、ライアンは提案する。


「……すっぽかせないんですか。収穫祭へ誘うだけなら、学院でも可能でしょう。人目につきたくなければ、マージェリーを生徒会室に呼ぶこともできますよ」

「だめだ! 学院ではダメなのだ! なにせ、母は明日誘えと言った。これで、明日何もしませんでしたとばれたら、ばれたら……」

「大目玉を食らうというわけですね」


 椅子の背にもたれかかり、ライアンは天井に視線を流す。


(収穫祭は来週か……。早いものだな)


 学院がらみで動いていたので、すっかり忘れていた。デヴィッドの話を聞きながら、以前にティンを収穫祭に誘えないかとふと考えたことを思い出す。


(こちらに来て、間もないようだからな。王都の収穫祭は初めてだとしたら、案内役がいたって……、いいよな)


 幸いデヴィッドがマージェリーを誘うことになれば、急なわがままに突き合わされたり、お守りを頼まれる恐れがなくなる。時間を十分に確保できるというものだ。


(明日、デヴィッドに協力すれば、余計な横やりが入ることを考えずに、ティンを収穫祭に誘うことができるか……)


 そうなれば、問題はティンをどうやって収穫祭に誘えばいいかということになる。

 すると、ロバを引くレオの姿が脳裏をよぎった。


(誰かに先を越されるのは癪に障るな)


 アップルパイのやり取りをただ眺め、置いてきぼりにされた侘しさが蘇り、身体に焦りの悪寒が走った。

 ティンを誘う気恥ずかしさを悪寒はゆうに上回る。

 怒りとも言える禍々しい淀みが腹に渦巻く。

 その感情が嫉妬であると自覚するライアンは、奥歯をぐっと噛んだ。


(俺は収穫祭を後悔して過ごしたくはないぞ!)


 善は急げ。

 居ずまいを正したライアンは、片手でぽんと膝を打った。


「分かりました、殿下。マージェリーを誘う件、俺も同行しましょう」

「本当か、ありがたい」

「なんとか二人きりになれるように計らいます」

「二人きり……」

「ええ、そうすれば、人前で恥をかかされる心配なく、マージェリーを誘えるでしょう。

 もし、うまく言えないなら、念のため要件をしたためた手紙を持っていけばいいのです」

「そっ、そうか! その手紙を花束に差し込んでおけば、もしうまく言えなくても、それを見て、マージェリーなら気づくか」

「はい。幸い、俺も同学年ですし、騎士団に顔を出せばエイドリアン殿と会うことができます。返答は後日確認が可能ですよ」

「そうか、そうだな。良かった。もし明日うまくできなくても、なんとかなるということだな」

「そういうことです」

「ありがとう、ライアン。恩に着る」


 ライアンとデヴィッドは硬い握手を交わす。


 こうして、ライアンはティンを収穫祭に誘うため、デヴィッドは母の怒りを回避するため、協力関係を結んだのだった。







 オーランドの屋敷にいるクリスティンはベリンダとともに明日のお茶会に参加する打ち合わせを行った。


 パン屋の仕事をすっぽかすのは気が引けるため、今日は一旦帰宅する。

 明日の朝は、おかみさんに事情を伝え、早めに仕事を切り上げさせてもらい、ティンの姿でオーランドの屋敷に行ってから、屋敷でクレスの衣装に着替え、出かけることになった。


 明日の動きがまとまり、二人は応接室からクリスティンの衣装部屋に移動した。

 かかっている衣装から明日の装いを選ぶ。

 着ている衣装もライアンと手合わせして汚れているのでベリンダが洗濯してくれることになり、剣の柄や鞘も薄汚れていたのでロジャーが磨いておいてくれることになった。


 本当はお茶会前に身ぎれいにしていきたいが、明日の朝は忙しくなりそうなので、今日はお風呂につかり、食事をしてから帰ることになった。


 風呂からあがったクリスティンは一番落ち着くティンの姿で、自室のベッドに寝ころんだ。


 寝返りを打って窓辺を見つめる。

 

(おいちゃんに服を用意してくれてありがとうって言わないといけないわね。まさかこんな事態になるなんて、衣装部屋を見た時には思いもよらなかったもの)


 衣裳部屋にはパン屋に置いてあったクレスの騎士服より立派なものが用意されていた。

 まるで、未来に起こる事態を予想していたかのような準備の良さだ。土がついたままの汚れた衣類で公爵邸に行かずにすむのは、とてもありがたい。

 少なくとも、身なりについてだけは気後れせずに済む。


 うとうとしていると扉がノックされた。

「はい」と返事をする。

 扉が少し開かれ、ラッセルが顔を出した。


「お姉ちゃん。夕ご飯の準備ができたよ。一緒に食堂で食べよう」

「わかったわ。迎えに来てくれて、ありがとう」


 大好きなラッセルに誘われて、クリスティンは満面の笑みでベッドから飛び起きた。


 

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