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116:ばれて、退路を塞がれる④

「はっ、母上、わっ、私が、私が、マージェリーを誘えというのですか」

「はい、もちろんです。男子たるもの、あなたから誘わずしてどうするのです?」

「私が……、私に……」


(そんなことができるわけがありません!)


 マージェリーは怖い。

 デヴィッドにとって、日常で声をかけることさえまだまだ避けたい相手である。

 非がある手前、挨拶だけはちゃんとしなければと自覚し、挨拶はしていたが、学年も違うため、それで十分だと思っていたところだ。


 事件を起してしまった背景には、褒めてくれない婚約者に辟易していた本心が隠れていたのも事実。

 一緒に笑って楽しいクリスティンの方が居心地良く感じている側面もあり、あのような愚行に繋がったともいえる。

 勘違いが発端とはいえ、行動の裏にはそれなりの本心は隠れていた。


(マージェリーが悪人ではないことはクリスティンにも忠告を受けたとはいえ……)


 母に対し声高に反論も抵抗もできないデヴィッドは震える声で告げる。


「私に、マージェリーを誘えるとはとうてい……」


(できるとは思えません、母上……)


 声は萎み、最後まで紡げなかった。


 デヴィッドの脳裏に浮かぶのは、冷淡に見えるマージェリーの無感情な厳めしい顔だ。

 花束を持って、お茶会に飛び入りして、エイドリアンや各家々の夫人たちがいる前で、恥をかかされるかもしれない。

 そんな場所にのこのこ出ていく勇気はなかった。


(無理だ。私にマージェリーを誘うなんて……)


 目を瞑っても、瞼に浮かぶのは、嫌そうな顔で拒絶するマージェリーの姿ばかり。


(昔はもっと笑っていた気がするのに……)


 いつの頃からか、マージェリーは笑わなくなり、怖い顔ばかり見せるようになった。年上の婚約者がいつから変わったのか、もう思い出すこともできない。


 タンと机を軽く叩く音が耳に届き、デヴィッドは、はっと目を開いた。

 しなやかな黒猫がテーブルに乗っていた。首輪をつけた黒猫は、優雅に丸テーブルの縁を歩む。


 母が、「なー」と鳴きながら傍まで歩んできた猫を「テーブルに乗ってはいけません」と諫め、猫を抱いた。


(母の黒猫……)


 ぼんやりと猫を見つめる。

 母が猫に語り掛けるように話し出す。


「収穫祭の時、この()をお目付け役に同行させます。

 近衛騎士の監視なしに、街を歩きたかったのでしょう、デヴィッド」

「なぜ、それを、ご存知なんですか。私はライアンと父にしか……」

「なぜでしょうね。

 ですが、猫を連れてさえいれば、二人きりで街を歩くことは許すことができます。母が良いと言っているのです、おわかり? 愛しい我が息子()

「しっ、しかし、私は王家らしい金髪碧眼、マージェリーはウルフォード公爵家らしい白髪赤目です。

 馬車にも乗らず、このままの姿で歩けば、誰が見ても明らかではありませんか」


 母が大仰にため息を吐く。


「秘密裏に噴水近くまで行ったあなたがなにを言っているのです」

「あっ、あれは早朝で、噴水近くまでは馬車でいきましたし、まだ人通りが少なく、一目にもつかず、少し歩いても大騒ぎにはならない時間帯でした。

 しかし、収穫祭は周辺の領地から多くの人々がやってきます。さらには有力貴族も集まり、来月の社交シーズンにつながるなかで、私やマージェリーがフラフラしていたら誰の目にも明らかで、示しがつかないのでは……」

「収穫祭で、学院に通う貴族の子弟が平民に紛れて遊んでいるのは恒例ではありませんか。この期に及んで、小心で殊勝な物言いなど。怖気づくにもほどがありますね。それほどまでにマージェリーが怖いのですか」


 母が黒猫の背を撫で始める。するとみるみる、黒かった毛色が白と黒のまだら模様に変色していった。


 選民である王妃は魔力を有する。オーランドやネイサン、リディアに次ぐ程度の魔力は保有していおり、あまり人前でひけらかすことはなくとも、自由に魔法を扱うことができた。

 もちろん、デヴィッドも知っている。

 

「毛色の色素を変化させました。一時的な効果とし、数時間で元に戻るようにしています。

 このように髪色を変色させれば身分がばれずにすむでしょう。


 収穫祭当日、あなたはマージェリーを公爵邸へ迎えに行き、城まで連れて来るのです。平民用の衣装も母が用意しておきます。

 髪色を変え、平民に扮して市街を歩いてみなさい。

 マージェリーはあなたがおもうよりずっと普通の娘ですよ。

 恐れるからこそ、目が曇ってしまうのです。

 立場を捨て、いつもと違う場所で、もう一度、向き合ってみなさい、デヴィッド」


 猫を撫でる母が穏やかに語りかける。

 怒りを消した涼やかな声音に、デヴィッドは気圧された。


「……はい」

 

 そして、ただ力なく、母の申し出を受け入れたのだった。






 一方、マージェリーの申し出を了承したクリスティンは、逃げるように騎士団の稽古場を後にし、メイン通りを力なくとぼとぼと歩いていた。


(マージェリー様があんなに押しが強い方だとは思わなかったわ)


 退路をふさがれ、押し切られた。

 学院で会うことになるその後を思えば、反故にすることもできない。


(弱みを握られるって辛いわあ……)


 悲しくなり、肩を落とすクリスティンのお腹がぐうと鳴った。

 手を当てみる。

 自然と歩みが遅くなる。

 オーランドの屋敷に通じる横道が見え、足がゆっくりと止まった。


(……、明日、まっすぐマージェリー様のお屋敷に、このまま行く? 公爵家のお屋敷に行くのに、二日続けて同じ服って、もしかして、失礼なんじゃ……。しかも、この服、ライアンと格闘して、土で汚れているわけでしょ!!)


 とんでもないことに気づき、クリスティンは青ざめる。 

 

 屋敷の場所を知らないクリスティンのために、十時に稽古場の門前で待ち合わせている。公爵家の馬車で迎えにいくとも言っていた。


(だめよ、だめ。土で汚れた衣服で乗れないじゃない)


 オーランドと乗ったふかふかの座面を思い出す。そこに土で汚れた服で座る。そんな度胸は無かった。


 今までは週に一回通っていたため同じ服を着ていても問題なかったが、さすがにお茶会に呼ばれて昨日と同じ格好のまま行くわけにはいかないと気づいたクリスティンはオーランドの屋敷に用意された衣装の数々を思い出した。


(おいちゃんの屋敷には、クレス用の服も置いてあったのよね。良かった着替えはあるわ。

 そう言えば、おいちゃんの屋敷で長く働いているベリンダさんなら、マージェリー様が開かれるお茶会がどんなものか私よりも知っているんじゃないかしら。

 良かったベリンダさんがいてくれて。どうか助けて、ベリンダさん)

 

 希望が見えたクリスティンは前を向く。

 歩み出せば、足取りは徐々に早くなる。

 走り始めたクリスティンは横道に入り、オーランドの屋敷へと向かった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

明日からはネトコン一次通過した別作品の番外編を投稿し、この連載はお休みします。


明日投稿始める番外編は、異世界恋愛月間4位ランクイン御礼の番外編になります。

作品はこちら↓

『平民出の聖騎士様に身代わりで嫁ぐことになりました。歓迎されていないけれど、行く当てもないのでお掃除していたらいつのまにか溺愛が始まっていたらしいです。いったい、いつから?』

https://ncode.syosetu.com/n8359ig/


その後、連載再開し、年内は休み休み140話まで投稿します。

引き続き、どうぞよろしくお願いします。


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