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12:秘密を共有する男たち④

 オーランドとネイサンは翌日、王都に戻っていった。


 残った男爵は娘の成長を見守ることに徹する。


 娘を慈しむ妻に男爵は秘密を伝えないことにした。

 いらぬ後ろめたさを感じさせ、娘を愛する気持ちを曇らせたくなかったのだ。娘に罪はない。妻にも落ち度はない。

 産婆も、死産は稀にあると言っていた。

 愛を与え合う母子に水を差したくなかった。


 産まれた時には死んでいたとはいえ、肉体は男爵夫婦の子どものもの。魂が選民が残してくれたものだとしても、我が子であることに変わりはない。


 リディアが数日後には死ぬ運命であったことを思うと、巡りあわせに驚くばかりだ。彼女がいなければ、娘は死んでおり、城内はふさぎ込んでいたことだろう。彼女の生まれ変わりであろうがなかろうが、娘としての価値はかわりないと、男爵は彼女の人生をオーランドとともに守っていこうと改めて誓った。


 男爵の妻はリディアのために、先祖を祀る祭壇の端に、感謝を示す小物を置き、毎日祈りを捧げている。娘の命を救ってくれたことを心より感謝していた。

 

 もちろん、男爵は娘をクリスティンと名付けた。

 クリスティン・カスティルは両親に愛され、育まれる。





 一方、オーランドとともに王都に戻ったネイサンは近衛騎士となった。


 スタージェス公爵の第二候補であるネイサンが、王都を離れにくい近衛騎士になることで、王や公爵に安心感を与えることが狙いだった。


 元々は、オーランドほどではないが、公爵家の次男であるネイサンも自由な生き方を好んでいた。

 地方に出向くことが好きで、オーランドとともに出張でばることもあった。


 近々、オーランドがスタージェス公爵を継げば、その後釜に着くのはネイサンである。鬼哭の森近辺でなにかあれば、率先して出陣する立場であった。


 ジャレッドが王位を継ぎ、スタージェス公爵をオーランドが継ぎ、聖騎士をネイサンが引き継ぐ。それをもって、向こう数十年、王政は安泰と世間は見ていた。


 世情に流されれば、オーランドはクリスティンを見守れない。

 オーランドが自由に国内を動き回り、頻繁に男爵の城に顔を出せるようにするために、ネイサンは王都から動かないように自ら枷をはめた。

 

 判断を下した背景には、もう一つ理由があった。


 表だっていないことだが、ネイサンの兄はあまり評判が良くない。魔力が乏しく、魅了の魔女の影響を受け、舞踏会でリディアに愛を囁いた一人であると判明していた。


 王の妾が産んだ姫、つまりはオーランドの異母姉あねを正妻にむかえても、ネイサンの兄は自身の愛人を屋敷に住まわせ、正妻より先に男児を二人もうけていた。


 そんな兄に公爵を継がすかどうか、両親は二の足を踏んでいた。

 しかし、スタージェス公爵の第二候補であるネイサンに、ストラザーン公爵を継がすことはできない。動向を伺いながら、ネイサンの両親は機会をうかがっていたのだった。

 

 どちらにしても、ネイサンが生きていなければ話にならない。

 二つの公爵家に板挟みされたネイサンは王都を出ることが難しかった。




 一方、詳細を知らない王太子ジャレッドは、リディア(あね)を失った悲しみに暮れるオリヴィアと、互いの哀しみを共有することで情が移り、良い仲になっていた。オリヴィアはリディアを失った数か月後に懐妊した。

 それにより、急ぎ婚姻が結ばれる。

 寄り添う王太子夫妻はとても仲睦まじく、慰め合いから始まった交流が、いつの間にか愛へと昇華したかのようであった。

 

 そんな兄の姿を遠目で見ていたオーランドは、ふと城から離れたくなり、貴族が多く住む区画に目ぼしい屋敷を見つけ、購入し移り住んだ。

 国内を飛び回るオーランドは、平民の夫婦を雇い、二人に屋敷の管理を任せた。 


 たまに王都に戻っても、王城に近づくことは少なくなり、暇があれば、街をぶらりと歩き、公園でぼんやりと木々を眺めて過ごすことが多かった。


 昔のオーランドなら、兄の心変わりに憤りを感じたかもしれない。なのに、今のオーランドは、透明な薄膜一枚向こう側の景色を眺めるように兄の行動を捉えていた。


 兄とは背負った哀しみが、どこか違う。そう漠然と感じただけで終わった。

 リディアが死んだことで、魅了の影響を受けなくなった兄と魔力を有し魅了の影響を受けなかったオーランドでは、元々の感情が違ったのかもしれない。

 表の態度は変わらないものの、心の距離は遠くなった。





 国内を飛び回るオーランドは、王都を出るたびに男爵の城へ通う。以前から男爵の城を拠点にしていたため、誰も素行に疑いを持たなかった。


 一月と間を置かず、男爵の城へ出向き、クリスティンの成長を見守った。赤子の成長は早く、最初はおっかなびっくり触っていたオーランドも、少々雑に扱っても喜ぶと知ると、膝の上に乗せた赤ん坊の手足をいじって遊んだ。

 反応が面白く、この時だけは、喜びが胸にあふれた。


  

 

 リディアを埋葬し、一年が経った。

 

 クリスティンの一歳のお祝いに呼ばれたオーランドはたくさんの祝いの品を持って、駆け付けた。


 顔見知りの門番に馬を預け、真っ直ぐに居館へ向かう途中、外遊びをしていた男爵夫人とクリスティンを見つけた。「夫人、クリスティン」と呼びかけながら、歩み寄る。


 土産をいっぱい詰め込んだ袋を両手に抱える姿を見て、クリスティンは両目を瞬かせた。そんな幼子を男爵夫人は抱き上げ、オーランドに会釈した。


「オーランド殿下、お久しぶりです。クリスティンの一歳のお祝いに来てくれて、ありがとうございます」

「いやいや、こちらこそ、呼んでくれて嬉しいよ」


 クリスティンがオーランドの抱える荷物へ手を伸ばした。


「これ全部、クリスティンの祝いの品だからな。城で一緒に開けてみような」


 目じりを垂らし、笑いかけるオーランドに、クリスティンはわかっているのかいないのかきゃっきゃっと喜ぶ。


 居館に入ると、通された応接室の床にオーランドは持ってきた品を置いた。

 

 母の腕から降ろされたクリスティンがたくさんの品を詰められた袋にたどたどしい足取りで近づき、手をかける。ばさっと袋の口がひらいた。どどっとクリスティンにむけてたくさんの祝いの品がなだれ落ちる。びっくりしたクリスティンがしりもちをついた。


 おもちゃとお菓子に埋もれたクリスティンは、両目を真ん丸にして瞬きした。泣きもしない度胸に、母は口元に手を添えて驚き、木のおもちゃも入っている袋だっただけに、怪我をしていないかとオーランドはあたふたする。


 前のめりになり、手を差し伸べるにもどうしていいか惑う。(くう)に浮かした両手の指がもぞもぞと行き場なく動く。


 オーランドの様子など気にもしないクリスティンは、袋のなかをまさぐり、うさぎとくまの人形の片手をとった。両手をあげ、「とったー」と大きな声をあげた。


 まるで獲物をとったかのような勇ましさに、オーランドは両目を大きく見開く。


 クリスティンはそんな顔が面白かったのか、大きな口を開けて、笑った。

 オーランドもつられるように、腹の底から笑った。


 リディアを失い、感情の起伏が平たんになったオーランドであったが、クリスティンといる時だけは、正常な喜怒哀楽が蘇る。

 特に、嬉しいや楽しいというあたたかな感情は、クリスティンといる時だけ、鮮明に息を吹き返した。


 オーランドにとって、クリスティンだけが唯一人間として機能する命綱。感情の拠り所となっていた。





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