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114:ばれて、退路を塞がれる②

「ごきげんよう。クレス様」

「おっ、おはようございます」

「お久しぶりですね。随分、お顔が真っ赤ですけど、なにかありましたか」


 クリスティンは慌てて、両手で頬を包み込んだ。

 マージェリーが面白そうに笑う。


「……ライアンと、手合わせしてもらってまして」


 か細い声で答えると、マージェリーが愛らしい笑みを浮かべる。


「では、痛い目を見てしまったのね」

「……はい」

 

(そう誤解される顔をしているのね)

 クリスティンはしょんぼりする。驚きが顔に出るほど、ショックが未だ消えていないのだろう。

 おさまらない鼓動が良い証拠だ。


「それとも……」


 今までと違う低く抑えられた囁き声に違和感を覚え、クリスティンが顔をあげる。

 笑顔のマージェリーが背を丸めて、顔を近づけてきた。


「ライアンにドキドキしたの? ()()()()()()


 その一言に、ざざっとクリスティンは後ずさり、背後にあった木の幹に背をぶつけた。そのままずり落ちてしまいそうになって、かろうじて踏ん張る。


 口が、なんで、なんでともごもご動くのに、声は一向に出なかった。


(どうして、気づいちゃったの!)


 マージェリーはクリスティンに笑顔を向ける。清涼感漂う笑顔にもかかわらず、恐怖を覚えるクリスティンはただひたすらに震えあがる。


「ライアンは気づきまして?」


 クリスティンはにこやかな尋問に首を横に振る。頭のなかは、何でばれたか見当もつかず、真っ白になっていた。


「そうでしょうね。

 賢いわりに、そういうところは鈍感そうよね」


 口元に手を寄せて、マージェリーはくすくすと笑う。


「なっ、なんで……」

「なんで、気づいたのか、知りたいのかしら」


 クリスティンはぶんぶんと頭を上下にふる。

 マージェリーはにっこりと笑う。


「新入生歓迎会ですわ。

 あの時、デヴィッド殿下と私の間に立ったでしょう。その背を見て気づきました。

 魔法を扱うクリスティン嬢の背中と、私を助けて走り去るクレス様の背中が重なって見えたのです」


(背中だけで! そんな一瞬で見破られてしまったの)


 クリスティンは蒼白になる。この変装は、そんなに簡単に見破られるほど陳腐なものだったのか。

 髪型も、雰囲気も、服装もそれぞれの特徴があるというのに。


「クレス様に直接訊ねるまで確信は持てなかったのだけど。

 クリスティンの名を呼んで、この反応なら間違いないですわね」


 その瞬間、笑顔のマージェリーにかまをかけられたとクリスティンは悟った。


(騙された!!)


 二重のショックで、声も出ない。

 なんの前触れもなく、名を呼ばれたことで、虚を突かれ、墓穴を掘ってしまったのだ。

 クリスティンとクレスが姉弟かもしれないと想像するライアンの上を行く人がすぐさまあらわれるとはまったく思わず、意表を突かれた。


「……ライアンでさえ、姉弟かもしれないぐらいだったのに」


 へなへなと座り込みそうなクリスティンが涙声で呟く。


「私もその線は考えました。

 でも、あまりにも普通過ぎますわ。どうせかまをかけるなら荒唐無稽な方で素早く仕掛ける方が妥当かな、と思いましたの。

 違っていたら、きょとんとされるか、それは誰と聞かれるはずでしょう。姉弟なら、姉に似ていますかとかね、返しようがあるでしょう」


(そうか、姉弟のふりをすればよかったのね。もしくは、従弟とか。そうすれば、誤魔化せたんだ!)


 穏やかなマージェリーに対し、クリスティンの顔は引きつるばかりだ。


「あっ、あの……」

「なんでしょうか、クレス様」

「それを知って、どうしようとか、なにかあるんですか」


 クリスティンを脅すメリットなどなにもない。なにもないかもしれないが、なにかあるかもしれない。考えも及ばないことがまだ出てくるかもしれないと恐れおののき、こわごわ問うた。


「なにもないわ。

 ただ、お茶会にお誘いしようと思ったの」

「それは、クレスとしてですか、それとも……」

「両方、というところですわね。クレス様になら昼の茶会のエスコートをお願いしたいわ」


 はうっとクリスティンは情けない顔で喉を詰まらせる。


「くっ、クレスとして、エスコートを希望されているということですか!」

「はい。今度、ぜひ王妃様が開かれるお茶会などどうですか」

「わっ……、いや、あの……。僕は、そういうのは苦手でして……」

「ご安心くださいませ。そんな形式ばったものではございません。昼下がり、有力な貴族の夫人が集まった、そうね」


 一呼吸置き、マージェリーは仄暗く笑む。


「裏の議会のようなものですわ」


(それは、それで、怖いです!)


 ひえぇとクリスティンは震えあがる。

 クリスティンの反応を楽しんでいるマージェリーは爽やかに笑む。


「むっ、無理です。そんな大それた場に……」

「そう? 王妃様のお茶会に一緒に来てもらう時なら、クリスティンの姿の方がいいわよね」


(無理、無理、それも無理。分不相応、分不相応、分不相応)


 怯えるクリスティンはふるふると頭を振り、僅かな抵抗の意思を示す。

 逃げ出したくても、後ろには幹があり、震える足では素っ転びそうで逃げるに逃げ出せない。


「王妃様のお茶会はさすがにハードルが高いですわね。クリスティンとしても、クレス様としても」


 笑顔のマージェリーにクリスティンは大きく縦に首を振り、必死に肯定する。


「代わりと言っては何ですが、明日、我が屋敷でお茶会を開きます。

 とっても小規模なお茶会なのよ。

 王妃様のお茶会より簡素なものですし、新入生歓迎会より少人数。その会には、顔を出してもらえますわよね、クレス様」

「はっ……」

「大丈夫ですわ。親しい家々が集う、とてもこじんまりしたお茶会ですもの。さすがに学院の不祥事が収まってすぐにクリスティンをお誘いするのは無理だとは承知しています。

 でも、オーランド殿下のお弟子様のクレス様としてなら、問題ないでしょう」


(断れない、断れない。こんな状況で、どうやって断れるというの)


 うちあげられた魚のように口をはくはくするクリスティンは返事さえできない。


()()()()()()。あなたは、来てくれるだけでいいのよ。

 そもそも、この状況で、断れると思います?」


(無理、無理、絶対、これ、断れないやつ~!!)


「いかがかしら、クリスティン」


 ライアンより手ごわい相手に知られてしまった。まさかこんな伏兵が現れるとは思ってもいなかった。

 クリスティンは胸に手を当てて、大きく息を吸って吐いた。


「マージェリー様……」

「はい、なんでしょう」

「明日のお茶会に行けば……、黙っていてもらえますか」

「はい、お約束します。()()()()()()()()()()()()()()()


 うっとクリスティンは喉を詰まらせる。


(それって、明日こなかったら、黙っていないかもしれないと暗黙のうちに言ってません。言ってますよねえ!)


 



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