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111:特別な演武場③

 建物のなかは外から見るより広かった。


 天井も高く、綺麗に組まれた梁がむき出しになっている。壁も屋根の内側も木でできており、ガラス張りの窓から日が射すのみで、装飾性はまったくない。手合わせするためだけの簡素な内装だ。

 四隅には楕円の魔石が置かれている。


 クリスティンは物珍し気に周囲を眺めまわす。

 なにもないのに好奇心をそそられている姿をライアンは面白そうに見つめる。


「思ったより広いですね。外から見れば、いつもの稽古場より小ぶりにみえたのに……」

「魔法で内部空間を拡張させている。四隅の魔石が空間の拡張や、内部で魔法を使った場合にもれる外部への影響を防ぐようになっているんだ」


 クリスティンとライアンが入ると、扉がぎぎっと自動的に閉まる。ピタリとしまった扉の内側には取っ手がついていた。


「この扉は内側からは自由に開けれるようになっているんだ」


 ライアンが握った取っ手を横に動かすと、外の景色があらわれる。あんなに重そうな扉でも、内側からは軽々と開けられることにクリスティンはびっくりした。

 手にしていた紙袋を扉前にライアンは置いた。


「ここは特別な稽古場で、ある一定以上の魔力を体内に持ち、それを自由に使える者しか入れないんだ。

 王都で入れるのは数人しかいない。

 ネイサン(叔父上)から指導を受ける際はいつもここを使っている」


 ライアンが身体を動かし始める。

 柔軟性を確かめるのは、身体を行使する前準備だ。

 クリスティンもライアンと同じように柔軟運動を始めた。


「ライアンはここで指導をうけてたんだ……」


 クリスティンがオーランドやウィーラーに教わった環境とはまったく違う。鬼哭の森の浅いところで、野を駆けるように遊びながら学んでいた。

 自然四系や統合四系という用語は受験勉強時に暗記したが、彼らはそんな用語から入るのではなく、クリスティンができることを延ばしていく指導法をとっていた。


「稽古より、より実践的な訓練を目的にしているからな。普段は温和なネイサン(叔父上)も、ここに入った時は鬼のようだった」

「近衛騎士団長がですか? 門前の路上で暴れても怒らない方が!」


 笑顔でうんうんとライアンが頷く。


「逃げ出したくなる時もあったぞ」

「まさか」

「本当さ。だから、逃げ出したくなったらいつでも逃げれるように、扉は内側からすぐに開く仕様になっているんだろうな」

「ライアンから逃げたくなったら、すぐに飛び出してもいいんですね」

「そういうことだが、俺の方が逃げたくなるかもしれないだろ。直弟子君」


 にやりと笑うライアンに、クリスティンは(それはない)と苦笑いする。


「剣を持っているが使うか? 俺はなくても構わないんだが」

「ライアンが使わないなら……」


 私もと言おうとして、クリスティンは口ごもる。今は、男の子のふりをしているため、『私』ではない。


「僕だけが、使うのは悪くないですか」

「いいや。俺はいっこうにこまらないぞ」


 腕を捻り、肩甲骨付近の筋肉を伸ばしながら、余裕綽々なライアン。

 無くてもいいのはクリスティンも一緒だった。でも、わざわざ佩いている剣を横に置く必要もない気がした。


(相手が良いと言うならいいかしら)


「ライアンが大丈夫と言うなら信じます。僕はいつも通り剣を使いますね」

「どうぞ、ご自由に」


 身体を温め終えた二人は稽古場の中央に向かって歩く。

 中央部で向き合ってから、そのまま後ずさる。

 互いに三歩下がったところで止まった。


「「よろしくおねがいします」」


 二人は同時に挨拶した。


 ライアンは腕を一度回し、片手を数度握ったり開いたりを繰り返す。余裕の笑みさえ浮かべている。

 クリスティンがどう出ても、いかようにでも対処できると態度で示していた。


(うわあ。私、舐められているのかしら)


 さすがのクリスティンも少しカチンとくる。


(おいちゃんの弟子を名乗る以上、舐められるのも癪に障るわ)


 じりっと片足を後方にすり、腰を落とした。

 ライアンが待つ姿勢を取るなら、誘いにのって攻撃を仕掛けようと思ったが、単純に真正面から攻めるのも芸がない。


(遠慮しなくていいと言うなら、遠慮しないんだからね)


 クリスティンはライアンを後悔させてやるつもりで挑むことにした。


 後方に引いた足先を左右に動かす。足先が土にめり込み、僅かな砂塵が風に煽られ舞う。

 剣の柄に手をかける。腰を落とし、身体を捻る。胴で柄を隠すように背をまるめた。


 ライアンは正面を向く。余裕があると言いたいのか、構えもせず、棒立ちだ。


 クリスティンは地を蹴った。同時に、乾いた破裂音とともに背後から粉塵が吹きあがる。

 

 発破した粉塵はすぐさま四方に広がり、クリスティンの身体を覆いつくした。クリスティンを飲み込むと、地を這うように直進し、ライアンの足元に届く。

 薄茶の粉塵がくるぶしまで覆いつくと、煙のように天井へ吹きあがった。 


 ライアンは粉塵が身体に顔にバチバチとあたり、目を細める。軽く膝を落した。手に魔力を浸透し始め、呼吸を整え待つ。


 左側の粉塵がかすかに逆流したのを察知した。

 身体を捻る。右手を掲げ、左手をその腕に添えた。


 迫るものを受け止めようと構えた瞬間。

 おさまりつつある粉塵のなかから、ライアンの真後ろにクリスティンがあらわれた。

 粉塵に消えた時と同じ、剣の柄に手を添えた態勢のまま走り込む。

 無感情な目をしたクリスティンはためらうことなく剣を引き抜いた。


 左側からライアンを狙った風の刃はダミーだった。

 それは最初に足先で土をもんだ時に生み出した風の渦である。走り出すと同時に、風の塊を蹴りあげ、ライアンの左側に向け飛ばした。

 目立つ粉塵が舞い上がったことで、大きな弧を描いて迫る小さな風の動きなど目につくはずがない。 

 目論見通り、ライアンはダミーの風に反応している。


(いける)


 クリスティンは単純にそう思った。

 引き抜いた剣は流れるようにライアンの首を狙う。

 背面を向けるライアンの首筋あたりでピタリと寸止めしてやろうと狙っていた。


 前方には騙しの風。といっても、それは風刃であり、当たればそれなりに切れる。

 後方からは首元めがけて、クリスティンの剣を薙ぐ。


 そんな状況下で、ライアンはクリスティンの目の前から消えた。


(ライアンがいなくなった!)


 ライアンという壁を失い、クリスティンの眼前に自らが放った風刃が飛んでくる。

 クリスティンは、薙ぐ剣で風刃を横殴りに叩き切る。

 風刃は斜め上に弾かれ、梁に衝突したかと思うと、一気に吸収され消えてしまった。


(ライアン、どこ)


 その時、クリスティンの足元に衝撃が走った。地面から足裏が浮く。

 前を向いていたはずのクリスティンの視界は天井を向いた。

 手首に痛みが走り、剣があらぬ方向に弾かれる。

 なにが起こったか分からないままに、背中を地面に押し付けられていた。

 

「俺の勝ちでいいな、クレス」


 勝ち誇ったライアンが目の前で笑顔になる。

 ふいに端整な顔立ちが迫ってきたクリスティンは目を見開く。


(近い、近過ぎよ!)


 額がつかんばかりの距離にある笑顔に、一気に体中が沸騰した。


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