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110:特別な演武場②

 立ち止まってしまったクリスティンに気づき、数歩進んだライアンが振り向いた。悪戯っぽく笑いかける。


「驚いたか」

「驚きますよ」


 学院で見るような大人っぽさが削がれた年相応の屈託ない笑顔に、クリスティンは目を丸くすると同時に、心臓がぎゅっと締め付けられた。


(やだ。対戦を申し込まれただけで、こんなに心臓がびっくりするなんて。知った相手でしょ。そんなに緊張しないでよ)


 苦しい胸をとんとクリスティンは小突く。


「手合わせは好きだろう。いっつも騎士達と模擬剣を打ち合うのは楽しそうだと聞くぞ」


 再び二人は歩き出す。


「好きですよ。体を動かすのは楽しいです」

「俺もだ。気持ちも整理できるしな。ほら、演武場が見えてきた」


 いつも騎士達が使う演武場より一回り小ぶりな建物があった。

 騎士達が出入りする演武場と違い、他の建物と繋がっておらず、ぽつんと佇んでいる。

 近づくと、両開きの入り口に取っ手がないのが目についた。


「この扉はどうやって開けるんですか? 押して開くんですか、それとも横に開くんですか?」

「横に開くな。だが、開ける方法は分かるか」

「取っ手がないですからね。扉と扉の隙間に指をかけて、思いっきり引く、とか?」

「指は入らないぞ。そもそも、あの扉は重い。大人の力でも開けられないんだ」

「想像つきませんよ。初めて来る場所なんですから。見当もつきませんよ」

「そうだなよな。怒るなよ、悪かった」


 不満げに言うと、ライアンは笑ってすぐに折れる。からかっているようだが、意地悪する気はないらしい。


「この扉は普通の人間には通れない。

 おそらく、クレスなら入れるだろうとネイサン(叔父上)に許可をもらったんだ」


 扉前までたどり着く。

 両開きの扉は磨かれており、薄く引き伸ばされた黒い金属がタイルのように張られていた。

 ライアンがその扉を拳で軽くたたく。


「この黒光りするタイルは平らに加工された魔石だ」

「魔石? 丸くない魔石ですか」

「加工技術のなかでも、切断するのは難しい技術とされている。

 だが、魔石そのものは、魔力が枯渇すれば割れる。

 割れない石ではないんだ。

 大きな黒い魔石を薄くスライスして、正方形に形を整えて、この長方形の扉に貼り付けている」

「すごい技術ですね」


 魔石を生み出すことはできても、加工された魔石を見たことがないクリスティンは驚きながら扉を見上げた。どんなに背が高い男性でも悠々と入れる高さがある。


「この扉に手を当ててみて。両方の手のひらで扉に触れるんだ」

「はい」


 クリスティンはライアンに言われるままに扉に手を添えた。


「魔力を注げるか?」

「えっ!」


 ばっとクリスティンは横にいるライアンを見た。

 腕を組み、楽しそうにクリスティンを見つめるライアンがいた。


「できるだろ。エイドリアン近衛騎士副団長からも聞いている。馬車の車輪を支える車軸の先端部分に木のコブができて、車輪が支えられていたと。

 つまり、車軸の木部を成長させたんだろう」

「えっ……、それは」


 そこまで知られていることに驚いたクリスティンはおどおどして黒目を左右に動かす。動揺しているのが見え見えだ。

 面白そうにライアンは続ける。


「自然四系より上位技術だろう。

 エイドリアン殿だって、高価な魔石を使えば自然四系より上位の統合四系を扱える方だぞ。魔力の痕跡を見て、判断できない方ではない」


 なめるなよとばかりにライアンはクリスティンに迫った。

 クリスティンは、過去の己の行いを心底後悔する。まさか、あのただ一度の行動で、ライアンにまでどれだけ魔力を保有しているのか知られるとは思わなかった。

 身から出た錆とはこのことかと身に染みる思いだった。


「車軸に用いられている木製部分はすでに植物として死んでいる。故に育成ではない。治癒も違う。もちろん憑依はありえない。

 消去法で生成だ。

 合っているだろう、クレス」


 涙目でクリスティンは首を上下に振った。


(この人、なに? 調べているの。あれだけ新入生歓迎会で忙しかったという、こんな時に!)


 ライアンの優秀さにクリスティンは舌を巻く。


 肯定されたライアンは満足そうに口元をほころばす。

 悪意の無い屈託ない笑みは、喉にささった小骨がとれたような晴れやかなものだった。


「やっぱりな。泣きそうになってさ。ばれたのが悔しいのか? 負けず嫌いなやつだな。

 大丈夫だ。この広い王都で、気づける人間はそうはいない。騎士団の有力者と俺ぐらいだ。もちろんオーランド様も含むぞ。

 さあ、扉を開こう。

 扉に手を当てて魔力を注げ。

 この扉は対戦者が一緒に魔力を注がなければ開かない仕様だ」


 ライアンが扉へ顔を向けると、つられるようにクリスティンも前を向いた。


 扉に両手をつけている。すぐに魔力を注ぐことができるのに、ためらってしまう。

 

(アップルパイをくれるからって、ほいほいついてきてこんなことになるなんて)


 後の祭りとはこのことかとクリスティンは震えてしまう。


「どうした、武者震いか」


 勘違いするライアンに、心のうちで(ちがう、ちがう)と繰り返す。


(王都に出てすぐは魔力を使うことがいけないことだって知らなかっただけなのに~)


 言いたいことは言えないし、引き返すこともできない。心のなかで、半泣きになりながら、扉に触れたまま動けなくなる。


 ライアンが手を伸ばし、扉に手を触れさせる。


「どれぐらいの力を備えているか、確認したいだけだ。俺の相手になるかどうか、確認させてもらう」


(俺の相手ってなに? 確認ってなに?)

 言っている意味が理解できず、視界がぐるぐるまわる。


 ライアンが魔力を扉に注き始める。

 クリスティンは扉に触れている手のひらから熱を感じた。扉に浸透したライアンの魔力がクリスティンの手のひらを温める。


 ぬくもりが手全体に伝わる。


(あったかい)


 クリスティンは両目を見開く。

 

 どこか懐かしささえ覚える陽だまりのような暖かさが手のひらから伝わってくる。じわっと逆流してくる魔力に指先から鳥肌が立った。全身に広がった刺激は、足先から抜けるように消えていく。

 温もりだけを残して。

  

(やっぱり、ライアンは優しい人だ)


 迷いがさっと引いていく。若々しく潤沢な魔力にもっと触れたくなってしまう。


(手合わせしたい)


 望むとクリスティンの手にも魔力が湧いてくる。

 扉がクリスティンの魔力を吸い上げ、黒いタイルが合わさった隙間が淡く光りだす。


 扉の隅々まで光の筋が行きわたると、扉がじじっと小刻みに震え始め、扉と扉の隙間から、ガチンと金属音が響いた。

 金属が擦れる音を立てながら、左右に扉が開かれて行く。


 開き切った扉の向こうに、正方形の広い敷地が現れる。

 騎士達が使っている稽古場と違い、土がむき出しの地面が広がっていた。 




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