107:学院生の水準③
教室の空気が一気に冷え込み、クリスティンは慌てた。
火や雷のような派手さのない地味な魔法を選んだと思っていただけに、注目されたことが意外だった。
たじろぎ、慌てて座り、顔を伏せる。
「クリスティン。魔法で毒なんて、どうやってやるんだ」
横からデヴィッドが小声で話しかけてきた。
「それは……、物質を操る土魔法の一種ですよ」
「土?」
「はい。微小な物質は目には見えません。そのような物質は風に乗りやすいんです」
「あっ、なるほど」
デヴィッドも合点がいったようだ。
こそっと話していたクリスティンにバートが声掛けする。
「応用がきいたなかなか面白い魔法だな」
「あっ、ありがとうございます」
いきなりバートに褒められ、クリスティンは恐縮してしまう。バートは続けて話す。
「今ある技術をいかに応用するか。これはとても大事なことだ。今あるアイディアを、別の何かと結び付ける。この積み重ねが、新しい技術を生み出す。
発想力もまた魔法を扱う上ではとても大切だ」
「はい。質問です」と、アナベルが手をあげる。「どうぞ」とバートが答えた。
「今回、微量な毒を空気中に飛ばしたとクリスティン嬢は言いました。
ということは、これは土魔法の一種。
しいては、水や肥料を散布するように、微小な物質を空中に放ったということでしょうか」
デヴィッドに説明した内容と同じことにアナベルも気づいたようだ。
クリスティンは(さすがだなあ)と感心する。
「その発想は、的を得ている。いい着眼だ。
魔法は農業技術の発展とともに工夫が積み重ねられて、進歩した一面がある。
今回も、農薬散布技術や屠殺場の麻酔技術を彷彿とさせる。カスティル男爵領の主産業が農業だとしたら、その辺の技術応用の可能性がある。どうかな」
いきなり当てられ、クリスティンはピンと背筋を伸ばす。ふられた勢いで、「はい」と肯定的な返答をしてしまうが、実のところ、そこまで考えてはいなかった。
そもそも男爵領の農法は古い。魔石付きの農器具は高価で男爵領にはほとんどないのだ。
(ごめんなさい。応用とかじゃないです。ウィーラーから、薬学の一種として教えてもらっていたことなんです。空中散布は今、この場でできる、一番目立たなそうな最弱な方法がこれだと思っただけなんですよ~)
この場の空気を考えると、クリスティンの選択に至る思考はどう考えても、馴染むものではなさそうだ。
バートが語る内容でみなが納得するなら、それはそれでいいと考え、クリスティンは口をつぐむ。
「水と火の技術応用が顕著に発展している都市部で暮らす我々から見れば、クリスティンの魔法が興味深く見えるのは当然だろう。
なにせ農業を主体とする地域から入学してくる魔力を有する者は、農業技術向上を目指し魔石技術科に進学する傾向が高い。
クリスティンの発想はこの教室のいい刺激になるだろう」
バートがくるりと背を向け、黒板に板書し始める。
風、火、土、水と描き、それらの言葉を線でつなぎ、円で囲う。
「魔法には大別すると、風、火、土、水、に大別される。これは自然現象を四つに分けて、人が連想しやすくするための基準だ」
板書を終えた、バートが振り向く。
「四つに完全に分けられるものではなく、あくまで基準である。総合力を必要とする、生成、治癒、育成、憑依は四つの力を理解度をあげてから高価な魔石を用いてしか成しえない。
どちらにしろ、魔石から魔法を引き出す我々は、魔石に込められた魔力をどのように活かし使うかが大事な課題となる。
知識を増やすこと、詠唱の精度を高めること、状況を判断すること、応用すること。学ぶことは多岐にわたる。
より深いレベルで理解し、実戦で役立つように訓練していくように」
今日の授業をバートはそのように締めくくった。
授業が終わったクリスティンとデヴィッドは生徒会室へ行く。
クリスティンは預かってもらった教科書を受け取るために、デヴィッドはライアンと雑談し、くつろぐために。
生徒会室にはライアンとトレイシーがいた。
執務机で書類を眺めるライアンは片手をあげて挨拶する。
テーブル席に着くとトレイシーは二人のために、お茶を用意してくれた。
お礼を告げたデヴィッドが、アナベルとトレイシーが姉妹であることを遠慮なく訊ねると、隠すことはなにもないとばかりにトレイシーも肯定した。
妹が母方の養女に入ったことなどを簡潔に教えてくれて、それらの話が秘密でも何でもないことにクリスティンは驚く。一人では怖くて、そんな踏み込んだ質問はできなかっただろう。遠慮なく聞けるのはデヴィッドだからこそだ。
「アナベル嬢は優秀だね。クリスティンが毒を魔法で出したと聞くなり、すぐに土魔法の応用だと気づいた」
「妹を褒めてくださるなんて嬉しいわ、殿下」
「本当のことだよ。私はクリスティンに説明してもらうまでまったく気づかなかった。クリスティンもそう思うだろ。アナベルがよく気づいたなって」
「はい。もちろんです」
「ありがとう、クリスティンも。愛想のない子だけど、良かったら仲良くしてね」
「いえ、こちらこそ」
横からライアンが現れる。書類の確認が終わったようだ。
「魔法の話をしているのか」
「今日、魔法魔石科の初顔合わせになる授業があったんだ。初回はバート教諭だ」
「バート教諭の授業か。あの人は、けっこう実践的なはずだ」
「確かに、魔石を持たされて魔法を見せるように言われたぞ」
「だろうな」
座ったライアンにトレイシーが「お茶はいる」と聞き、ライアンも「頼む」と依頼する。デヴィッドが「仕事は?」と尋ねると、「終わった」と素っ気なく答えた。
ライアンは腕を組み、クリスティンを見た。
「毒を出したんだな。器用だな」
品定めするかのような視線にさらされ、クリスティンはもじもじする。
「いえ、あれぐらいしか思いつかなくて」
「歓迎会でも魔法を使っていたな」
ライアンの台詞に、ぎくっとクリスティンは緊張する。
あの時は、あれぐらいは普通だと思っていたが、今しがた教室で見てきた様子を基準にすれば、あの魔法の扱い方は常軌を逸している。
(どうしよう、あれ、言い訳しないと……)
クリスティンは内心真っ青になる。
「俺はちらっとしか見ていないが、風魔法か。なかなかな風量だったな」
「そっ、それは……」
動揺するクリスティンにデヴィッドも便乗してくる。
「私の前に立った時も非常に高い跳躍を見せていたな」
「火花も綺麗でしたわね」
トレイシーも思い出したようにのってくる。
「あの風も火の粉もすべてクリスティンがやったのか!」
「風以外に、そんなにすごい魔法をみたのか」
「会場中に火花を散らし、花吹雪をまいていたわ。とても綺麗だったのよね」
気持ちを高ぶらせるデヴィッド。
ライアンは訝し気にクリスティンを見る。
トレイシーも興味津々と目を輝かせる。
なにか特別な秘密でもあるんじゃないかと期待し、疑われている視線が痛い。
(どっ、どうしよう。言い訳、言い訳、しないと)
まるで尋問を受けているような錯覚を覚える。
「あっ、あれは、あれは、おいちゃんからもらったドレスで……」
我が意を得たりとデヴィッドの表情が色めく。
「そうか、あれはオーランドがクリスティンに用意したものなのか」
「なるほど」
「あら、そうだったの」
いきなりライアンもトレイシーも納得したことにクリスティンは訳が分からず、きょとんとしてしまう。
(こんなこともおいちゃんの名前ですんじゃうの?)