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106:学院生の水準②

「私はデヴィッド・グランフィアン。この国の第一王子にして、王太子である。しかし、ここでは立場を気にせず親しくしてほしい」


 デヴィッドは朗らかに笑む。

 ほんのりと威厳を感じさせながらも、人当たりが良い外用の笑顔だ。

 そんな彼が手のひらに魔石を載せ、胸元にかざす。

 

「燃える大地、吹きすさぶ風、猛る炎。風と炎よ、混ざり合い顕現せよ」


 言葉一つひとつを噛みしめながら、詠唱する。

 アナベルのように、短く分かりやすい言葉でまとめられている。


 デヴィッドの手のひらに炎があがる。赤ではなく青い。さらに風が指先から弧を描き流入し、天井へと青い炎を旋回させながら伸ばしていく。

 まるで青い炎は布地のように薄くたなびき、空中で踊る。天井に先端がつくかというところで収束していった。


 場がしんと静まり返る。


 デヴィッドがどうだと言わんばかりの笑みを浮かべる。


 拍手が沸き起こると同時に、ぴきっと何かが割れる音が鳴った。


 デビットの手の上にあった魔石が真っ二つに割れている。魔石のなかにある魔力をすべて使い切ったのだ。

 

 周囲がざわめく。


(こんどはなにを驚いているの)


 クリスティンは周囲の反応の意図が分からない。


「さすが殿下ですね。

 魔石の魔力をすべて使い切るとは」

「やりすぎましたか」

「いいや。使いまわしている石だからね、寿命もあるだろう」

「次回は壊さないように気をつけます」


 デヴィッドとバートのやり取りから、周囲の反応をクリスティンもやっと理解できた。

 確かに、学院生たちの手元にある魔石はまだ輝きを失っていない。魔力を残している証拠だ。


(魔石の魔力をすべて使いはたしたても、こんなに驚かれるのね)


 魔石に込められた魔力を使い切るレベルでやらかしても、魔法魔石科で一番になれるレベルなのかもしれないと知り、驚きを通り越して、クリスティンは慄いた。


(なに、この罰ゲーム的課題!

 無理、無理です。

 殿下が壊した魔石を修復するとか、なんなら先生が持っている小箱の魔石に魔力満タンにしてあげるほうが、断然簡単じゃないですか!!)


 真顔のバートが周囲を見まわす。

 すぐに立つように促されず、クリスティンはほっとした。心臓がどきどきしている。手元の魔石で何をするか、どうするか、大急ぎで考える。


 あれもだめ、これもだめ、がんじがらめのなかで課題をこなす羽目になるとは思わなかった。

 クリスティンはうつむき、まるで体から黒い怨念の煙が沸き立つかのような雰囲気で、悶々と思案する。


 バートの話は続く。


「いいか、学院生たちよ。魔石内部の魔力をすべて使い切れば、我々は魔法を使うことが難しくなる」


 その発言に、クリスティンは違うと言いたくなる。

 が、この教室内はそんな発言が許されるような雰囲気ではない。学院生は真剣にバートの話に耳を傾けている。

 

 彼らが認識している不文律とクリスティンの常識があまりにも乖離しすぎている。そう自覚せざるを得なかった。


「魔力は無尽蔵ではない。体内の魔力も、魔石の魔力も、だ。

 より実践に近くなればなるほど、手元の魔力、仲間の魔力を含めて戦線を分析することになる。使い切る力も、温存する力も、ともに大事だということを忘れないでほしい。

 魔物に囲まれれば、魔石が割れた武器では逃げられない。今はまだ、できるか、できないかでいいとしても、これからは、どうするかを考える方が重要になっていくだろう」


 話を締めくくったバートがクリスティンを流し見る。


「では、待たせて申し訳ない。最後の自己紹介を頼む」


 学院生の視線がクリスティンに集まる。

 口を引き結び、立ち上がった。


 ぐるっと見回す。最後の一人ということでとても緊張する。


 ありのまま魔力を発現してはいけない。

 ウィーラーが街中で魔法を使っても止めなかった理由わけが推測できる。

 もしかすると、歓迎会でオーランドが止めなかったのも同じ理由かもしれない。


 クリスティンがまともに魔法を使っても、周囲はそれを魔法とは気づかない!

 彼らが知る魔法と、クリスティンが知る魔法は違うのだ。なにかが、根本的に。


(いつも通り魔法を使ってはいけない。絶対にダメ)


 毛色が違うことで、先週まで受けていた仕打ちを思い出すと、逸脱することが恐ろしかった。


 仲良くしたい。

 それは力を誇示するより、望むことだった。


 オーランドを後見人にしている以上、注目を浴びるのは仕方がないことでも、別なことで再び後ろ指をさされることは避けたい。十代のクリスティンには切実なことだった。


「はじめまして。カスティル男爵領からきました、クリスティン・カスティルです」


 緊張した面持ちのクリスティンは魔石をつまみ、顔の横にもってくる。


「では、魔法を披露します」


 周りから見たら不格好かもしれないくても、震えながら、つまんだ魔石を目の前にかざす。現状は厳しいが、四の五の言っていられない。


(小さな小さな穴をあけるの)


 精密に。

 繊細に。

 極細の魔力の糸針を生み出す。

 それは誰にも見えない。

 

 学院生の多くは、手全体で魔力を込めて、魔石を刺激している。

 クリスティンはそうはいかない。それをやっては、体内の魔力の方が大きく、結果として魔石を媒介に大きな魔法を繰り出してしまう。

 

(もっと緻密に……)


 つまんだ魔石に向けて、もう片方の人差し指をかざす。指先一点に魔力の放出地点を限定する。


(接触は一瞬。みんなが詠唱しているなら、言葉も添えた方が良いわ。

 むしろ、今は必要。集中するのは指先一つ。言葉で方向性を示すのよ)


 目を細めたクリスティンは集中する指先に魔力を通す。

 指先から魔力を魔石に触れさせた瞬間に、指を真横に弾いた。


「白煙」


 詠唱代わりに一言呟く。

 弾いた指先から放った魔力の針は紫の魔石の表面をかすっていた。

 

 ひゅっと魔石についた一点の傷から何かが漏れ出る音がクリスティンの耳に届く。


(終わった)


 魔石は一瞬発光し、その光はすぐに消えた。


 これが限界だった。

 極限まで魔力を押さえつけたせいで、目視できる効果は得られない。一見しただけではなにも起こっていないに等しい。そもそも、この魔法は、目視できない方が良い魔法である。

 

 細めていた目を開く。

 周囲の学院生がじっとクリスティンを見ていた。


 彼らには、ただ一瞬魔石が光っただけにしか見えず、何も起こっていないように見えたのだ。


 ただバートだけ少し顎をあげていた。

 臭いをかぐようなしぐさをしている。


(気づいた?)


 だとしたら、さすが教師である。

 バートは顎を撫でて、クリスティンを見た。


「毒かな?」

「はい。白煙を焚き、人体に影響が出ない程度に、麻痺性の毒を散布しました」


 冷静なクリスティンのセリフに、学院生たちは震えあがった。



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