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105:学院生の水準①

 女子学院生は立ち上がり、胸を張った。初対面の時と同じように、一つにまとめた三つ編みを肩に垂らしている。


「アナベルです。産まれはヘンウィック侯爵家。母方のティアナン伯爵家に養女に入り、ティアナン姓を名乗っております」


 二つの聞き覚えのある苗字に、クリスティンは椅子から飛び上がらんばかりに驚いた。


(まさか、トレイシー様の妹!?

 しかも、ティアナン姓は衛撃騎士団長様と同じ! この子、衛撃騎士団長様の姪御さんなのね)


 そう気づくと、艶やかな黒髪と立ち振る舞いがよく似ているように見えてきた。

 自己紹介後、軽い拍手が巻き起こる。呆けるクリスティンは一呼吸遅れて手を叩いた。


 拍手が止む。

 涼やかなアナベルは黄色い魔石を手の平にのせた。浮かした手の人差し指と中指を揃えて、そっと触れた。

 目を閉じたアナベルが小声で詠唱する。


「高き天空から放つ鮮烈なる煌めき。放たれよ、雷」


 魔石から黄色い火花が散り、上に向けて雷が放たれる。雷撃は天井に届くことなく空中で霧散した。


 一瞬の間を置き、感嘆と拍手が巻き起こる。


 クリスティンの目の前にいる二人の学院生が「さすが、アナベルだ」と褒めたたえる。


 クリスティンは目を丸くして、絶句した。


(確かに、詠唱は集中を助け、イメージを補強する意味を持つわ。でも、でも、だからって……)


 こんな陳腐な魔法で、感嘆と拍手が起こっていることにクリスティンは呆然とした。

 汗ばむ手のなかで、紫の魔石をころころと転がす。


(これってあれよね。あれ……。魔石に込められた魔力だけで雷をおこしているのよね)


 自身が備えている魔力を火打石のような役割にして魔石内部の魔力を引き出し、雷に転嫁している。


 例えるなら、パン屋の竈に組み込まれた魔石が学院生の持っている石。

 学院生の体内に備える魔力が、竈の魔石にニールが打ちつけた火付け用の魔石。


 つまり、体内の魔力は魔石に込められた魔力を放出させるきっかけとしてしか使っていないのだ。


(まさか、そんな……。次の人、次の人は……)


 確かめるように続いて立った男子学院生を見つめる。

 

 眼鏡をかけた少しおどおどしたくせ毛の男子学院生は、手元の教本をぱらぱらとめくってから立ち上がった。


「僕は、デリク・ホランダーです。よろしくお願いします」

 

 ぎゅっと手に魔石を握りしめ、彼は深々と頭を下げた。

 顔をあげると、手元の教本に視線を落とす。

 詠唱する文言を選んでいるのかもしれない。


 ひそっとデヴィッドがクリスティンに話しかけた。


「アナベルという女子学院生は優秀だね。暗記をしているだけでなく、あれだけ短い文面で魔石の魔力を引き出せるのだから」


 デヴィッドの評価にクリスティンは反応に困る。

 あれが褒めたたえられるレベルなのかと信じられない思いだった。


「たぶん、今から魔石を扱う彼が平均的なレベルだろうね」


 デリクは両手を合わせ、水をすくいあげるようなお椀型に指を柔らかく曲げて、手のひらに転がる魔石を包み込む。いくつかの要点となる単語を彼は口内で繰り返してから、大きく息を吸いこんだ。

 凛々しい顔つきに変わった。目を閉じて、よく通る声で詠唱する。


「空よりもたらす雨粒たちよ。大地に沁み込み、泉となりて顕現し、大河となりて海原へと還りたもう。天の光に導かれ、大気に戻りて雲となる。大地を潤し、実りを与える豊穣をつかさどりし、尊き雫を与えたまえ」


 詠唱が終わると、合わさる手の隙間から雫がぽとりと落ちた。かと思うと、一筋の水がざっと流れ落ち、机に小さな水たまりを作った。


 目を開いたデリクは満足げに息を吐く。

 

 再び拍手が沸き起こった。


 デヴィッドがクリスティンに耳打ちする。


「長い詠唱だね。水のイメージを盛り上げるためにオリジナリティがあるところが興味深い。彼には詠唱を作る才能があるのかも」

「うっ……、うん。そうだね……」


 無難に答えようとしても、顔は引きつるばかりだ。


(あうっ、どうしよう。このレベルって、私、どう合わせたらいいのかわかんないじゃない……。どうすんの、これ)


 いずれ順番が回ってくる。

 魔石の魔力に自分の魔力を付加し、同方向に増幅することを想定していたクリスティンは、やり方を変えなくてはいけない。

 じわじわと背に嫌な汗が湧き、焦りが募る。


(魔石に込められた魔力だけで魔法にしているのよね。自分の魔力を火打石扱いするなら、極小も極小、超微量な魔力しか使っちゃいけないってことでしょ。

 それこそ目に見えない針の穴に糸を通すものじゃない。ううん、それどころじゃない。ものすごーい細い糸で、ちくっと穴をあける感じ?

 いや、無理、そんな少ない魔力調整。

 そっちの方が断然難しいじゃない!!)


 次々と学院生が名乗り、魔石に込められた魔力を詠唱の助けを借りて引き出していく。


 火花を散らす者。

 手のひらで炎を作る者。

 風を巻き起こす者。

 砂粒を生み出す者。


 誰もが、教本に載っている詠唱の文言を用いて、魔石内の魔力のみで魔法を披露していた。

 体内の魔力を放出する者はいない。


(やばい……)


 緊張に、クリスティンはお腹がきりきりしてきた。

 多大な魔力を保有するクリスティンは、そこまで繊細に魔力を扱う経験が少なかった。


 オーランドやウィーラーも多大な魔力を要する怪物であり、彼らは惜しみなく魔法の技術を伝えてきた。そんな二人を当たり前と思って育ってきたクリスティンは、学院の現状に愕然とする。


(これは、魔石を作ってはいけませんというレベルじゃない!!)

 

 今後を思うと頭痛がした。

 クリスティンは頭を抱えて、突っ伏したくなる気持ちを辛うじて抑える。


(魔石内にある魔力だけで魔法を形成する。

 自分の魔力はあくまで、魔石内の魔力を発火させるだけに使う。

 自分の魔力は絶対に魔法に転嫁してはいけない!)


 学院生たちが行っている方法を反芻しながら、クリスティンはウィーラーに対し恨みに似た感情を覚えた。

 

ウィーラー(先生)、これはないです。どうして、事前にちゃんと説明してくれなかったんですかぁ)


 ウィーラーの説明不足にクリスティンは泣きそうだ。


 こうなることは二人の師も十分に分かっていた。

 しかし、魔力も魔法も使ってはいけないと助言するのもおかしいだろう。なにせここは王都の最高峰たる魔法魔石科である。

 

 現状に合わせていくには、現実を直視しなくてはいけない。

 二人にできることは、クリスティンに逃げ道を作ってあげること。

 すなわち、クレスとして魔力を放出してもだれも不思議に思わない立場を用意してあげるだけであった。

 

 現実を見て、実感を得たクリスティンは青ざめる。

 

(これは、これは……、魔法を一切使ってはいけませんってレベルじゃないですかああぁ。こんなのないですよ、先生~)


 教室に誰もいなければ、大泣きしたいところだった。


 追い詰められるクリスティンの横で、デヴィッドが立ち上がった。

 こうなれば順番は次である。


(覚悟。覚悟しないと。次は私だ)


 緊張してきたクリスティンは、生唾を飲み込み、デヴィッドの自己紹介を不安げに見つめた。


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