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11:秘密を共有する男たち③

 冷水をかけられたかのようにオーランドははっとした。

 ネイサンは大袈裟にため息を吐く。

 

「考えていなかったという顔だな」

「まったく」

「いいさ。お前はリディアを亡くして、彼女の希望を叶えることに意識が向きすぎて、気づかなかっただけだ。気にするな。

 逆に俺は、このことをずっと考えていた。

 リディアが死んだ夜から、今までな。

 そこで、一つ提案なんだが」

「なんだ」

「カスティル男爵にも話さないか」

「はあ!」


 突拍子もない提案にオーランドは仰け反った。

 真顔のネイサンは身を乗り出す。


「いいか。オーランド。

 最悪は、記憶はないのに、魔力があり、魅了の魔女である場合だ。その時に、赤子をどうやって守る。気づいた時には遅いはずだ。

 産まれたばかりの今から準備しておく必要があるとは思わないか」

「確かに」

「俺とお前の二人で画策しようとしても、子どものことだ、家族の反対を受けてはなにもできない。

 子どもは親の庇護下にある。そうだろう。さらにはあの夫婦は情に厚そうだ。子どもを可愛がるとしたら、黙って子どもを差し出すことはしないだろう」

「当然だな」

「だから、最初から、夫人までとは言わない、せめても、カスティル男爵だけは協力者として取り込んでおいた方がいいと思わないか」

「しかし……」

「ためらうな。話すなら赤子を助けた今が一番良い。時間が経てば経つほど、切り出しにくくなるはずだ」

「話すか……」

「今後、赤子に手を差し伸べやすくなる。迷うことじゃない」

 

 男爵に明かすことを決めると、二人はどう説明するかの相談を始めた。


 星が輝く夜になった。

 先にネイサンが二頭の馬と一緒に木陰で眠り、オーランドは火の番として起きていた。


 月のない星空をぼんやりと眺めながら、時々、炎に小枝をくべる。赤い炎に巻き込まれ、バチバチと爆ぜる小枝はゆっくりと消えていった。


 呆けた顔でオーランドは天を仰ぎ見る。

 爆ぜる音も、夜に潜む猛禽類の鳴き声も、遠い。

 風が木々を撫でる様を見て、流れる時間を傍観していた。


 リディアの望みだけを綱にここに来た。その後、どうするかなど考えていなかった。

 感情は遠く、死体を扱っていたときさえ、心音が乱れることはなかった。

 

 ネイサンに提示されなければ、オーランドは気づかなかった。赤子の未来など、道中、すっかり忘れていたのだ。


 リディアの魂が入り込んだ赤子がどう育つか。

 記憶は戻るのか、戻らないのか。

 魔力は、魅了は。

 魔力を備えているなら、使い方もおしえなければいけない。

 男爵領に魔力を使いこなし、教えられる者はいないだろう。

 赤子に記憶があるか聞くことは叶わない。

 せめて喋れる年齢に達しなくては、会話も成立せず、確かめることも難しい。

 記憶がない場合は、ちゃんと導いてあげなくてはいけない。


 星を見つめながら、頭のなかに課題が列挙されてゆく。

   

 リディアの遺体を埋めた先の時間は真っ暗だった。スタージェス公爵になり、与えられた役目を果たし、死を待つ。約束された未来しか、見えていなかったというのに、急にオーランドの人生に、赤子の成長が巻き付いてきた。


 嬉しいも、哀しいもない、ただの細い紐のような時間だけが伸びていく人生に、責任が突き付けられた。


 なによりも、リディアが救った赤子を、もしかすると彼女が宿っている赤子を、再び断首することは避けたい。

 赤子のためでもあり、自分のためでもある。


 魔力がありました。

 魅了の魔女でした。

 リディアのように殺せと誰かに命じられて、役割を果たすか。


 もうそんなことはできないとオーランドは頭を振った。


 呆けていた両眼にうっすらと光が宿る。


「守ってやらないと……」


 リディアが宿ると確約されていないくとも、残された赤子を守るしかない。

 どういう未来に向かおうとも、赤子の手を引いてあげたいと自覚した。


 そのためには、まだまだ、スタージェス公爵として、王都に縛り付けられるわけにはいかない。自由な聖騎士という立場を死守し、赤子を見守り続け、国を守り続けねばいけない。


 オーランドの魂に使命が灯る。 


 それこそがリディアが残した人生の道しるべであることに、オーランドはまだ気づかない。

 




 翌朝、二人は鬼哭の森を引き返し、また二日かけて、男爵の城へと戻った。


 衣類を泥で汚してきた、浮かない顔の二人を見て、男爵は何かがあったと察した。

 二人は理由を明かさず、リディアが死んだことと森のなかに埋葬したことを告げた。

 城中の者たちが言葉を失う。

 悲嘆が城中を埋めつくした。


 誰より夫人が、「お礼一つ告げられなかった」と、涙を流し、悲しんだ。

 彼女の腕には、すやすやと眠る赤子がおり、その寝顔にオーランドとネイサンは幾ばくか慰められた。





 その夜、人払いをさせた応接室で三人はつまみと酒を片手に向き合った。

 

 ネイサンが単刀直入に話を切り出し、赤子が息を吹き返した経緯と、今後の懸念を男爵に伝えた。


 誰にも告げるなと強くオーランドが念を押したうえで、王家や選民の秘密もほんのりと明かし、今回の旅における真の目的も教えた。

 

 男爵は絶句し青ざめ、赤子を生かしてくれたことで舞い上がっていたことを恥じた。

 妻とともに、戻ってきたら三人になんとお礼をつたえればいいかと浮かれていたことを悔いた。


 選民という特別な出自を持つ人が、国の第二王子と旅をしているだけで、なんでもできるのだと単純に思い込んだ浅慮に涙し、あまりのいたたまれなさに男爵は謝罪した。


「なにも知りませんでした。浮かれるだけ浮かれていた私が恥ずかしい。なんと、謝罪したらいいものかわかりません」

「いいんだ、ジョン。

 二人きりになって、魔力を放出し始めても、リディアのやろうとしていることを俺だって察しきれなかった。そもそも、リディアでさえ、成功するかどうかわからないと言っていた」

「しかし……」

「カスティル男爵。いや、ジョン殿。すべては過ぎたことだ。

 俺たちが気を配るべきは、赤子の未来であり、あの子が健やかに育つことだろう」


 ネイサンの言葉に男爵はオーランドの顔を伺う。


「許してくれるのですか」

「許すもなにも、ジョンは悪いことはなにもしていない」

「しかし……」

「悪いと思うなら、黙って赤子を守ることに協力してくれ」

「なにをおっしゃいます。それは、私から頼むことでしょう」


 そして、三人は赤子の未来を守るために協力することを誓い合った。


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