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103:魔法魔石科の授業開始③

 城に到着したオーランドは、女官に先導され、長広い廊下を進む。

 案内されたのは、ジャレッドが好むプライベートな居室であった。


 執務に取り掛かる前のひと時を寛ぐジャレッドは、二人掛けの丸テーブル席で本を読んでいた。 

 オーランドの入室に気づくと、手元の本をぱたりと閉じ、顔をあげた。 


「久しぶりだな、オーランド」

「陛下もご健勝でなによりです」

「二人きりだろう。形式ぶらなくていい」


 穏やかな笑みを浮かべ、ジャレッドはオーランドを手招きする。

 オーランドは隣に座った。

 案内で一緒に入室した女官が、お茶の用意をし始める。


 窓際に寄せた丸テーブルの席からは広い庭が見下ろせる。王妃が茶会を開く様子などを眺めることができ、昔からジャレッドが気に入っている景色だった。


 季節ごとに咲く花々が管理されており、年中なにかしら花をめでることができる。今は黄色と薄紫の小ぶりな花が咲いていた。

  

 オーランドも長く城に住んでいたが、細かな花の名前は憶えていない。分かるのは、薔薇と向日葵、紫陽花ぐらいだ。


 ジャレッドは閉じた本をテーブルの端に置く。

 お茶の用意を終えた女官に退出するよう、指示を出した。

 音を立てず女官が去り、オーランドとジャレッドは二人きりになる。


 三十代後半のジャレッドの目元には笑い皺が薄く刻まれつつあった。若い頃に比べ肌がくすみ、髪からも艶がなくなっている。向き合えば、老いたという印象を互いに抱いた。

 

「活躍は耳にしている。鬼哭の森から流れてくる瘴気をいつも食い止めてくれて、感謝している。森の奥に調査に入ってくれていることも含めてな」

「それが俺の仕事だ。しかし、年々厳しくなっている。ここ三年ぐらいは、特に傾斜傾向だ」

「衛撃騎士団の人員増強や魔道具の製造に力を入れていても、付け焼刃だな」

「魔石もすぐに消耗し、ひび割れて使えなくなる。鬼哭の森が男爵領にせり出してくるのも時間の問題だろう。地点によってはすでに飲み込まれている土地もある。森の成長速度が早くなっていると思われる」

「食い止めきれないか」

「難しい」


 ジャレッドはカップを手にした。飲むでもなく、黄金色の液体に視線を落とす。


「瘴気は濃くなる一方か」

「ああ」

「やはり、千年に一度。月が広がりきった状態での皆既日食が近づいている影響がでているんだね」

「それは、間違いないな」

「厄介だ……」


 ジャレッドは眉間に皺を寄せた。


 世界は球体でできており、透明な薄膜に包まれた内部に広大な陸地と、さらに広大な海を有している。

 月とは空のあなであり、その孔を通じ絶えず宇宙から瘴気が流れ込んでいた。

 

 通常の日食であっても、太陽と月が重なる時、宇宙から入り込む瘴気の量が増大する。

 空の孔()は地面に潜れば地中に瘴気を注ぎ、空にあがれば地上に瘴気を放つ。 

 生息する生物すべてが瘴気の影響を受けているのが鬼哭の森である。


「話が変わるが、オーランド。

 今になって、お前がリディアの頭部を持ち帰らなかったことが問題になりつつある」

「問題にしているのは選民か」

「ああ、一族の代表者であるデボラ殿がな」

「あれはしきたりにうるさいからな」

「そういうな。選民の機嫌を損ねても、私たちは立ち行かなくなる。魔石を生み出せる彼らがいなければ、どうやってもこれから起こることは食い止められない」

「焼け石に水でしかないというのにか」

「それでもだ。彼らが、リディアの頭部にこだわるのも何か理由があるのだろうな」

「……」

「鬼哭の森のどこかに埋めたんだろう。今からでも探せないか」

「さあ。もう、記憶にないな」


 俯くオーランドは無感情で答えた。まるでリディアのことなど、もうなにも気にしていない、過去の人物だと言いたげな雰囲気だが、それがジャレッドにいつも違和感を与えていた。

 

「リディアは生きているのか」


 故に、こうジャレッドが問うたのは、長年顔を合わすたびに、覚えた違和感の噴出に過ぎなかった。

  

 問いを受けたオーランドは一瞬息を止めた。

 クリスティンの顔が後頭部を過る。

 ジャレッドが与えた衝撃を打ち消し、無感情の仮面を被った。


「まさか。当時の俺は若くて、いきなり駆り出されたがために、しきたりなんざ、忘れてしまっただけだ」


 飄々と嘘を吐き通すことに、オーランドはもう慣れきっていた。


 ジャレッドは、弟がここ数年目に見えて情緒が失せている事には気づいていた。リディアを失い、少しずつ元気を取り戻してきたというのに、また何があったのかと聞きたくはあったが、今さら問えるほど、肚を割って話せる関係でもなく、ただ、大仰にため息を吐いた。


「デボラ殿は三年以内と言っている」


 突然、なにを言い出すとオーランドは片目でジャレッドをとらえ、柳眉をゆがめた。


「三年以内と聞かされているが、時期ははっきりしないよ」

「だからそれはなんだ」

「十五年ほど前からずれが生じてきているらしい」

「……」

「皆既日食が、だよ」


 自嘲かと思うような笑みをジャレッドは浮かべる。

 遠回しな言い方にオーランドは、「なんだ」と口内で呟く。気のない素振りで、庭に視線を投げた。

 リディアを埋めてきた、森内部であっても花の咲きそうな草地が脳裏をよぎる。


 クリスティンが息を吹き返し、リディアは死んだ。彼女の残った肉体を運び、大神殿の上部で形式的に断首していれば、良かったのか。

 死んだ肉体に魔力は残っていまい。人を一人蘇生させたリディアは最大限、魔力を放出していた。

 魂を欠いた肉塊を祭壇に残して去って、なんの意味があろうか。

 そんなことはできないと心が軋む。


(魔力を枯渇させた彼女の遺体では何をしたって意味がない)


 長年、オーランドは自らの行いをそう言い聞かせ、己を正当化させていた。 

 過去は過去であり、取り返しはつかない。

 オーランドはリディアへの想いを振り切り、今の問題に意識を向ける。


「皆既日食の日にちを特定するにはまだ至らないんだな」

「見通しだけだ。落ち着かなくてすまない」

「いいんだ。周遊は昔からだ」

「思った以上に月の孔の拡張速度が速いとは漏らしていた。皆既日食による被害の想定を行っているが、過去の文献を紐解く限り、芳しくない」

「どこまで孔が広がり、皆既日食を迎えるかが命運を左右するな」

「我々も、皆既日食をむかえるまでに孔をこれ以上広げないまたは現状を維持する方法はないかと模索しているよ。無駄だと分かっていてもね」


 孔の大きさにより、被害は異なる。宇宙から流入する瘴気は絶対的に孔が小さい方が少ないとされている。


 対策だけではなく、瘴気が世界に充満した場合の備えもいる。

 表では、魔石の流通量が減ることによる価格高騰がおきていても、魔石増産にも限度がある。備蓄も必要であり、不足するばかりだ。

 

「近々に、大々的に皆既日食が起こる可能性を知らしめなくてはいけなくなる」

「……」


 人々の暮らしにも問題が出てくるだろう。

 リスクと対応、不測の事態。問題は山積みだ。

 それに後継問題もある。


 王弟オーランドは兄の苦労もよく分かっていた。

 前に出ることの厳しさもあれば、後ろを守る苦悩もある。


 千年ごとに繰り返される月と太陽が重なる皆既日食。

 地上に住まうあらゆる生物のバランスを崩す一撃が迫っていた。


 二人は黙る。


「ところで……」

 沈黙をジャレッドが破った。

「男爵領からきたご令嬢の後見についたそうだな。デヴィッドから聞いたぞ」


 クリスティンのことは耳にしていると予想していたオーランドは驚かない。


「俺もネイサンから、妾を受け入れると聞いた」


 やり返すようなオーランドの一言に、ジャレッドはふふっと笑う。


「今度、夜会に連れてきてくれよ。会ってみたい。デヴィッドの友人でもあるのだろう」

「俺が顔を出す授与式には、連れて行くつもりだ」

「楽しみだなあ」


 顔は豊かな笑顔でも、ジャレッドの眼底は笑っていない。

 

 扉がノックされ、話が途切れた。

 入室してきたのは、ジャレッド付きの優秀な女性秘書官である。



 場はお開きとなり、オーランドは旅立つ。

 今日も、世界の手足となり、走り続けるのだった。



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