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10:秘密を共有する男たち②

 リディアの横で丸まって寝たオーランドは夜が明けきらないうちに起きて、身支度を始めた。


 死体は硬くなりつつあり、口や鼻から漏れ出している液体を見て、オーランドはリディアが本当に死んだのだと実感した。

 赤ん坊のために用意してあった桶に水が残っている。その水と横に投げ出された布で、彼女の顔を拭き上げた。昨日巻いたシーツも引きはがしてみると、衣類の汚れも見てとれ、眉間に皺を寄せ悩んだ末に、下着を下げて、汚れを拭いた。

 これ以上なにかが漏れてきても困るなと、残った乾いた布を引き裂き、いくつかの穴をふさいだ。


 このまま埋めることになるのだ。衣類を適当に整え、シーツをぐるっと巻き付けた。

 まだ生きているかもしれない、息を吹き返すかもしれないと思っていた昨日よりきつく、死体をくるんだ。


 やっと空が白んできた。

 死体を抱きかかえ、部屋を出て、廊下を渡り、外へと出る。

 すでにネイサンが馬の手綱を引き、待っていた。無言で二人は馬に乗り、城を後にする。

 見送る者は誰もいなかった。




 鬼哭の森は瘴気が濃い。太く黒い幹をした木が多く、うっそうと葉を茂らせている。その合間を、踏み固められた小道がうねるように続く。

 リディアの墓を作る場所を求めて、二人は進む。古代神殿までは行くつもりはなく、その手前で墓を作る予定だった。


 野宿をしながら、二日かけて、木があまり生えていない野花が咲き乱れる目的地に到着した。


 その一角に墓を作るため、二人は剣を収めた鞘を使って、土を掘り起こし始めた。

 魔物に掘り起こされないように、二人は一心不乱に掘り続けた。


 半日かけて穴を掘った二人は、顔を見合わせる。途中で体が熱くなり、汗が吹き出してきたため、衣服を脱ぎ捨ててしまっていた。上半身は裸である。吹き出した汗が頭部から滴り、額に髪が張り付いた。

 その髪を払いながら、ネイサンが問うた。


「どうする。断首した証拠」


 儀式通りなら、断首した首をもって証拠とし、持ち帰る。そのための箱も持ってきていた。

 オーランドは頭をふった。


「せっかく奇麗な遺体なんだ。このまま埋めたい」

「だよな」

「首を持って帰らないと不審がられても、もう俺はリディアの首を切りたくない」

「俺だってそうだ。この場合はあれだな。髪でも切って持って帰るか」

「髪だけか」

「そう、死体は神殿に置いてきました。証拠として、髪を持って帰りました。どうせ、森の奥には誰も来ない。確かめようもない。首を持ち帰るはずだと言われたら、忘れたと言い張る」

「そうだな」


 掘った穴から這い出たオーランドが、焚火の傍において置いたリディアの死体に向かう。シーツからのぞかせる顔の横から手を入れ、髪束を握りしめた。

 髪束を取り出した時、シーツがめくれたが気にしなかった。


 土で汚れた鞘から剣を抜く。

 白銀の刃でリディアの髪を一束、躊躇なくバッサリと刈った。

 ついでにシーツの端を切り裂き、紐にして、髪束をひとまとめに結ぶ。

 剣を収めてから焚火の傍において置いた荷物のなかに、その髪束を突っ込んだ。


 一連の淀みない動作を穴から顔を出して見ていたネイサンは、あまりに躊躇ない所作に違和感を覚えた。


 オーランドはリディアの死体を抱きあげ、運んでくる。

 ネイサンは穴から這い出た。


 穴の縁に立ち止まるオーランドの横にネイサンも立つ。

 

 無感情な目でオーランドは穴の底を見つめる。

 ネイサンはその横顔に、二度目の違和感を覚えた。


「なあ、オーランド。どうしたんだ」

「なにがだ」

「いや、なにか、なにか、変だろ」


 ネイサンは首に手を当てて、視線を穴に落とし、考える。


 オーランドはリディアを大切にしていた。

 旅の間中、言葉を交わさなくても、彼女を気遣っていた。

 

 違和感はそう。

 まるでオーランドの所作にリディアへの気遣いを感じられなかったからだ。

 亡くなっているからと言っても、あのオーランドがリディアを無感情に扱うなど違和感しか感じられない。

 ネイサンの表情が歪む。 


「なんというか。俺はもっと、リディアの身体なら、大切に扱うかなって思ったんだよ」

「大事に扱ってきただろう」


 オーランドは訝し気な顔で、小首をかしぐ。


「うん、そうだな。そうなんだけどな」

「なにを言っている。おかしいぞ」


 おかしいのはお前だ、と言いたかったが、ネイサンは我慢した。リディアを目の前で失った直後なのだ、オーランドに無自覚な変化があるかもしれない。そう結論付けると、問い詰める真似はできなかった。


 二人はリディアの遺体を土に埋めた。埋めた場所が分かるように、森から拾ってきた中くらいの石も置いた。


 その日は、近くの川で魚をとり、瘴気の穢れを浄化してから、焚火で焼いて夕食にした。

 力仕事を終えた後の食事は格別に美味かった。三匹ずつ食べ終えて、骨を火にくべると、二人は今後について話しはじめた。


「なあ、オーランド。リディアの魂はあの赤ん坊に入ったんだろう」

「多分な」

「もし記憶が蘇ったら、あの両親は驚かないか」

「リディアのことだから、記憶が戻れば戻ったで、上手くやるんじゃないか」

「記憶が戻る分にはなんとかなるか」

「たぶん」


「もし赤子が大人になって、魅了の魔女になったらどうする」

「ここは男爵領だし、鬼哭の森にも近いからな。王家も公爵家も近づかないだろう。元々、カスティル家は、ここら一体の村々を治める、リーダー格の村長一家を格上げして、興った家だろう」

「森が近いから敬遠されて、貴族が寄り付かなかったんだよな」

「そういう背景もあり、男爵家はあまり王都に来ない」

「言われてみれば」

「魅了の魔女であっても、王家に連なる者と接触しなければ影響はないだろう。この土地に来るのは、俺みたいな魔力のそこそこある者ぐらいだ。魔力が備わっていれば、魅了の影響は受けにくい。

 影響を受けなければ、発見されにくい。発見されなければ、いないと一緒だ。俺はちょくちょくこっちに来るから、赤子の成長も観察できる」


「なるほどなあ。リディアの記憶があれば、なんとでもなりそうだな。問題は、赤子に記憶がない場合か」

「記憶もない、知識もない、魔力もない、であれば、ただの男爵家の娘ということで済むだろう。それこそ、一番問題ない」

「だがな、大人になってから、なにかの拍子に突然、記憶が戻ることもあるかもしれないよな。魔力だって蘇るかもしれない」

「そんなことを言い出したらきりがない」

「ばかか。

 きりがないほど可能性を考えないといけない事態だろ、これは」


 他人事のように呟くオーランドに、ぎろっとネイサンが睨む。


「いいか、結局は魅了の魔女を断首していないんだ。

 しかも、生まれたての赤ん坊にその力が受け継がれているかもしれないんだぞ。発覚したら大事になるのは目に見えているだろう。

 そこんところ、分かっているのか?」

「わかっているよ」

「いいや。お前はわかっていない。

 そうなれば、あの男爵夫婦は、産まれてすぐの赤ん坊を亡くすんじゃない。

 自分たちがある程度まで育てた子どもを、下手をしたらオーランド、お前に殺されることになるんだぞ。

 お前は、あの夫婦を天国に押し上げてから、その手で地獄に叩き落したいのか!」


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