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98 車内の商談

サモンは、ツーラとイザハル村に戻った後、そのままツーラと別れロレンティアへと足を向けた。

けれどもやはり“バヌー”を連れての移動は、時間が掛かった。

そして折しも雨が降り出してきたのだ。

そこでいよいよニケに馬車を転送してもらうことにした。

初めからそうしても良かったが、余裕のあるうちは普通に旅を楽しみたかったのが、さすがに雨が降ってきた上に、“バヌー”を伴った旅で時間が掛かりすぎた。

転送してもらった馬車は “バヌー”を運搬できるように荷台が改装されており、機械仕掛けのヘストも一緒だった。

これは前からニケに頼んで作ってあったものだ。

機械仕掛けの馬には体全体に布を被せて、遠目からは異質な物とは感じさせないようにしている。

名前は単純に“ヘストゴーレム”のようだ。

スターリアが終始口を開けて驚いていたが無視をして、ニケが荷台に“バヌー”を積み込み、出発の準備を始めた。

これでようやく快適な旅が再開できることとなった。


やはり初めてサモンの馬車を目にしたスターリアから車中サモンは質問攻めにあった。

内容的はこれまでこの馬車を目にしてきた者とほぼ同様に、椅子の座り心地や車体の揺れの少なさだ。

そして当然取引の提案という流れだ。


「悪いが今のところ極限られた相手にした渡していないんだ。素材の入手がまだ不安定なんでね。その準備をしているところさ。入手が安定してくれば売り出すことにはしているからそれまでは待ってもらいたいな」


「素材ですか? リ・ニーザの穴と関係があるのでしょうか?」


ここでスターリアが言う“リ・ニーザの穴”とは、 “シャニッサ“から“カルス・レーク”に抜ける山道の途中に開けたトンネルのことだ。

今では紹介はもちろん旅人の間でもその存在は広がりつつある。

ただ特に名前をつけてもいないので、人伝では“リ・ニーザの穴”と呼ばれているらしい。


「リ・ニーザの穴? ああ、トンネルのことね」


そう言ってサモンは、“シャニッサ“から“カルス・レーク”に抜けるトンネルを造った経緯をスターリアに聞かせた。


「ではそのニヨン村から“ラテックス”を運ぶためだけに?」


「ああ、そうだよ。他にもあるけれどメインはそうだね。ちなみに君が履いている靴にも“ラテックス“を使っているよ」


スターリアの靴を指差して答える。

スターリアは自分の靴を見下ろし、そそくさと片方の靴を脱いで持ち上げた。


「この靴底がですか? ……この適度な硬さが必要なのですね」


スターリアは持ち上げた靴の裏を指で突いて、感触を確かめながら納得したように何度も頷いていた。

そして気づいたようにサモンに顔を向けた。


「ではその貴重な“ラテックス”を使った靴をくださったのですか?」


「いや、そこまで貴重という程のものじゃないよ。実際靴も量産体制に入っているからね。ただ他のところにまで行き渡る量がないというだけさ」


製造過程は一応確立はしているが、“ラテックス”の入手は限られた量である。


「そうですか、それは残念です。でもこれは大変な価値がありますよ。この馬車もそうですけれど、この靴は……、長時間履いても疲れませんでしたし、痛くもありませんでした。立ち仕事の人達や冒険者が欲しがりますよ」


ここ何日か履き通しては見たものの依然履いていた皮の靴に比べ、履きごごちも良いし疲れを感じにくいとスターリアは実感していた。

特にスターリアの履いていた前の靴は、靴底が皮と木の板であったために長く履いていると痛くなり、踏んだ時の衝撃もあった。

この靴にはその衝撃をやわらげ、痛みも少ないのであった。

またぬかるんだ所などは水分で重くなったものだが、これも軽減されているようだった。

そういったこと踏まえると野外で活動するにはうってつけの靴であるといえた。


「ああ、そう聞いているよ。はじめはサッカー用の靴を作るだけだったんだが、いずれはそうなるだろうね。それに“ラテックス”は応用範囲が広いからね」


スターリアもサモンの言うとおりいろいろな使い道があるなと思った。

中途半端な硬さではあるが、衝撃を吸収するものといえばスライムのような粘性の物体しか思いつかないが、椅子やソファーなどに使えないかなとも思ったことがあるくらいだ。

いずれ“ラテックス”の生産体制が整えば自分にも回してもらえるようはなるだろうが、早急に繋がりを強くするべきだと感じ、コナをかけてみる。


「そうですか。私達ベイヤード商会も何かお手伝いできることはありませんかね?」


「今のところはないかなあ、……ミーアには“ラテックス”の調達・管理をお願いしているし、ほかはちょっとね。やはり外に向けて販売する段階にならないと難しいかな」

すぐには無理とはわかってはいたものの意外な人物の名前が、サモンの口から洩れた。

確かにエイワード商会と近しい関係があると聞いてはいたが、すでにそこまで深い協力関係になっているとは、スターリアは知らなかった。


「ミーアさん? というと、エイワード商会の?」


「ああ、そうだよ。いろいろ手伝ってもらっているよ」


「そ、そうですか」


すでに聖王国のエイワード商会が絡んでいるとなると、あまり強引に進めることはできないとスターリアは落胆した。

すでに進んでいる取引に後から横やりを入れるようなもので、商会の質を問われるものとなるからだ。

だがサモンからの言葉にスターリアは一条の光を見出すことになる。


「その代わりといっては何だけど、この“バヌー”の件を手伝う気ある?」


「え、“バヌー”の運搬をですか?」


“バヌー”の運搬というサモンの提案。

商会としてそれ自体の旨味はそれほど感じられはしない。

だが確実にサモンとの友誼は結べるのだ。

今後を考えれば悪い話ではない。


「ああ、それもそうだけど、うまくいけばそっちの目玉、いやこの国の食事に新風を巻き起こすことになるかもしれないよ。君たちの商会が」


「え、“バヌー”の乳でですか?」


“食事の新風”って、何?“とスターリアの頭の中で「?」が飛び交ったが、サモンが嫌らしい笑みを浮かべて続けた。


「ふふん、そう“バヌー”の乳でだ。……だが君はまだ知らないだけだ。この“バ乳”がどんなに恐ろしいものかを……。一騎当千の強者どもを唸らせ、黙らせ、乞わせる力を持つことを」


なぜか後半ドヤ顔のサモンであった。

確かにミリスやモデナの反応を大げさに言えばそうだ。

ただ他にも甘味を作るための材料が必要ではあるが、ただ乳製品は奥が深い。

ケーキだけではない、シュークリームやヨーグルト……等々。

甘味だけでなく、料理にも使える。

そんなことにも思いを馳せるサモンであった。


「わかりました。どのような構想をお持ちかわかりませんが、今後の商会の発展のためだと思いますので協力させていただきます。いえ、やらせてください」


やはり大森林との関係を深めることと商機であるとの確信であったのだろう、最後のほうは懇願する形となったスターリアだった。

後半ミーアにも似た必死さは、意外な反応を見せたスターリアを前にして久しぶりにサモンも引いた。


「わ、わかったから、落ち着いてくれ。準備が整い次第君に連絡するよ。どのみち“ケイジュ”の件もあるしね。おそらくそっちもお願いすることになるよ。いいかい?」


「え、は、はい。ぜひ私どもにお任せください」


どのような展開になるか理解はできていないが、ひとまず大森林との繋がりを強化できたことにスターリアは胸をなでおろす。

ただ後で商会会頭のサバスから“訳の分からぬ口約束などしおって”と、怒鳴られるかもしれないとも頭をよぎる。

だが先に独立したポリーヌを思い起こし、ここが自分の岐路であることと自らを鼓舞したのだった。


サモンとはそれからも商売やロレンティアの話などをしながら馬車に揺られ、翌日にはロレンティアに着くのだった。


ひとまず100話目を投稿させていただきました。

仕事などの関係で年内はどうかなと思いましたが、どうにか書き上げたところです。

これまでお読みになっていただいた方、粗い文章ではあったかとは思いますが、お付き合いくださいまして本年はありがとうございました。

また、来年も拙い文章でもお付き合いしていただけるのであれば、よろしくお願いいたします。

良いお年を。


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