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95 北方からの使者

「サバス、確かに“大森林の主”がロレンティアに入ったというのだな?」


「はあ、正直確証はありませなんだが、以前会ったことのある者が現在同行している様子。その者もはっきりとは名を告げませんでしたが、スティール商会の名と我が商会を左右する人物と申したので、恐らくはと……」


ベイヤード商会会頭 サバスは、ロレンティア領主グラード・ユージン公爵私邸の私室にて、公爵本人と二人きりで密談をしていた。


話はスターリアの休暇願に始まる。

これまで自分から休暇願い、ましてや本店であるロレンティアに来て早々、突如休暇願を直接サバスに願い出たのである。

理由を問えば、“スティール商会の者への同行”と“野生のバヌーとケイジュを探しに行く”という理由でだ。

しかも真顔で“商会の未来に関わるかもしれない案件”と珍しく断ることも許さないという勢いであった。


詳しく聞けば、名前を“アカシ様“ということだけ告げ、“スティール商会の者”ということで察してほしいとのことだった。

さすがのサバスも“アカシ“という名に記憶はなかったが、スターリアが競争相手であるスティール商会の者に”様“付けをしていることで、思い当たったのだ。


サバスは、その場ではスターリアの必死さに根負けし願いを聞き届けたが、後日“アカシ“なる人物の動向が気になり、こうして親しいロレンティア領主グラードに報告しに来たのだ。


グラード公はこれまで帝国の北方を長く守ってきた領主であり、その経営手腕は質実剛健で、代々ロレンティアを“ラフ・グラン(帝国)”から守りつつ交易により発展させ、ナベンザ領主カルヴォ公爵家と並ぶ帝国の雄である。

その姿はどちらかというと細マッチョで武人の雰囲気を纏う。

そんな彼がサバスの言葉にしばらく目を瞑り黙り込み、やがて呟くように口を開いた。


「こんなときにか……」


その言葉を聞いたサバスも頷く。


「ええ、だからこそ。そちらのお耳に入れておきたかったのです。幸いにもすでに“アカシ様“は街を発っています」


「ふむ、“幸いにも”か……、まったくその通りだな。……実はな、サバスよ、今この街は喫緊に解決しなければ問題に直面しているのだ」


今注目の的である大森林の動向よりも問題になることとは一体……と頭をひねりながらも“大森林の動向よりもですか?”とサバスは尋ねた。


「今はな……。サバスよ、そなたも知っておろう。“ラフ・グラン(帝国)”の者がかなり深くこの街に入り込んでいることを……。クルージュ商会やゾフ商会を隠れ蓑にしてな。抜かったわ……」


そう発した後グラード公は大きくため息をつく。

クルージュ商会やゾフ商会は、どちらも“ラフ・グラン(帝国)”に本拠を置く商会だ。

ここアルト大陸のヴァンクローネ帝国だけでなく、グラール聖王国とも交易をおこなっている大きな商会だ。


「ええ、確かに近年“ラフ・グラン(帝国)”の者達が多く根を張りだしている感じがして這いましたが、そこまで差し迫ったことのようには思えませぬが……。雑役や冒険者なども増えてきておりますので、イザコザも増えているように思いますが、交易上致し方ないかもしれませぬが……?」


「我もある程度の予想はしていたが、ここ2年ほど交易が増えるに従って“ラフ・グラン(帝国)”の流入者が増え過ぎているのだ。それにつれて商人どもが土地を買い漁っているようだ。もちろん地元の者を隠れ蓑にしてのようだがな」


「それはまことでございますか!」


サバスも言われてみれば心当たりがなくもないが、商人の情報網を持つサバスにとってもそのように明確な情報は初耳であった。


「ああ、地元の者を飼いならして進められていたようでな、なかなか確証は持てなかったが、この前の聖王国の銀と塩の騒動はお主も聞いておろう。あれの出処がクルージュ商会の関係していた倉庫であった」


「銀と塩の騒動といえば、聖王国のキナ臭い話が出回った密輸の件でしたな。大森林の主も絡んでいたというあれでしょうか?」


聖王国で流通を管理している銀と塩を教会の力で強引に運ぼうとした事件のことだ。

実際には関所破りのようなものだが、迂回して運び込んだようなもので表ざたになってはいないが、その後大森林の主が別ルートを開拓するなど、交易路に影響を及ぼしたことから様々な憶測が飛び交ったものだった。


「うむ、その通りだ。聖王国内のことだからこちらに責めはなかったが、こちらの関所も抜かれていることは事実。まあ、そのおかげで件の倉庫の存在が知れたところよ」


銀と塩の件に関しては聖王国から帝国側の管理体制への質問状などが寄越されたが、それだけであった。

むしろ帝国側、ロレンティア側のほうで再発防止のためと徹底的に調査を行っていた。

しかもその調査の過程でかなりの土地と建物が、クルージュ商会やゾフ商会の出資により地元の者による名義で取得されていたことが発覚したのだ。


「思わぬところからボロが出ましたな」


「ふむ……、まあ、それはそれとして問題はその後よ。奴らはそのタイミングを狙ったのかわからんが、すぐに本国のほうから港の拡張を要求してきたのよ」


そうつい一週間ほど前にクルージュ商会の手の者によって“ラフ・グラン(帝国)”の親書が届けられたのだ。

内容としては“近年増え続ける交易に対して港の拡張を要望したい”との内容で、もし敵わない様であれば、その分を聖王国側に回すことになるとのことだった。

交易が減れば、これまで交易で潤ってきたロレンティアにとっても大きな痛手となる。

しかもそうなれば当然クルージュ商会やゾフ商会の関係者はロレンティアを離れることになり、土地なども手放すため土地の価格の急落が起こり、混乱することになるだろう。

ひいては物流も減少し、物価が不安定になりかねないのである。


「なんと、盗人猛々しいとはこのことでありますぞ。そんなことになれば益々奴らは図に乗り、この街が“ラフ・グラン(帝国)”の者で溢れかえりますぞ」


そう、サバスの言うとおりである。

経済の不安定化を恐れて何もしなければ着実に緩やかな“ラフ・グラン(帝国)”の植民地化を許すこととなるのだ。

それはもちろんグラード公も承知だ。


「だからこそだ。誰にでもわかる構図だ。密輸の手口も沿岸での瀬取りのようだ。それだけこの街の中に手足が多いということになる。……事態は深刻かもしれん」


「閣下、それは深刻どころではございません。侵略の意図が明らかではございませんか。打つべき手を打たなければ、この街は事実上かの国となってしまいます」


「うむ、だからこそそなたにここまで話したのだ。もちろん皇帝にも報せを出し、カノーシスに命じて対策を講じてはいるが、状況次第では“ラフ・グラン(帝国)”を相手にしなくてはならなくなる」


カノーシスとはグラード公の右腕となる“家令”である。


「そ、それは……」


「そうだ、戦になるかもしれんということだ。そうなれば交易で発展してきたこの街がどうなるか、想像は容易い。戦に勝ったところでこの街の生命線である交易は衰え、負ければそのままこの国の植民地となるだろう」


「しかし、それでは向こうも交易先がなくなるだけではないでしょうか? 一体どんな利益があるのやら?」


サバスの疑念も当然だ。

ましてや現在戦争を終結した聖王国との関係もあり、聖王国が帝国との関係上、“ラフ・グラン(帝国)”に良い顔をするとは思えない。

そういう可能性もあり、グラード公としても決断を下せないままでいた。


「今はまだ何ともな……。少なくともロレンティアを拠点にできれば、ここを足掛かりにして大陸の覇権を狙えることにはなるだろう。そうなればまた戦の世に逆戻りとなる可能性がある。なによりもかの主に手出しでもしようものなら、どのようなことになるのか想像もできん」


そう大森林の主は前触れもなく問答無用でことを成す場合がある。

まさに青天の霹靂がそのまま歩いているようなものである。

二国の戦に割って入ったことしかり、競技場を立てたことしかり、山に穴をあけ交易路を増やしかりとまるで予測がつかないのである。

そのような者においそれと手を出せばどのような結果になるか、考えることも恐ろしい。


「確かに想像もしたくはないですが、それではどのようにするおつもりなのですか?」


「まあ、陛下からの指示を待って今は時間を稼ぐしかないであろう。いずれにせよ、情報収集が最優先だ。そなたも何かわかれば逐一あげてもらいたい。よいな」


そう言われたサバスは“必ずや”と言いながら頭を下げたのだった。


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