94 目指す地はビガンボ
街道の細い脇道、獣道といってもいいほどのわずかに生物が踏み固めたような道をサモン達は進んだ。
しばらく草木の茂った藪を抜けるとあとは背丈ほどもある草原地帯に出た。
ニケのプローブ(探針機)の誘導により道に迷うことはないが、送られてくる生命を示す熱源反応は少ない。
目的の“バヌー”と“ケイジュ”らしき反応も未だないようだ。
代わりに別の反応が後方から近づいてきていた。
サモンの視覚内に表示されるリアルタイムなデータがそのことを示している。
その反応は5体。
二足歩行で、金属反応もあることからどうやら人型であるようだ。
「何かついてきているんだが、君の連れか何かかい?」
不意にサモンはスターリアに声を掛けた。
「えっ、い、いえ、そんなはずはないと思います。“アカシ”様のご案内ということで出ておりますので、供の者もロレンティアに留まること申しつけてきました」
スターリアはそう言うと、おびえたように後ろを振り返った。
辺りを見回してもそのような気配はスターリアには感じられない。
「ふむ、ということは縁もゆかりもない者ということか……、まあ、まだ距離は離れているから近づいてきたらそのとき考えようか」
普段人が入らないような場所に複数の人影があることはあやしいが、敵か味方かもわからず、たまたま自分達のように探索に来ることもあるかもしれない。
いちいち相手をしていられないので、サモンは放置することにし、そのまま歩みを進めることにした。
そのまま歩を進めるとやや広めの獣道に出た。
獣道というよりも古い道であったような道だ。
あきらかに草の茂り方が違う。
上空からの画像を視野内で映し出して確認すると、海岸方面から伸びてきているのが僅かに確認できた。
しかし、“バヌー”と“ケイジュ”の生息域は海沿いであるとは聞いていないので、サモンは海とは反対のほうへと伸びる道を辿ることにした。
ついでに先ほどの人影も覗いてみると、あきらかに弓や剣を携えた冒険者風であることがわかった。
上空からの画像なので人相まではわからないが、少なくともサモンの知人ではない。
そしておそらくスターリアの知人でもなさそうであった。
距離は先ほどとは変わらない。
そして何よりもこの3km先進んでみてもプローブ(探針機)には、“バヌー”と“ケイジュ”らしき反応はない。
「いっそ、聞いてみるか?」
そんなつぶやきと共にサモンは急に踵を返す。
慌ててスターシアも後を追う。
「聞いてみるって、誰にです?」
「ついてきている人たちにね」
軽く返答をしたサモンにあきれ返るスターリア。
しかしサモンは大まじめだ。
この先“バヌー”と“ケイジュ”の反応がなければ、他の場所を当たるほかはない。
しかし、当てずっぽで歩き回っても時間の浪費である。
なので追従者の正体が何であれ、このような人気のない場所まで分け入っているくらいだから、土地勘ぐらいはあるのだろうと考え、尋ねてみることにしたのだ。
サモンが来た道を戻りしばらくすると間隔をあけ、件の5人が倒れていた。
皆、膝のあたりを抱えて唸っているが、明らかに冒険者風の集団だ。
だが身に着けている装備品もまちまちであり、見たところ職業も5人とも前衛職がほとんどだ。
明らかに一般的な冒険者パーティーではない。
回復していないところをみるとヒーラーもいないのだろう。
回復薬さえ飲んでいないようだ。
サモンは一番先に見つけた戦士風の男に声を掛ける。
「大丈夫かい? 一体どうしたんだい?」
ニヤけながらサモンは意地悪く尋ねた。
彼らはプローブ(探針機)からの攻撃でその逃げ足を奪われていたのだ。
「ど、どうしたもこうしたもあるか! 何かに襲われてこの様だ。いてて」
「へえ~、そりゃ難儀だね」
「難儀じゃねえ、さっさと薬か何か寄越しやがれ!」
男は剣先をサモンに向け、恫喝する。
自分の状況をわきまえず、なおも威勢を張る男に哀れみ目を向けサモンは嘆いた。
「薬か何かを寄越せとはねぇ……」
そうサモンが呟くと、戦士風の男の剣を持つ手がボトリその場に落ちる。
悲鳴を上げ右腕を抑える男。
一斉に周りにいた者はサモンに注目するがサモンが何かした様子はない。
しかしサモンの傍に控えているニケの手が、男に向かって突き出されていた。
サモン以外の者には何が起こったのかはわからないが、ニケが何かやったことだけは確信できた。
一緒にいたスターリアでさえ、口を手で押さえ息を飲んだ。
いや戦慄したのだ。
スターリアが知っているサモンは、横柄だが争いをよしとしない穏健派のイメージであったが、思い返せば帝国と聖王国の兵を問答無用に万単位で屠った張本人である。
剣を向ければ果断に対応する気質であることを今目の当たりにし、それを改めて思い知った。
手を切り落とされた音は腕を抑え、ギャーギャーと痛みに呻いている中、ニケが前に進み出て男を蹴り上げ、仰向けに転がす。
男は一瞬衝撃と痛みに目をつぶり、文句を吐こうとするが次の瞬間胸に耐えきれない重さが圧し掛かる。
苦痛に顔を歪め男が薄っすら目を開けると、揺れるマントの間から艶のある白いブーツが自分の胸を踏みつけているのがわかった。
そのブーツの先に見えたのはのっぺりとした仮面のような顔であり、緑色の二筋の光がフードの中から見下ろしていた。
男はその何とも言えない無感情な様子に痛みを忘れて押し黙り、体を硬直させた。
周りの者もこの圧倒的な展開をただ沈黙し、自分にその力が及ばぬよう身を潜めるしかないように押し黙っている。
「薬か“何か”でいいんだろ。くれてやったぞ。次はこちらだ。ここいらで“バヌー”と“ケイジュ”がいるところを探している。知っているのなら教えてほしい。知らないのなら用はない」
男が完全に戦意喪失したのを見計らったのか、サモンが声を掛けた。
言葉は柔らかいが、“知らないのなら用はない”が効いたのか、男は痛みをこらえるかのように表情を歪めてしゃべりだす。
「バ、バヌーなんてここらにはい、いないぞ。ビ、ビストール湖畔の湿原辺りまで行かなければ見かけん。ケ、ケイジュはも、もうだいぶ前に狩りつくされた。この辺りではもう何年もケイジュなんて見かけん」
「そうか。ならそのビストール湖畔の湿原まで行くとするか」
そう言ってサモンは興味を失ったかのように戦士風の男から視線外し、スターリアに声を掛けて元来た道を戻ろうとする。
去り際、サモンは懐から薄く青い色をした液体の入った瓶を取り出し、最後方で身を伏せていた男に投げて寄越した。
「エルフの薬だ。腕が生えてくるかもよ」
これは暗に先ほど腕を切り落とした男に与えろという意味だ。
サモンが投げ寄越した薬は、エルフの族長マルティナから以前もらったものだが、腕が生えてくるほどの効果は定かではない。
一般的にはエルフ秘薬として知られる回復薬なので、恐らく再生能力までは付していないだろう。
いずれにせよサモンに剣を向けた代償は高かったわけだ。
ましてやここは帝国であっても、一歩街の外を出れば魔獣さえも闊歩する世界である。
魔獣であれ、人であれ、躊躇すれば自ら代償を払わねばならない世界だ。
自らの責任において降りかかる火の粉を払わねばならない時があることを、スターリアは思い知らされたのである。
やがてサモン達は元来た道を辿り街道に出ることとなった。
一時は追従者のおかげで辛気臭い雰囲気となったが、何事もなかったようにサモンが会話することによって、次第にスターリアも平常運転となっていた。
街道に出るとそのままロレンティアとは反対の北西に向かって歩みを進めた。
時折すれ違う馬車や旅人に“バヌー”と“ケイジュ”の話を聞きながら、歩を進める。
その会話の中ではほとんどの者が“わからない”と回答するが、稀に追従者同様にビストール湖畔の湿原をあげる者がいた。
実際にはビストールという名前はあがらなかったのだが、“ムガール”という街とロレンティアのちょうど中間地点辺りにある大きな湖ということだった。
そこには大きな湿原があり、それ湖以西に大きく広がっていて、そこにいるという。
その男は行商人で街道からは外れているが、湿原近くの村に商談で立ち寄ることもあり、実際に“バヌー”を取引したこともあるとのことだった。
サモンも地形データによりある程度“ビストール湖”の位置は確認していたが、“ムガール”と“ロレンティア”の間には大小の湖が多く湿地もあるので、正確な湖がどれかまでは確信していなかったが、これでその村が大きな目印になることがわかったわけである。
「その村の名前はなんというのですか?」
「ビガンボ村という小さな集落ですよ」
商人は気さくにサモンの問いに答えた。




