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93 スターリアと街道脇にて

思わぬ同行者が加わってしまったサモンは、次の日にロレンティアを歩いて旅立った。

もちろんスターリアとだ。

次の日に出発した理由は、冒険者ギルドへの依頼とスターリアの諸々の用件のためだ。


スターリアは一応商会の一支店を預かる身であり、仕事でロレンティアを訪れている。

だからやるべきことをやってからでないと、サモンとの同行とはいえそれは職場放棄となる。

そのため本店に事情の説明やら、残りの仕事の手配などを済ませてからの合流となった。


結果お昼ごろに合流し、徒歩でロレンティアの街を抜け、海岸沿いの街道をそのまま進んでいった。

この街道は、現代でいえば地中海沿岸に似たなかなか風光明媚な景色が楽しめ、この世界に来て以来ずっと内陸生活だったサモンにとっても良い気分転換となった。

隣に成り行きとはいえ、美しい女性がいるとなればなおさらである。


「それにしてもいい景色だ。船も多いなあ」


丁度高台から遠くに見下ろすような街の風景は、サモンにとって現代と見間違うばかりの風景であった。

海に点在する大小の船が行き交う様子は、いかにも地中海の港町を想起させた。


「ほとんどが“ラフ・グラン(帝国)”の向けの船ですね。主に木材や布のほか、魔獣の素材に日用品が輸出されていますね。反対に“ラフ・グラン(帝国)”からは鉱石や工芸品のほか香辛料や油なんかもそうですね」


「油? そんなものも仕入れているんだ」


サモンにとって鉱石や工芸品なら理解できるが、油の利用先までは思い浮かばない。

思わず聞き返した。


「はい、ロレンティア周辺では油は照明代わりや料理にも使いますので、割と一般的ですね」


大森林ではガス灯が定着し、ガス管も引いている。

アレクサやシャニッサでは蝋燭や魔石などで照明に利用している。

おそらく油は何かの潤滑油か料理に使うぐらいであろう。

なので魔獣を解体した際に出る油で需要は満たしているのだ。

燃料として使用しているのであれば、確かに需要が高いのであろうことは推察できる。

所変わればなんとやらである。


「ああ、そういえば料理も油を使った料理が多かったな。アレクサ辺りよりも料理の種類が多い気がしたけど、食文化はこっちのほうが進んでいるのか」


「ええ、そうですね。“ラフ・グラン(帝国)”との交易が盛んだからということもありますね。おそらく昔から向こうの文化が浸透してきているのだと思います」


それほど街を見て回ったわけではないが、確かにアレクサやシャニッサの雰囲気とは違うとは感じていた。

サモンは港町だからということで納得していたが、別の国の影響が深いと考えれば合点がいった。


「なるほど……、魚料理も多いしね。内陸もそうなればいいのだけれど、さすがに魚はなあ……、鮮度が落ちるからね」



「そうですね、アレクサあたりでも魚は……、やはりお肉料理が多く、味付けも大雑把なので飽きてきますよね。でもそういった部分では、大森林も内陸の割には食堂で提供される料理の種類も多様な気がしますよ。パスタもだいぶ口にするようになってきましたし」


「まあ、そこは人種がいろいろだからというのと、うちのマリオが熱心に器具の開発に協力してくれるからかな」


「そうですよねぇ、マリオギルド長率いるドワーフの方々の技術は一般の鍛冶師がついていけないレベルだそうで、形は同じでも質や耐久力が違うとうちの職人も嘆いていました。……ですので、今度協力してもらえません?」


「え、え~と……、マリオに聞いてみるよ。今度……」


スターリアの押しにサモンは苦笑するしかなかった。

ミーアといい、スターリアといい、どうして商人は目聡く商談に持っていこうとするのかと。


やがて道は、高度を上げながら内陸部の丘陵地帯に向かって行き、海岸線が遠ざかっていく。

いつしか道の両側は、現代でいう“セイタカアワダチソウ”のような植物が覆いつくし、低木の木々も見え始めた。

また、注意深く見ていると細い脇道のような人の入った形跡も見え始めていた。

すでに街を出てから3時間ほどたったところだろうか


「このあたりからかな。ニケ」


おもむろにサモンがそう言うと、二人の後ろにニケが姿を現した。

マントを頭から被ったニケの姿にスターリアが驚くが、息を飲む程度で声を上げたりはしなかった。

これまで護衛の姿もなく、不思議に思っていたのだがようやく納得がいったのだった。


ニケはマントの下で何やらもぞもぞとまさぐり、両手を出したかと思うと、その手には黒光りする円盤状の物体が握られていた。

スターリアがそれを注意深く凝視するが、何をする物なのかは分からなかった。


そして次の瞬間、ニケはそれを同時に空高く放り投げる。

投げられた物体は一瞬にして鳥のように翼を広げそのままの勢いで飛び去り、見えなくなっていった。


「聞いた話だとこの辺りなんだよね。まあ、まだ入り口だけど斥候がてら探索しておいたほうがいいだろう?」


そう言われてスターリアも今の物体は、ニケが召喚した魔獣か何かだと思うようにした。


「あれで、“バヌー”と“ケイジュ”をお探しになるんですか?」


「ああ、そうだね。まだ聞いたエリアの入り口だけど。地形もわからないからね」


「ええ、そうですね。特に“バヌー”などは水辺を好むようなので、もう少し奥に進まないと否かもしれませんね」


スターリアも事前に情報は仕入れてきていた。

“バヌー”は水辺周りの草の生い茂っている場所。

“ケイジュ”は乾いた草地と低木の藪となっている場所という風に。

なのでスターリアも冒険者風の装いでやって来たのだが、慣れないせいか足が痛くなってきていた。

心配そうに足を摩る。


「どうした? 足でもつったか?」


見かねたサモンに声を掛けられる。


「いえ、慣れない靴のせいか少し痛みを感じたもので……」


ここは意地を張って気丈に振舞うところなのだろうが、足を引っ張ってはいけないと思いスターリアは素直に吐露した。


それに対してサモンは、“そうか”と言い、手を突き出し“待て”のジェスチャーをした。

しばらく間が空き、やがてスターリアの目の前で青白い光が湧きだす。

強い光にスターリアは目を瞑った次の瞬間、その光はブーツへと姿を変えた。

今度もスターリアは声を上げたりしなかったが、口は大きく開かれたままだった。


「それを履いてみろ」


突然現れたものは、どう見てもブーツなので恐怖はなかったが、ゆっくりとスターリアは履いている靴を脱ぎ、ブーツに履き直してみた。

ブーツは脛まであり、見た目は女性物に思えなかったが、履き直して紐を締めると図ったようにフィットした。

両脇から締められる感じはあるが、足首の柔軟性は失われておらず、今まで知っているブーツのイメージとは異なっていた。

しかも立ち上がると足裏が適度に柔らかく、ズレそうにはない。

靴の裏底を見ると硬いがある程度の弾力が感じられ、裏一面に模様が掘られていた。


「これは、今噂になっている大森林の靴ですか?」


「ああ、そうだよ。おたくの足に合ったかい?」


サモンに問われてスターリアはつま先で地面を叩いたり、屈伸などをしてみせ、感触を確かめた。


「はい、これならまだまだいけそうです。これほどまでに違うとは思いませんでした」


「そうらしいね。まあ、これは試作品らしいけど、足に合うのならいいや」


「で、お代は……」


話には聞いていたが、値段的には普通の靴の倍以上はしていたはずとスターリアは思う。


「ああ、それは別にいいよ、倉庫に眠っていたものだしね。まあ、気になるのならあとで感想でも聞かせてよ。そのほうがマリオも喜ぶ」


何気ないサモンの言葉に、“え、今、倉庫って言わなかった? 転移魔法ってこと?”という驚きも加わり、“はあ”とため息交じりにブーツに視線落とす。

そんなスターリアの様子を他所にサモンが動き出した。


「おっし、だいたいの地形の把握はできた。行こうか」


「えっと……、一体どういうことです?」


「ああ、さっき飛ばしたプローブ(探針機)からのデータで地形図が完成したんだよ、ほら」


サモンの言葉と同時に目の前に青い半透明のスクリーンが広がった。

毎度おなじみニケのホログラムである。

“プローブ”“データ”といった言葉も聞きなれなかったが、ホログラムを見るのもスターリア自身は初めてだ。

地形を表しているのはわかるが何やら線ばかりで、スターリアには何を表しているのかわからない。

そんなことにサモンはかまわず説明する。


「ここが今いる道の部分だ。それで、ここが俺たちのいる場所」


サモンの説明で、スターリアは初めて今いる道と場所が把握できた。

確かに道の曲がり具合などはあっている気がした。

まるで空から見たようなその精巧さは、これまでに見たことがないほどだ。


「それでこっちが海側で違うところもあるけれど、だいたい道に沿って線が引かれているよね」


確かに地形図と呼ばれる物には道に沿って線が引かれていた。

だがその線と線の間は場所によって違う。

広いところや狭いところが不規則だ。


「一応、ここが海。線がないだろ。高さが変わらないから線がないんだ」


“海は高さが変わらないから線がない”ということは、線があるところは高さが変わるということだ。

(本当であれば海中も地形なので等高線はあるのだが、ここではわかりにくいためサモンは省略している)

そう考えれば、スターリアはあることに気がつく。


「ひょっとして、線が多い場所は急に高さが変わるということですか?」


あくまでもこの地形図の距離が正しいことが前提条件だが。


「お、すごいな。すぐにそれを思いつくとはね。そういう理解でいいよ」


サモンの言葉は自分の仮説が合っていることを示す回答だ。


「では、ここは崖みたいなところで、ここは緩やかな斜面ということですか?」


指で指し示しながらスターリアは確認する。


「ああ、そうなるね。すごいなぁ、すぐに地図を理解できるなんて」


地図を読み解けない者は少なくない。

女性ならなおのことだ。


「褒めていただくほどのことではないですよ。行商も多いですし、地図を見る機会も多いので……、でもこれほどまでに緻密な地図は初めてです。これだけでも相当の値がつきますよ」


何をしても商売になるようだと苦笑しつつサモンは、そのまま細い脇道を行くことにした。


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