9 二つの懸念
相談の件から7日後、サモンは7日前と同様の形でシュネーと対面していた。
「……といった経緯を経て皇帝陛下より、帝国のチームの要望に沿えるよう全面的な協力をするようにとの勅旨がご領主様向けに伝えられました。そのため、ここアレクサの街の外となりますが、小さな城が建つくらいの土地を“サッカー場”建設に充てることが決定したと、ご領主様からご連絡がありました。また、建設については全面的な協力を惜しまないことも確約いただいてますので、何なりとお申し付けください。そしてできればその後の運営についてもご教授いただきたく、陛下からも是非ともこの機会にサモン様に一度お会いしたいとの託けを賜っております」
シュネーが帝国での顛末と結果について説明すると、
「なんか、嫌だな」
サモンが愚痴をこぼす。
「……?、何かお気に障ることでも?」
一瞬部屋の空気が下がったように感じたシュネーやフォルダーだが、
「ははっ、なんか、その口調がね。気を遣わなくてもいつもどおりで良いのに。“サモン”でいいよ」
と、サモンは先日とは違って気さくに話す。
「そ、そうですね。……いや、なるほど、ではサモン殿、そちらの要望は話したとおり全て叶えるので、できればこちらの願いも譲歩してもらえればと思う」
一瞬ヒヤリとしたが、さすがに言葉に気を遣わずに話せるのはありがたい。
シュネーは気軽になった流れで、最も伝えにくい皇帝の要望を伝えてみる。
帝国にとって“鋼の大森林”との直接対話は念願でもあり、これが最大のチャンスなのだから是非とも達成しなければならない使命だった。
しかし、サモンの返答は意外に軽く、
「もともとは帝国側の冒険者の願いなんだけどね。まあ、いいか。いいよ、会っても」
と、二つ返事であった。
「感謝する。こちらの我がままだということは承知しているつもりだ」
「かまわないよ。いずれは挨拶に行こうとは思っていたところさ」
“鋼の大森林”側の好意により行われるサッカー場建設に対して、こちらの要望を素直に受け入れてもらえることに安堵せずにはいられないが、もう一つの懸念があった。
「そう言ってもらえれば、5日間走り回った甲斐があるというものだ。早速だが陛下との話し合いについてなのだが……3日後にご領主の城までご足労願えるだろうか」
「へえ、随分急ぐんだね」
「すでに結果が出てから陛下が急ぎ出立されていてな、2日後に城に到着されるということらしい。すまぬが会ってもらえぬだろうか」
そう、すでに皇帝は念願の“鋼の大森林”との直接対話が叶うことを前提に、4日前に出発しているのだった。
辺境の街アレクサから帝都までは600kmほど。
帝都の移動手段として通常騎士団などでは、頑丈な“グレートホース種”という魔獣に近い馬を使用している。
その移動距離は常歩で約10km/h、速歩約18 km/hである。
もちろん速歩による長時間の移動は無理ではあるが、常歩であればおよそ5時間は休まずに移動できるそうだ。
1日で移動できる距離は、100 kmほどとなる。
そのため6日でアレクサまで到達できるのだが、皇帝ただ一人ではなく、お供の高官や護衛の騎士団200人ほどを引き連れてくるというのは大事である。
ご領主もいきなりそんな数の接待をすることになり、恨み節を言いながら準備に追われているという。
勇み足にもほどがあるというものだが、皇帝にとってはそれほどまでに待ち望んでいたものなのだろう。
「まあ、仕方ないね。ただし、過去のことについては一切触れないことが条件かな」
サモンの言葉にすぐに荒野”アンファング”での戦いであろうことにシュネーは思い当たる。
「過去の事というのは、5年前の戦のことか?」
「そうだね。今更駆け引きするのも面倒だしね。特に領土問題なんて出されても面倒なんで。まあ、ごちゃごちゃいうのであれば、帝都まで道を作って会いに行っても良いけどね」
5年前の戦を面倒で片付けられることには少々いらだちも覚えたが、言葉の後半に不気味さをシュネーは感じた。
「まさか“道を作って”とは、帝都まで攻めあがるということなのか?」
「まあ、2日もあればできるんじゃないかな?」
そう言ってサモンは、隣に座るニケを見る。
「いいえ、指令、計算上早くて3日となります」
無表情な仮面の下からは感情のない声で間違いを指摘した。
ケイバンは額に手を当て苦笑いし、サモンは“あ、そう”と肩を竦めてつぶやいた。
「3日……ここから3日間で帝都まで征服できると?」
サモンとニケの会話は日常的な会話のような軽い調子でのやり取りであったが、それだけにシュネーには戦慄を覚えた。
「征服?……まさか。征服なんて面倒なことはしないよ。全てを無にするんだよ。何もないゼロにね」
「無にするって……すべてを焼き払うということか?」
「う~ん、ちょっと違うかな。まあ、焼き払ってもいいけどね」
サモンはさらっと言い放つ。
可能なのだ、彼らにとって帝国の地を塵に変えることは、造作もないことなのだ。
シュネーは今こそ確信した。
このサモンという青年は、自分達では想像もしえない力を持っていることを。