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89 大きな野望

「これで双方の国への足掛かりは出来たわけか」


「ああ、ひとまずね。あとはポリーヌとフィア王女というコアがどれだけ頑張ってくれるかだ」


ここは先日のシャニッサでの一幕から2日後、大陸協会会長室。

ミーアと共に帰ってきたサモンはそのままケイバンのところへと足を運んでいた。

そこでトンネルやフィア王女とユーディーの話を報告していた。


「おいおい、サモン、まさか丸投げなんじゃないだろうな」


「そんな無責任なことはしないさ。ちゃんと協力は惜しまないつもりだよ、ケイバン」


もちろんサモンは、ちゃんとフォローするつもりではある。

生活必需品である紙の品質向上と生産性の向上は、優先度の高い目標だ。


「まあ、どこまで肩入れするかは知らんが、我々と組むとなればいらん敵もつくることになるのだからそのあたりもな」


すでに質は悪くとも紙の生産や流通はおこなわれているのだから、これに一石を投じるということは飛んでくる石もあるということだ。

だからといって力で黙らせるわけにはいかない。

その石を投げてくるのは武器も持たない庶民であったり、商人や職人なのだから。


「ああ、ミーアからも言われたよ。だからシスターズを送っておいた。連絡も取りやすいしね」


サモンの言う通り、ミーアからも釘は刺されているが、懸念も示していた。

交渉はこじれれば強硬手段に訴える輩もいるかもしれないと。

その対抗策としてすでにシスターズからそれぞれに送り出していた。


「ならいいが、それぞれ一つの産業を興すようなものだ。これに噛めない貴族連中なんかの反感もあるだろうからな」


「ああ、わかってるよ。ポリーヌもフィア王女もそれぞれの関係者のとりまとめにしばらくかかるだろうから、話が広まれば徐々に敵対勢力がみえてくるだろうさ」


そう、話が広まり進んでいくほど敵味方がはっきりしてくるものだ。

0から始める企業というものは果樹を育てるのに等しい。

・土を耕す者(環境を整える者)

・種を植える者(起業する者)

・剪定する者(大きく育つよう仕組みを整える者)

・果実を世に送り出す者(生産現場の者)

それぞれがそれぞれの役割の中で努力し、創意工夫を凝らして初めて成功に結びつくのだ。

だが、中には果樹の成長途中からでも、いや種をまいた瞬間から自然界ではさまざまな脅威にさらされる。

だが、そうした脅威は蒔かれる種にもよっても異なり、脅威がはっきりすれば対策も打ちやすくなるというものだ。


「まずは明確な敵探しってところか。しかし敵だとしても力で片付けるなよ、よその国なのだから」


「ああ、承知しているさ。無理に介入はしないよ。あくまでも身辺警護とトラブル対策さ」


気楽に言うサモンに対して、“そのトラブル対策というのを心配しているんだ”とケイバンは顔をしかめる。


「だが、油断するなよ、ポリーヌのほうはカルヴォ公なんかの庇護があるからおいそれとは直接手を出さないとしても、フィア王女の聖王国は継承権がらみでキナ臭いからな。まあ、妹殿シスターズがついているなら万一はないとは思えるが、何をしてくるか予想はつかんからな」


実際にシュナイト暗殺に動いている形跡がある以上、笑い話ではない。

シュナイトやフィアのようにシスターズを張り付けているのであれば、身は守れるがそれ以外に手を出すような絡め手を仕掛けてくる相手には、万全とはいえない。


「そうだとは思うが、”鉄女“殿もついていることだし、大丈夫だろ」


「むう、ユーディー殿か。……果敢にニケ殿へ挑むとはユーディー殿らしい。それで気が晴れたのであれば、憂いもなくフィア王女を後押ししてくれるだろう」


攻勢に出ないもののニケに挑んだ猛者である。

そのユーディーが支援しているフィアに手を出す者がいれば、相当の命知らずであろう。

はからずとも私心を脇に置いてくれたことは幸運であった。


「ああ、まるで別人だったよ。心からすべてを忘れるということにはならないと思うけれどね」


サモンでさえもユーディーの清々しいまでの表情と別人のような穏やかな目は忘れられない。

恐らくあの場にいたシュナイトさえも同じ思いであろう。


そんなサモンの言葉に同意したのか、ケイバンは何かを思い出したように視線を外し、窓のほうへと顔を向けた。


「まあ、それはそうだろうな。……それでも後ろばかり気にしていても始まらんのだから、どこかで区切りは着けないとな。……まあ、いずれにしろこれで足掛かりはできたわけだな」


そう言って再びサモンのほうへと視線を戻す。


「まわりくどかったけどね。争ってばかりじゃ先に進まないっていうことは、広まったと思うけどね」


サモンの目標は経済的な相互依存の体制作りによる一大経済圏と非武装化だ。

そのためには共通した認識やルール作りが必要だ。

それを広めていくために娯楽や産業の創出を進めているにすぎない。


「それが早く浸透してくれればいいがな」


「ああ、そのためにも早く流通を進化させないといけないんだよなあ。それには決済システムなんだけど。……今のところ思いつかないんだよね」


この世界では交易はもちろん行われているが、それは品質が長期維持できるものに限られる。

それは交通網の不便さや関所ごとの関税や時間の関係で物の移動に経費がかさむことと、時間がかかることである。

これを解決するには道路整備や関税撤廃や緩和などを行えばいいが、もう一つ重大な問題があった。


この世界には現代のような銀行システムがなく、遠方へと交易に出るには大量の現金を持っていくか、貴石や魔石に換金して持ち歩くのが一般的だ。

そのため道中盗賊に狙われたり、魔獣に襲われ取る物も取らず逃げ回り、一財産を失う者もいた。

そのため、交易ではそのリスクを上乗せした金額となったり、警護を増やしたりと品物が高額になる傾向があるのだ。

そうした点では、各街に銀行のような金銭の管理を行う場所があれば多額の金銭を持ち歩かず、旅で全財産無くすというリスクは減ることになる。

だが、今のところそのようなシステムはこの世界に存在しない。

少なくとも両替商(金貸し業)はあるのだが、これは高利だ。

必ず損益が出るため商人が一般的に使うことはない。

そのためこの銀行のシステムがこの世界で再現できれば、格段に経済の活性化が図られることは間違いないとサモンは考えていた。

むしろ一大経済圏の確立にはこの銀行システムが必要なのであった。


そして何より銀行の設立の狙いは貸金業にある。

銀行の本業はお金を貸すことにその意義がある。

銀行設立により借りる側のハードルを下げ、起業しやすく、事業の継続を促すような仕組みができればこの大陸の経済は大きな飛躍を遂げるとサモンは考えていた。

ただ銀行の設立は、一店舗での開業ならどうとでもなるが、複数の店舗での連携業務となるとそれこそ各店舗にシスターズでも配置しないと不可能であった。


「前に言っていた“銀行”って奴の話か?」


「まあ、それを含めたものではあるんだけどね。大きな取引なれば今後絶対必要になって来るんだよ。今の現金取引だけでは限界があるしね。経済規模が大きくなればそれに見合った取引の仕組みが必要になるんだ」


まさしくタイミングとしては、今から準備しなければ間に合わなくなる可能性があった。


「今まで通り貴石や魔石でも十分やってきているんじゃないか?」


銀行システムが間に合わなければ、当面はその方法しかないが、額が大きくなればお金を受け渡しするだけで経費が発生する。

つまりお金の移動だけでその価値が下がるのだ。

そうなればいずれ物は高騰し、取引は先細りになる。

本末転倒だ。


「それは個々の取引で済んでいたから、個人売買という形で資産を持ち運んでいるに過ぎないんじゃないかい? 石を現金化させるには高く売れる時もあれば、安くなる時もある。それでは安定した資産にはならないんじゃないかな」


石……、貴石や魔石は粒が均一でないため物によって価値は一定ではない。

それに現金化とはいえ、やっていることは石の取引だ。

儲かることもあれば値引かれることもある


「確かに足元を見られる場合が多いようだが、それをいつでもどこでも同じ値段しようというのか?」


「まあ、安心して取引ができるという点ではそうなんだけれど、例えばうち(大森林)の冒険者だってギルドにお金を預けて、アレクサのギルドで同額を下ろせれば安心して移動できるだろ」


「ああ、なるほど、確かにそうだが。だがギルドでは金銭の預かりはしていないぞ」


「そう、そこが問題なんだよ。それができるようになればもっとお金が動いて、皆が使いやすくなるんだ。そう思わないか、ケイバン?」


これはケイバンにも経験があった。

冒険者はあまり一か所に留まることはない。

自分の力量レベルが上がれば、自分に適した獲物を追うため移動するからだ。

その際に資産を多く持っていれば自分で運ばなければならない。

そのため何度か無理やり使ったり、知人に預けたりしたものだった。


「確かにお前さんの言うことはわかるが、その例でいえば、アレクサのギルドでうちのギルドに預けられた金が確認できなければ、金の受け渡しは難しいんじゃないのか?」


「そう、そこなんだよね。証文みたいなものだと偽造されるかもしれないからね。いっそのことシスターズをギルドの受付に配置できれば話は早いんだけどね」


勝負札のような割符でも代替できるが、耐久性を考えると難しい。


「シスターズ……か。なるほどね、距離を問わず会話ができれば確認することも可能というわけか。……それに似た能力を持つ道具が必要か。……魔道具でもあればいいが……」


そう、簡単に別の場所の資産状況を確認できて、本人確認ができる道具があれば、話が早いのであるが、さすがのサモンも今のところお手上げ状態であった。


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