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88 おやじどもの誓い



「バルトロ司教! どういうことだ。黙ってみていろと言うから静観していたが、今度奴らは、カルス・レークまで道を作ってしまったではないか! くそっ、なんてことだ」


ここは教会の一室。

わざわざ司教は人払いをしている部屋である。

その部屋で声を荒げて対面したバルトロ司教に悪態をつくのは、レン・シャファル領主エーアト・ルフ・ボーデン伯爵だ。

つい先日拡張されたリ・ニーザ川沿いの山道がこの世界で初となるトンネルと共に道が拡張され、商人や旅人の間で噂が広まり、伯爵の耳まで届いたのである。

その道の開通はレン・シャファルへの来訪者に直接影響するため、商人や宿屋、食堂を営む者などを多岐にわたって不安にさせ、あっという間に話が広まった。


「声を荒げないでもらいたい、ボーデン伯爵。まさかこのような神をも恐れぬことをしでかすとは……、我々も驚いているのですよ、あの者達の動きの速さに。今、探らせているところですよ、エスコバル伯爵と大森林との関係を」


レン・シャファル司教区長であるバルトロ司教もこの話には心底驚いた。

むしろ噂話よりも早く報告を受けていたので今は冷静になったが、配下の者より報告を受けたときはレン・シャファルでの未遂に終わった王子暗殺の件以上にショックだった。

そのため、大森林の意図の分析に注意を払わなかったことを悔やむとともに、その意図を探るよう配下に手配したばかりであった。


「大森林の主といえば、第一皇子ともだいぶ親しいというではないか。これまで中立だったエスコバル伯爵もシュナイト派になったのではないか?」


「そうかもしれませんな。……ただそうだとしてもエスコバル伯爵は中央への力関係では言えば影響力はほぼないといっても過言ではないでしょう。辺境に籠った田舎帰属にしか過ぎないのですから。我らの障害にもなりませなんだ」


「ふん、先日のカルス・レークの失態をもう忘れたのか」


忘れるわけがない、バルトロ司教がセテファン大司教の命を受けて直接指揮した計画だ。

エクサハラマ(六道聖)の力も借りた計画であったにも関わらず、教会の威光だけではダルマシオ伯爵を丸め込むことができなかったのだ。

不可解な運び屋が現れたとかで無事に荷は運び込まれたが計画に遅延が生じたのだ。


「エスコバル伯爵の忠義心が愚かなくらい高かったと報告したはずですがね」


協会の威圧と商人達のデモによりなし崩し的に通過する手はずではあったが、一夜にして大森林の主が現れ


「そのためのエクサハラマ(六道聖)まで使ったのではないのか?」


「なぜか彼は捉えられてしまいましたがね。彼らはあくまでも熱心な信者であり、我らの工作員にしか過ぎません。それとその名前は容易くお口になさいませぬよう」


エクサハラマ(六道聖)は多少なりともキナ臭い噂が立っている存在だ。

迂闊に口にする存在ではない。

ボーデン伯爵自身そんなことは理解しているが、虎の子の工作員が捕まったので、伯爵なりに皮肉を披露する。


「ああ、そうであったな。だがしかし、その信者も捕まったというではないか。それに計画もサン・ムリア経由になって遅れが出ている。聖ブラームスの日には間に合うのだろうな?」


それは結局、エスコバル伯爵が協力的ではないことが影響し、その後の運搬経路を遠回りなサン・ムリア経由とせざるを得なかったことを指している。


「はい、それについては面目もございませんな。何しろエスコバル伯爵の抵抗が予想よりも強固でしたので、変更せざるを得ませんでした」


「しかも今度はリ・ニーザ川の山道だ。どうして大森林が聖王国にしゃしゃり出てくる。カルス・レークに何かあるのか? もちろん教会は何か掴んでいるのであろうな?」


やはりボーデン伯爵の怒りの矛先はリ・ニーザ川の山道なのだろう。

話を再びむせ返す。


「突然のこと過ぎて我々にもわかりませぬ。大森林の動きが早すぎて……、終戦協定といい、今度の山道整備といい。何が目的なのかも掴み損ねえている次第。やはり一度は大敗を喫した相手ですな、大森林は……、底が見えませぬよ」


自分達の力の無さを認めているのかのような発言に、ボーデン伯爵の怒号があがる。


「何を暢気な! リ・ニーザ川の山道がどのような影響を及ぼすかわかっているのか! このままではレン・シャファルは干上がってしまうぞ」


領主であるボーデン伯爵とっては死活問題である。

まあ、死活問題としての大きさで言えば庶民のほうが大きいのだが、領主である以上これからの収入が大きく目減りしていくことには我慢がならないのであった。


「もちろん理解はしていますよ、教区にとっても大きな損失ですから。忸怩たる思いをしている者は、あなただけではないのですよ。セテファン大司教も心を痛め、サン・ムリアの大公閣下の下にご相談しにいっているところです」


「ふん、そのように悠長に構えている時ではなくなるぞ、今度はフィア王女まで担ぎ出して、聖王都にも競技場を造るようだぞ。フィア王女とくればあのユーディーも動き出す。下手に手を出して目を付けられればただでは済まんぞ」


“傑女”や“鉄女”と敵味方に恐れられるパル・ポタス公爵領主をわざわざ好き好んで相手にする者はいない。

現宰相でさえ相手にするのを嫌がるほどだ。


「はあ、確かにあの鉄女が相手となると厄介ですが、政治の力ではどうですかな。いざとなれば組みやすき方を相手どればいくらでも抑えは効くでしょう」


これはユーディーではなく、その庇護下のフィア王女を指している。


「ここまで計算が狂わされてもまだそこまでの自信があるならかまわんが、くれぐれもこちらの動きを悟られぬようにな」


「もちろんそれは重々に承知していますとも。我らの目的が成されるのであれば、些細な障がいに過ぎません。それを成し得た暁には“カインズ王子”なり、“パラス王子”を戴冠させていただいて結構ですので」


“カインズ第2王子”、“パラス第3王子”はともに世間一般的にはシュナイト第1王子に及ばないとされる。

実際、二人は宮殿の外に出ることはあまり聞かれず、役職もそれほど大事な立場には就いていない。

バルトロ司教側にとってはどちらがなろうと、恩が着せられればそれで良いのである。


「ああ、そのつもりだ。最終的にどちらに肩入れするかは大公閣下次第だがな。いずれにせよ、シュナイト王子は退場してもらうとしよう」


そう最終的には積極的に政治的な動きを見せ、それなりの結果を残してきた第1王子は御しがたいものとして判断したサン・ムリア大公領主ユーバー・ファル・ネーメンの派閥、ネーメン派と将来の聖王との癒着を目論むセテファン大司教派の判断が、シュナイト第1王子の排除であった。


「そのためにはやはり聖ブラームスの祭典を成功さなければなりますまい。急ぎそちらの準備を進め、確実に実行できるよう運びますかな」


「ああ、必ずやそうしてくれ。こちらでも大森林を探ってみよう」


そう言って誰もいないはずの部屋で二人は握手を交わした。


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