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87 目$の女

サモンはユーディー(聖王国“パル・ポタス”領主 “ユーデリア・ブラウ・ニッツ”公爵)との和解の後、具体的な聖王国リーグ及び製紙工房の話を進めた。

聖王国リーグの競技場は、聖都“エル・グラード”とその西のシー・ガルに予定地を確保することが決まっているというので、準備出来次第始めることとなった。

製紙工房については、この場にユーディーがいるためではないが、良質な水や材料となる木々が豊富であるということもあり、かつ人を確保できるという点が理由で、リ・ニーザ川の上流にあるパル・ポタスが妥当であるとの判断したようだ。

そのパル・ポタスであるが、南北のちょうど中間点に位置し、聖王国にも近く、今後交易の要所となる可能性が高い場所となる。

現在はリ・ニーザ川沿いの平野部であること、エスタやド・ワイネの森などにも比較的近いことなどからアレクサの街と似た冒険者の街であった。

そのため人はいるが、これといった産業が発達してきておらず、田舎の大きな街といった位置づけであった。

ようは人と土地が余っている状態なのだ。

そのような状況なのでまさに新しい産業を興すにはうってつけな土地であるともいえたのだ。

そんな話をしていると、新たな来客となった。


ドアが開き、一人のオドオドした感じの女が入ってきた。

見ればサモンも一度見た顔であった。

だが、そのときの面影よりもやややつれた様子であった。


「お招きにあずかりましたフローシュ商会の“マージュ”と申します。本日はシュナイト第一皇子のご尊顔を拝し奉りありがたき幸せにございます」


深く腰を折り、そのままの姿勢で挨拶をする。


“ふ~ん、フローシュ商会をこの場にねえ”


先日のカルク・レークの件などでフローシュ商会の危うさを承知しているシュナイトであるはずである。

そうしたことを含め敢えて彼女を呼んだのであれば、何かしらの含みがあるのだろう。

サモンは面白そうに笑みを浮かべた。


「挨拶はいい、マージュ支店長、顔を上げてくれ。皆に紹介しよう。会った者もいるかもしれないが、こちらがフローシュ商会のマージュ支店長だ。製紙工房の準備を手伝ってもらおうと思っているが、どうだろうか?」


差も何でもないようにシュナイト自ら紹介をする。


“はあっ?”

マージュの心の声である。


それもそのはずマージュは、レン・シャファルへの脱出時にシュナイトの配下に長い間軟禁されていた。

その間、フローシュ商会と西方教会のつながりや商会の内情を尋問されていたのだ。

軟禁のため待遇は悪くはなかったが、実際に知らないことなど同じことを何度も聞かれつづけ、最近ではさすがに嫌気がさしてきたところであった。

たしかに支店があるだけに“レン・シャファル伯爵領主エーアト・ルフ・ボーデン候”や教区の“マラチン司教”などとは顔見知りであるが、聞かれたような銀や塩の取引などは知らないし、ましてや人身売買などもあずかり知らないことである。

支店長である以上店のことは隅まで掌握しているつもりだが、そのようなことは“毛”ほども思い当たることはなかった。

いや、その“毛”には思い当たるものもあったが……。

結局は知らないで通したのだが、たとえそれを告げてもそれ以上のことは知らないのだ。

そのため“サザムート”のことは忘れることにしたのだ。

“サザムート”のいったとおり、“商売だけしていればいい”との警告に従って。


そんな状況でいきなり呼びつけられ、またもや無意味な尋問かと思いきや、いつもと違う場所で場違いな面々が視界に入ったのだ。

しかも“製紙”という訳の分からぬ工房の準備を手伝えというのだ。

まさに“寝耳に水”であった。


「いいんじゃない」「お兄様がよろしければ」


同席しているサモンやフィアは同意し、ユーディーも言葉はないが頷いた。

その流れをマージュは唖然と見ているだけであった。


「そうか、同意してもらえてよかった。マージュ殿そういうことだ、よしなに頼む」


“えっ、えっ”


なぜかサラリと話が進んでいく様子にマージュはパニックである。

サモンやフィア、ユーディーへと順に助けを乞うかのように顔を向けていく。

そんなマージュを見かねてかサモンが助け舟を出す。

いくらなんでもこのままじゃ話が進まない。


「ただ、ちゃんと説明したほうがいいんじゃないかい? シュナイト、ひょっとして説明してないだろ?」


「いやさっき製紙工房の準備といったはずだが……?」


それなりに頭の回転が速いシュナイトからすれば説明したつもりなのかもしれないが、マージュはフローシュ商会の“商会”の面しか知らないのだから、諸事情には疎いのだ。

仕方なくサモンが説明役を買ってでる。


「マージュ支店長だっけ? 大枠の話だけれど……」


そういってサモンがマージュに説明し始めた。


聞き終えたマージュはすでに落ち着きを取り戻し、一度息を飲み尋ねた。


「ではサモン様の発明する道具を使って、つまりは紙の増産と安定化を図るということですね?」


「ああ、大枠はそうだね。ただ、俺はアイデアを出すだけで、苦労するのはうちの職人たちだけど」


「そういうことであれば喜んでご協力いたしますわ。それにここにはユーディー様もいらっしゃいますし、そのご了解もあるのであるとなれば成功が約束されたようなものです」


すでにこの頃にはマージュの目に$マークが浮かんでいた。

すでに商人モードであった。

ミーアもそうだが、商人とは皆そうなのだろうとサモンは一人思った。


「しかし、そなた、レン・シャファルの支店長であろう。商会内の立場的に大丈夫なのであろうな。パル・ポタスはそれなりに距離があろう」


話を向けられたユーディーが懸念を示す。


「はい、それでしたら今回の製紙工房設立を素直に報告し、パル・ポタスにはまだ支店はありませんので、その支店設置の担当に配置換えしてもいます。こんな儲け……、これほどの良い話であれば会頭も承諾してくれるはずでしょう」


マージュは一瞬、“サザムート”の顔が浮かび不安が顔をのぞかせた。

“サザムート”のような者達の横やりを警戒したのだ。

だがそれを振り払い商人モードで切り返した。

そんなマージュの言葉に間を開け、再びユーディーが尋ねる。


「それならば構わぬが、その後の協会なり組合の設立には各地のギルドとの折衝もあるが、そちで務まるかの?」


「その心配には及びません。商会は“パル・ポタス”以外の都市部に支店を置いてますので、大店のオニキス商会よりも手足が長いのが売りですので、各地の買い付けや卸の拠点は大陸一かと自負しておりますので、ご安心いただければと思います」


胸を張ってマージュは応えた。


確かにフローシュ商会は小規模ながらも聖王国、帝国の各地に最も多く支店を出しているのは事実である。

商会の目指す姿は、帝国のグラント商会や聖王国のオニキス商会を現代の百貨店や量販店のようなものだとすれば、コンビニエンスストアに近いのかもしれない。

まあ、最もその目的は商売以外だったりもするのだが、それだけに手足が長いのは確かだった。


「ならばよろしいでしょう。フィアもその方向でよろしいですね?」


言質は取ったとばかりにユーディーは頷き、終始微笑を浮かべて聞いていたフィアに話を向けた。


「はい、フローシュ商会に手伝っていただけるのであれば、協会の組織作りに専念できますし、心強いかと思いますわ」


フィアは変わらず微笑みながらそう応えた。


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