86 新たなる後継者
翌日サモンは、“アン・ガミル”の帰りの道すがら馬車に揺られてミーアと共にトンネルへと足を運んでみた。
トンネルの場所は街道からしばらくわき道を進んだ距離にあったが、そこまでの道も拡張され、馬車もすれ違えるほどとなっており見違えるようであった。
見違えるとはそのままで、山の地形そのものもが変わっている。
それなりに急峻な傾斜であったところが、トンネルまで区間ではほぼ見られず、今後のメンテナンスも考慮して危険個所はすべて吹き飛ばして緩やかにしたようだ。
トンネル自体は最終整備の最中だとの事らしいので、サモン達はその入り口までの見学となった。
これであれば交易にも十分利用できる立派な道であった。
「さすがにもう驚きはしませんが、ここまでの道やこの大きな穴、……トンネルでしたか、やはりサモンさんやニケさん達は素晴らしいお力をお持ちなのですね」
「まあ、俺がじゃなく、全部ニケ達がやったことなんだけどね」
「いえ、確かにニケさん達のお力でしょうが、その力をこのような方向へ導けるのはサモンさんだけですから。……これで憂いなく“カルス・レーク”との交易ができますね」
素直にニケ達シスターズのことを褒めてくれることは、自分を褒めてもらえることよりもうれしく思うサモンであった。
「そうだな、時間的にも半分くらいには短縮されたんじゃないか?」
「はい、“レン・シャファル”経由でなければ、警備や宿泊を入れると輸送費もだいぶ減らせますわ」
「ああ、そうすればラテックスの原価も抑えることができるし、嫌忌薬の流通もしやすくなるな」
この後トンネルの完成後、このトンネルの所有権は聖王国、“シャニッサ”、“アン・ガミル”、“カルス・レーク”の4者に平等にわたり管理されていくことになる。
トンネル自体、魔獣が出ないこともないわけではないので、その巡回やトンネル内の明かりは魔石を使うことから通行税を取ることになったが、通行税は馬車1両あたり銀貨2枚、人は銅貨1枚である。
それでも“レン・シャファル”を経由するよりは安全で早く、安く済むので、この街道はサモンの思惑通り西方から聖王都や南部方面への主要な交易路となっていく。
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サモン達はそんな寄り道をした後シャニッサに再び舞い戻った。
その日は宿を取り翌日に再びシュナイト第一皇子のいる王家別邸へと訪れた。
「“アン・ガミル”の帰り道に立ち寄ってみたけど、一応完成だね。もう今頃は使えるよ」
対面した早々にトンネルの話を切り出したシュナイトに、サモンはそう答えた。
「そうか、ならば一度行ってみたいものだな、そのトンネルというものを」
がぜん行く気になったシュナイトの様子を見てサモンは、今は明かりがないことを伝え、今後の維持管理の話を説明し、シュナイトはそれぞれの領主と調整をして進めることを約束した。
そんな話に時間を費やしているとドアからノックが聞こえ、執事が来賓を告げた。
「おっと、フィアを呼んでいるんだった。サモン殿、昨日フィアが着いたばかりでね、さっき君が来た時に呼んであったんだ」
シュナイトがそう言うとドアが開き、背の高さに似合わないまだ幼さが残る顔立ちだの女性が立っていた。
その“フィア第1皇女“がススっと部屋に入ると続いて、フィアよりも背が高く体格がしっかりした女性も入ってきた。
“これが例の?”
サモンにそう思わせるだけの雰囲気を漂わせている女性だった。
しっかりはしているが全体的に線は細い感じのフィアに対して、スレンダーだが筋肉質で女性のボディービルダーのような腕が半袖のシャツから覗いていた。
服装もフィアのドレスに対して、男装のようなパンツスーツだ
胸の主張がなければ、どこかの美男な貴族にしか見えないだろう。
サモンを指すような眼光を除けば。
「初めまして、フィア・アテイト・シュタインと申します。いつも兄様がお世話になっているようで、今後も“お見捨てにならず”お相手してくだされるようお願いいたします」
フィアは軽くスカートを摘まみ上げ会釈する。
手慣れた動作は一部の隙もないほどのスマートさだ。
「おいおい、“お見捨てにならず”とは心外だな」
シュナイトは苦笑しながら抗議の声を上げた。
「いや、こちらこそ一国の王子を捕まえて利用させてもらっている。世話になっているのはこちらのほうだから、気にせずこちらのほうもよろしく」
ついサモンも堂々と利用していると口が軽くなったが、そこは軽い冗談だと受け取ってもらえたのだろう、シュナイトもフィアも軽く笑い、受け流したようだ。
続いてフィアが後ろの人物を指して紹介をしだす。
「こちらは“パル・ポタス”の領主となる“ユーデリア・ブラウ・ニッツ”公爵代理です」
そう言われ、紹介された“ユーデリア・ブラウ・ニッツ”公爵代理ことユーディーは軽く会釈をし、自らを名乗る。
「お初にお目にかかる。鋼の大森林の主とは鎧姿でまみえると思っていましたが、このような形でお会いすることとなり、誠に残念……、いえ、失礼となりますが、“フィア第1皇女“がこの度大役を任されることとなり、その後援者でもあるわたくしもご挨拶をせねばなるまいとご同行を願い出たところです。何卒よしなに」
本音を思わず口走ったが、それを悪びれずに堂々とサモンの目を見て、挨拶を終えた。
その眼は力強く、これが街中であれば腰の剣で切りかかってきそうな圧をサモンは感じていた。
「ああ、こちらこそよろしく。……ところで公爵、我慢はしなくていいんだよ」
サモンの何気ない一言にシュナイトやミーアはハッと息を飲み、ユーディー片目を細めた。
例の因縁をサモン自ら煽ったのだ。
「それは、ご許可頂いたということで……」
ニヤリとユーディーは頬の筋肉をヒクつかせ、手を剣に滑らせる。
「いやいや、そうじゃ……」
シュナイトの否定をサモンが手を挙げて制止する。
「いつまでも引きずっていてもしょうがないしね。気が済むまでやればいいさ。フィアさん、話はその後でもいいだろ?」
それまで妙に達観していたフィア王女は“コクン”と頷き、了承の意思を示す。
シュナイトはその様子を見てアワアワしていたが、観念して外でやってくれという始末。
そのままユーディーを先頭に、サモンが他は中で待っているように言い残して続いていった。
結果、王家別邸の広い庭ではユーディーが大の字に倒れ、泣いていた。
戦いはいくら何でも王家別邸であるため、大規模な魔法はなしという条件で始まった。
だが戦うといってもやはり所詮ニケの前ではどんな強者でもただの人にしか過ぎない。
ニケが棒立ちでいても傷つけることは不可能だ。
恐らく物理的にニケの装甲を傷つける物はこの世界にないかもしれない。
ユーディーは自身に強化魔法でもかけているのであろう、目はギラつき、血管を浮き上がらせ、ものすごい形相で剣を構えた。
しかしその剣は打ち込んでは跳ね返されることを繰り返し、様々な箇所を切りつけていたがすべて跳ね返された。
由緒ありそうな立派な剣は刃こぼれをおこしボロボロになり、最後には力尽きて半ばから折れ、それと同時にユーディーが大の字に倒れ、嗚咽を間らし始めた。
そして何人かの名前を呼んだあと、“ごめん……”と呟いた。
サモンはその光景を静かに見守ったが、しばらくしてニケに合図を送り、声もかけずにシュナイト達のいる部屋へと戻っていった。
ドアを開けると無言で沈んだ様子のシュナイト達が出迎えた。
恐らくどこかで見ていたのだろう。
珍しく押し黙ったままだった。
「なあに公爵なら心配はないよ、攻撃はしていないのだから」
「ああ、それはわかっている。ただ君にも嫌な思いをさせてしまったし、公爵にも……」
サモン達と何事もなかったように会話をするシュナイト達が、恐らくユーディーの目には裏切り者に映っているのだろうと言いたいのだろう。
「まあ、そうかもしれないな。……だからといって時間が戻るわけでもない。償う気もこちらはないしね。公爵もそれはわかっているのさ、どうにもならないことはね。ただ、何かの区切りを着けたいだけなのさ、区切りをね」
サモンは以前シャニッサで初めてイオに出会い、同様に勝負をした時のことを寂しそうに思い出していた。
そんな話をしているとやがてユーディーが戻ってきた。
だがユーディーの姿にサモン以外が息を飲み、さすがのシュナイトも額に手を当てた。
それまで結い上げていた髪はおろし、パンツスーツではなく公爵夫人らしいゆったりしたドレス姿となって現れたのだ。
もちろんその腰には寸鉄も帯びていない。
ユーディーは再度サモンの前に立って深く腰を折り、再度挨拶を述べた。
「改めましてご挨拶を申し上げる。聖王国“パル・ポタス”領主 “ユーデリア・ブラウ・ニッツ”公爵と申します。鋼の大森林の主サモン様においては、今後ともシュナイト第一皇子、フィア第1皇女ともにお力添えをしていただきますよう何卒お願い申し上げます」
その挨拶には、”代理“が取れていたことにシュナイトやサモンは気がついた。
そこにはユーディーが過去と決別し、新たな聖王国の重鎮となっていく“鉄女ユーディー”の決意が見て取れたのだった。
この日を境にユーディーは、公爵を継ぐことを正式に願い出ていくことになる。




