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85 行きはよいよい、帰りはこわい

数日後、サモンはシャニッサのシュナイト第一皇子を訪ねた。

初めはシャニッサの協会を訪ねたのだが、その日は新しく建てられた王家別邸に居るとのことでそちらを訪れていた。


「へぇ~、“エクサハラマ(六道聖)”に“カリス(聖杯)”ね。一応、ザラタン(司祭)からは報告が来てたけど。“エクサハラマ(六道聖)”なんてものが存在していたとはね。でもわざわざこちらまで出向いたってことは報告だけってわけじゃないんだよね?」


シュナイトはサモンよりカルス・レークの一件を聞かされ、何やら思うところがあったようだ。


「まあ、そのためにってわけではないけどね。一つ道を作りたいんだ。作るといってもすでにある道の拡張ってレベルだけど」


リ・ニーザ川沿いの山道の改造計画をサモンはシュナイトに伝える。

初めシュナイトは不思議そうな表情でいたが、それがどんな効果をもたらすのか悟ったように頷いた。


「承知したよ。国のほうにはこちらで承認したことを伝えておくよ」


「察しがいいね、こちらの動きを読むなんて」


「いや、さすがにそちらのやり方に慣れてきただけさ。“カルス・レーク” “レン・シャファル” “西方教会”とくれば、サモン殿の言う“効率”を考えれば、“レン・シャファル”の力そのものを弱体化させ、“ラテックス”の運搬を考えれば、“カルス・レーク”への近道、つまりはリ・ニーザ川沿いにある道の整備かな……と」


ほぼ狙いを読み取った回答であったことにサモンは喜んだ。

しかもこの聖王国内の流通路さえも変えてしまう話にシュナイトは反対どころか、歓迎している節もあった。


「ああ、その筋書きで間違いはないよ。まあ、建前としては軍の移動なんかもつけ足してもいい」


「ふふ、さすがにサモン殿の前では言いにくかったけど、そうさせてもらうよ」


実際は軍の移動のためにその山道が必要かと問われれば怪しい。

実際ここ数年帝国との小競り合いさえもなく、ロレンティア方面での戦闘もない。

終戦協定が結ばれた今、その心配も数年はないだろう。

それでも万一に備えて“行軍“に必要な道という建前があれば反対しづらいものであろう。


「では話は通したということで、早々に始めるよ」


「ああ、わかった。……それと聖王国の協会は、正式に“フィア(第1皇女)“が中心になって立ち上げることとなったよ。その挨拶にこちらに来るようだ。恐らく1週間後くらいになるだろう」


シュナイトの報告は少しサモンを不安にさせるものであった。

“フィア第1皇女“といえば、先日の話し合いで聖王国側のリーグ創設にまつわる話に出てきた人物であり、その後ろ盾が大森林に少なからずとも遺恨のある“鉄女ユーディー”こと、ユーディー公爵代理だ。

“フィア第1皇女“は問題ないとしても、“鉄女ユーディー”が人格者であることを願うばかりのサモンであった。


「そうか、気が早いな。わかった、そのぐらいまでにはこちらに戻ってくるよ」


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シュナイトの会談の二日後、サモンはさらに北上しアン・ガミルへと移動していた。


「そうですか、“カルス・レーク”までの道ができれば、この“アン・ガミル”にもだいぶ恩恵がありますね」


ミーアは応接室で久しぶりにサモンとの対面を果たし、リ・ニーザ川沿いの山道改修計画を聞かされ、素直に感想を述べた。

リ・ニーザ川沿いに大きな街道ができれば、交易路の中心はアン・ガミルに移り、街も大きく潤う。

ミーア達、エイワード商会にとっても“カルス・レーク”への安全な道が短縮されたとなれば運搬費の削減につながるのだ。


「まあ、そういうことだね。恐らく明日には“トンネル”自体は完成していると思うよ」


そう、サモンの言葉通りすでに山道の危険な箇所へのトンネル工事は着手済みだ。

シスターズを総動員して開始している。

あの山道自体それほど利用者もおらず、人気はないので気にせずシスターズの能力を全開で作業を進められた。

バルモディアの洞窟で試行済みではあったので、準備のほうは万端であとは実行するのみであった。

崩落や魔獣の出没箇所などの危険地帯は山岳地帯5kmの部分なのでおよそ10 kmほどのトンネル区間を設けることになると報告が来ていた。


「そんなに早く……。まあ、ニケさん達がされるのであればそうかもしれませんね」


ミーアは、サモンの後ろに立つニケに視線を移してつぶやいた。


「ところで、紙の生産はシュナイトと話して、他の商会に振ることになったけれど構わないよね」


一応、商売になることには貪欲なミーアには気を使いサモンは尋ねてみた。

サモンにしては珍しくご機嫌取りをしてみたわけだ。

まあ、そのことで機嫌を損なうことはないと踏んでの問であったが。


「そうですね、あまり欲張るのも敵が増えるだけですし、まずはラテックスや嫌忌薬を軌道に乗せることが一番ですわ」


ミーアの言葉通り、彼女にとっても、商会にとってもまずはこの二つの商品を軌道に乗せることが最優先であった。

なぜこの二つの商品にこだわるのかというと、大森林やサモンとのつながりを優先しているともいえるが、ミーアはその先を見ているのかもしれない。


ラテックスや嫌忌薬は従来の素材を掛け合わせただけだが、新しい加工技術によって生み出されるものである。

従来この世界において加工品というのは、ワーフなどの職人による専門性の高いものであった。

だがラテックスや嫌忌薬のような商品は生産方法さえ確立してしまえば、自分達で生み出すことのできる商品であり、商売に新たな業態を生み出す可能性を秘めたものであるからだ。

そのようなこともあり、ミーアはラテックスや嫌忌薬に賭けているのかもしれない。


「ああ、そう言ってもらえると助かるよ。それと聖王国側のリーグ立ち上げは“フィア第1皇女“が中心になることが決まったとシュナイトから聞いたよ」


「まあ、フィア様がですか……」


ミーアは“フィア第1皇女“の名前に表情を緩めた後に、今度は眉をひそめた。

その表情の移り変わりにサモンは気がついた。


「ミーアも知っている人物かい? それともその後ろ盾かい?」


「後ろ盾? ああ、ユーディー様ですね。そうですね、どちらかというとユーディー様ならば何度かお会いしたことがありますね」


帝国との取引に重きを置いているエイワード商会とはいえ、支店を置かないだけで当然聖王国内にも顧客は多い。


「へぇ~、さすが商会のお嬢さんは違うね」


「まあ、商会としていくらかは取引がありますので、懇意にしているわけではありませんわ。……となると、そのユーディー様も絡んでくると?」


「そうなるだろうね。なにやら大森林に恨みを持っているようだから、あまり顔を合わせたくはないけどね」


サモンも事情を知っているようなので、”フフフ“と苦笑を漏らし、ミーアは簡単な情報を口にした。


「確かにその当時は大森林への復讐戦を何度も嘆願していたほど、お怒りだったとお聞きしましたけれど、今は内政のほうに専念しているご様子でしたわ」


「そのまま内に籠ってくれればいいんだけれどね。どうやら“フィア第1皇女“がシャニッサにむかっているらしくて、これから帰りに会うことになりそうなんだ」


「まあ、ではユーディー様も?」


ミーアは、珍しく先ほどから嫌そうな表情が時折現れるサモンの顔の理由がやっと理解できた。


「そこまでの話は聞いていないけれど、そうなりそうだよね」


サモンの面倒臭がりの性格を知っているミーアにとってそれは少し愉快にも思えた。


「フフフ、珍しく弱気ですね。恨んでいるとはいえ、フィア様が挨拶にいらっしゃるのであれば、その場を乱すような方ではございませんわ。その後はわかりませんけれど。……シュナイト殿下もおられるのであれば、誉れに高いユーディー様ですから無茶はなさいませんわ」


「まあ、そう願うよ」


心底嫌そうな様子にさすがに哀れに思ったのか、ミーアもわずかながらの協力を申し出た。


「でしたら少し早めですが、大森林まで私もご一緒しますわ」


ミーアは帝国への商談を予定していたので、少し早めに予定を繰り上げ、同行してくれるのだという。

別にミーアがいたところでどうにかなるわけではないだろうが、それでもサモンとしても味方が増えれば、気持ち的にはプラスに働くのかもしれない。

そんなわけでシャニッサの帰りには、連れが増えたのだった。


今週の更新は、この話のみとなります。

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