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84 トンネルの使い道

ミリスとサモンが朝からバルモディアの洞窟へと探索に入ってから時間が経ち、すでに陽が傾きかけてきた。

洞窟の前には衛兵のようにシスターズが岩のように動きもせず立っているだけだが、常に幾人かの冒険者が様子を見に来てたりと洞窟前はせわしない様子だった。

それも時間が経つにつれて、人数も増えるなどだんだんと緊張感が増してきていた。


そんなとき、前触れもなくカペラの名札を付けたシスターズが洞窟入口に姿を現し、ミリスやサモンが現れた。

するとそれまでの緊張感は吹き飛び、にわかにその場は活気づきだす。


特に成果といえる成果もなしに戻ってきたサモンとミリスは、申し訳なさそうに第一声を上げる。


「皆、長らく待たせた。先に結論から言おう」


ミリスはそう切り出し、ブランピー(ブランピル・マール)の巣があったこと、“もぐら(仮)”なる天敵がいたこと、巣がエスタの森近くまで伸びていたことを明かし、最終的には途中からの穴はすべて崩してきたことを語った。

固唾を飲んで静かに説明を聞いていた冒険者であったが、やはり中には“自分達の獲物だったのに”などつい本音を漏らす者もいたようだが、おおむねベテランの冒険者からはその対処は支持されて黙殺されたようだった。


こうしてドース達の初心者訓練に絡んだ“ブランピー討伐戦”は、不満の残る結果となったが、一応の終幕は迎えた。

唯一の収穫といえば、あの“もぐら(仮)”の存在であった。


結局あの“もぐら(仮)”の名前は、大きな爪を持ったネズミを表す“ストル・スピケル”となった。

元々“スピケル(森ネズミ)”と呼ばれる魔獣がおり、姿やサイズは違うが、顔がなんとなく似ているというだけでそのように決まった。

恐らく出会うことはないだろうが、ギルドとしてはしばらく注意喚起をしていくことぐらいだ。


概ね経緯やこれからの対応を話し終えるとミリスは、今回参加した冒険者達への報酬について触れた。

ドース達後方支援に参加した者達も含め、一定の基本報酬を出し、初日に洞窟に入った冒険者達にはブランピー3体分の報酬を支払うことを約束した。

結果ギルドマスターの判断による討伐中断ではあったが、その補填金としては大盤振る舞いだ。

そのため先ほどの不満も一気に消し飛び、歓喜に満ちる冒険者達だった。


こうして無事事後対応も決定し、準備できた者からこの場を去りだす。


ミリスが立ち去る者達を見送り、同様にその光景を眺めているサモンに話しかける。


「主殿、イハラホラ(針虫)の件については申し訳ありませんでした。何か思惑があったようですが、ギルドの判断を優先していただきありがとうございました」


「いや、別にミリスが気に病む必要はないよ。ただイハラホラ(針虫)とかいうのを家畜化できないかなと思っただけだから」


「家畜化ですか?」


普通に考えて、人に慣れる魔獣は限られるし、家畜になるものはまず聞いたことがない。

家畜になるとしたら、それは魔素を持たない獣だけである。

そのような理由で、明らかに魔獣であるイハラホラ(針虫)の家畜化を思いつく者は、まずこの世界にはいない。

身の前の変わり者を除いてだ。


「そう、希少鉱物を排泄するってことだったから飼いならせないかなと?」


「……はぁ、そうですか。さすが主殿、考えることが……。そうですね、主殿ならばもしかすると……」


一瞬間が空き、ミリスは頭を抱えながら笑いを堪えているように口に手を当てる。

ミリスの知っている家畜といえば、道産子のようにがっしりした“ヘスト(馬)”、ヘラジカのような角のある“ギー(山羊)”、水牛のような横にはみ出た角の“クー(牛)”であった。

それらとB級クラスの冒険者がやっと相手にできる“イハラホラ(針虫)”を同列に扱うところが、どこかサモンらしいと呆れかえったのだった。


やがて引き上げる者の中に見知った顔を見つけ、サモンが声を掛けた。


「お、ドース。確かドースだったよねえ。」


引き上げる後方支援部隊の中にドースとその他の顔見知りを見つけ、サモンが駆け寄っていく。


「なんだ訓練で来てたのかい?いやあ、災難だったね。どうその後の調子は……」


気軽に話しかけるサモンに対して、すでにサモンやシスレイなど自分達をここまで連れてきた者達の力を理解してしまったドースやその仲間たちは唯々おどおどするばかりだ。

そんなドース達を尻目に突如後ろから脇を掴まれ持ち上げられるサモン。


「わっ、ちょ、ちょっと……」


そのままニケが元いた場所まで運び去っていく。

代わりにあとから来たミリスが、「早くいきな」と手で合図を送っていた。

恐らくミリスから邪魔者排除の指示が、カペラからニケに伝わったのだろう。

呆気にとられたドース達は何も言わずにただ頷きミリスの指示に従い去っていった。

こうして懐かしい顔ぶれとの再会などもあったりしてこの騒動は幕を閉じるのであった。


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「なんだずいぶん早いな。向こうはどうやら空振りだったようだな」


大陸協会の執務室でケイバンが朝からの来訪者に告げる。

そこにはニケを伴ったサモンが挨拶代わりに軽く手を挙げたところだ。


「ああ、まあ、なんか面白そうなものが見つかるかなと思ってたんだけどね。ま、そのうちチャンスが来るさ。それより実験できたのは大きかったかな。むしろそっちが本命だったのだけれどね」


「ん、聞いたぞ。ニケ殿に穴掘りさせたって。それが確かめたかったことなのか?」


「ああ、俺の世界ではトンネルっていって、大概は山に穴掘って向こうとこちらを一本の道でつなげるんだよ。それで交通の利便性を上げるんだけどね。それがこちらでもできるかなって」


サモンの本音としては、そのついでがイハラホラ(針虫)の捕獲であった。


「ほう、随分大それたことをしているんだな。お前さんの世界は」


「まあ、そうだね。言われてみればすごいことだよね」


実際自分でも(掘ったのはニケ達だったが)次元の違う方法でやってみても一筋縄ではいかなかったことから、現代のシールド工法などのハイテクでやったとしても途方もないことだというのが実感できた。

まさしく星とのガチンコという感じだ。


「まあ、こちらでは誰もそんなこと思いつかないし、魔法を使ってもできないだろうさ」


「まあ、そうだろうね。こっちの世界も土の中はやはり断層だらけのようだし」


実際“もぐら改めストル・スピケル”達が掘った穴には、いたるところに断層らしき場所や硬い岩盤や崩れやすい地層などがみられた。


「断層? なんだそりゃ」


さすがのケイバンも断層のことまでは知らなかったらしい。

いや、恐らくこの世界で地層のことまで気にかけている者はおるまい。

ドワーフでさえ自分達で穴を掘ることはしない。

彼らは何らかの魔獣の巣穴を利用しているにすぎない。

だから大森林のドワーフは地上で暮らしているのだ。

わざわざ穴を掘って生活などしていない。


「山の中も土の中も大きな視点で見ると切れ目が入っていて、柔らかい土や硬い岩でできた層が入り混じっているってことさ」


「ああ、時折崖なんかで見える縞になった岩肌とかか?」


「そうだね。そうゆうのがあるから硬い岩盤なんかはちょっとやそっとじゃ砕けないし、反対にすごく脆い部分もあるんだ。それに水を大量に含んでいる層とかね」


「ああ、鉱山とかでもそういう話は聞くな。岩の割れ目から湧き出す水は俺達冒険者にとってはまさしく命の水だがな」


基本冒険者が野宿をすることが多いので新鮮な水を確保することは重要ポイントだ。

それが生死を分けるときもあるので、自作のマップを作って持ち歩くものもいるらしい。

ただ洞窟内で噴き出す水の勢いは、時には何トンという水圧で襲いかかってくるときもある。


「まあ、場合によってはそれが洪水並みの勢いで噴出してくるんだよ。そういうのがこちらの世界も一緒かなっていうのと、同じだった場合の対処法を実験したかったのさ」


「そりゃ、ご苦労だったな。で結果は?」


「一応対処方法は問題なかったよ。これで少しは楽になるかな」


ケイバンには少し引っ掛かった物言いに聞こえた。


「なんだ、そんなものどこに作ろうとしているんだ?」


そう、サモンは“何のため”にそんなことをしていたのかだ。

その答えは珍しく素直にサモンは告げた。


「アン・ガミルとカルス・レーク間の山道の代わりかな」


「な、……あのリ・ニーザ川沿いにある山か」


そうケイバン自身も訪れたカルス・レークとアン・ガミルを繋げるというのだ。

実際に訪れた際は川をサモンの船で往復したが、帰りに改めて見たが途中には急峻な山が立ちはだかり、とてもまともな道を作ることはできないと思っていたが、サモンはそこに“トンネル”を作ろうとしているのだ。


「ああ、あそこに作る」


「確かにあそこに道を作ればラテックスの運搬がかなり楽にはなるが、それだけのために?」


“どうも素直すぎる”


妙に素直なサモンの受け答えにその先があるとケイバンは勘ぐった。


「まあ、本命はラテックスの運搬効率だけど、もう一つの効果があるのさ」


そういってサモンは、ニケに指示してホログラムでマップを出してもらう。

サモンはマップ上のカルス・レークを指さし、そこから一直線にアン・ガミルに指先を移す。

つまり「ここにトンネルを作るぞ」ということらしい。

そしてその指先が次にシャニッサを指さすのかと思いきや、すぐ南のパル・ポタスを指さし、最後には聖都を指さした。

その時点で、ケイバンは驚きの顔を見せた。


「さすがケイバン。気づいたね」


“我が意を得たり”とニンマリするサモン。


「ああ、でも聖王国から文句は出なのか?古くからある西の古都と呼ばれる町が衰退することになるぞ」


そうサモンの狙いはラテックスの件もさることながら、西交易の動脈である“ロレンティア”、“レン・シャファル”間の交易路をつぶしてしまおうということらしい。

いや厳密に言えば、その途中にあるカルス・レークからトンネルで“アン・ガミル”につなげて交易路を変えてしまおうということらしい。

そうなれば聖王都までの交易路は恐らくアン・ガミル経由が主流となることは疑う余地はなかった。

その結果、レン・シャファルは訪れる者が減り、衰退していくことになるのは目に見えていた。

言い換えれば、これは怪しい動きのあるオブトレファー西方教会レン・シャファル司教区長バルトロへの牽制ともいえるサモンの意図した一撃であった。

サモンはシュナイトにも伝える予定であったので、もし文句が出てもシュナイトを担いでも良いと考えている。

実はこれと似たようなことは5年前にも起っている。

そう、5年前サモンが空から降ってきたときのことだ。

あれは過剰な魔素の流出を防ぐことが大きな目的だったが、東西交易の中枢ともいうべきアレクサ・シャニッサ間の交易の楔にもなり、副産物として経済的疲弊をもたらしたのだ。

交易のヘソともいうべき荒野”アンファング”を抑えられたことにより両国は国力そのものに打撃を受け、力で抗えない両国は大森林を認めないわけにはいかなくなったのだ。


「まあ、文句はあるかもね。だけどその効果を無視することはできないんじゃないかな」


そうトンネルによる距離の短縮は大きな利益を生む。

これに目を付けない商人はいない。

またそれは商人だけではなく、軍の移動もこれまたしかりだ。


「それはそうだが……、まったくお前さんって奴は、とんでもないことを考えるな。これがお前さんの言っていた“経済戦争”というやつか?」


ケイバンの問いに対して、サモンは大きく一息つき得意そうに言い放つ。


「ま、その一つではあるかな。これで“レン・シャファル”で仰け反っている奴らを叩き起こしてやるさ」


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