83 これも冒険
「いや、せっかく来たのだから別の穴を使っていけるところまで行ってみようか」
そういってサモンは小さめの別の穴を辿ることにした。
まずはこの場にシスターズの“マァグリ”を留め置き、その他を先行させ、その後をカペラ・ミリス・サモン・ニケの順で追従した。
進みだすとやはり小さめの穴は曲がりくねっており、推測ではあったがどうやら脆い地盤を避けているような雰囲気があった。
そのため分岐があればそれぞれシスターズを探索に送り、エスタの森方面に向かう方向を選んで進んだ。
300mほど進むと先行したシスターズのタルサから生体反応の報告が入った。
場所はサモン達とは違う、大きな穴のほうからとのことだ。
その報告を聞いたサモンはすぐにその反応の正体を確認するよう指示を出す。
しかしそれには一度大きい穴、本坑に戻らねばならない。
タルサ達はすぐに周りの穴の状況を調べ、本坑に戻れるように動き出す。
そのようにして、しばし時間をおいて本坑に戻ったサモン達。
先ほどの反応があった場所近くまで来ると、未だに反応は残っていた。
気づかれないよう情報収集を図るように指示を出すサモン。
やがて送られてきたデータをミリスにもわかるようニケにホログラムで映し出してもらう。
「ん~?」
「ほう」
ミリスも、サモンも別の反応だ。
意外にも初めて見るような反応はミリスであり、サモンは納得したような反応だった。
「ミリスは見たことがないのかい?」
「はい、地中でこのような歪な魔獣は初めてのような気がします。話にも聞いたことがありません、こんな奴は。主殿はご存じで?」
「まあ、似たような感じかな。もちろん俺が知っているのはこんな小さなかわいい奴だけど」
サモンは目の前で手を広げて20㎝ほどの幅を示した。
「“もぐら”っていうのだけれど、こいつは鼻も短いし、手と爪がやたらデカいな。手だけでも体半分の大きさはあるんじゃないか?」
サモンの指摘通り、その“もぐら”の前足は異様にでかく、後ろ脚は小さい。
「ええ、そうですね。でも土の中を掘り進むには都合がいいのかもしれませんね。後ろ脚もとても立ち上げるためのものとは思えないぐらい短いですし」
「で、周りに転がっている残骸が、ブランピー(ブランピル・マール)かい?」
そのホログラムは“もぐら”のような魔獣だけでなく、そのまわりの本坑内の様子まで再現され、蟻の足を大きくしたような棒が何本か散らばっていた。
「おそらくブランピーで間違いないですね。ブランピーを捕食しているように見えますが」
「まあ、そうだろね。俺が知っている“もぐら”ってのは、虫を食べるのかは知らないけれど、肉食ではあるから可能性は高いと思うよ。」
サモンは現代で知っている“もぐら”の習性を記憶から掘り起こしたが、動物学者でもないサモンにはそのぐらいの情報しか持ち合わせていなかった。
「そうですか。……では、今後も考えて一応始末しておきます」
「地上に出たときのことを考えているのなら、その可能性は低いかもよ。もし“もぐら”と同じ習性なら地上に出ることはないと思うんだ、この体型だしね」
サモンは映し出された魔獣の後ろ脚の部分を指さして、なぜか残念そうに告げた。
確かにミリスもその後ろ脚の短さを見て納得した。
落ち着いて考えればこの後ろ足と前足の大きさを考えれば、地上に出ると動きにくいことは想像できる。
「では、どうします?」
「そうだね、しばらく眠っていてもらおうか。……ブランピーを捕食しているのであれば、こちらの味方?ってことだろう? ブランピーを減らしてくれるならそのまま放置でいいんじゃない?」
「確かにそうですね。こちらに害はないのであれば、そのままにしてギルドからの周知にとどめておきましょう」
ミリスも放置に納得したことで、サモンは“もぐら”を眠らせるようシスターズに指示を出し、さっそく実行に移った。
食事に夢中な魔獣“もぐら(仮)”は、あっさりとシスターズに眠らされ、いや、直接脳に振動を起こさせるような高出力のマイクロ波で気絶させられた。
早速サモン達が近寄るとその巨体はこの本坑の主だというのがわかる。
まさに丁度良い穴の大きさなのだ。
手を見ればこの穴も容易に掘り進めることができるほどの大きさと硬さを確認できた。
その硬さはミスリル並みに硬いのではとミリスも言っていた。
それと売れば1年以上は遊んで暮らせるとも……。
そんな“もぐら”を横目にその周りに散らばるブランピーの残骸。
ミリスが一つ拾い上げ、真剣な目つきで調べている。
「色や硬さといい、ブランピーで間違いないですね」
「そうか、ということはブランピーが巣穴の拡大をしていたところを “もぐら(仮)”が強襲してきて、慌てて巣に戻ったってところか」
「はい、そのようですね」
「まあ、とりあえず正体が知れて良かったじゃないか」
「それはそうですけれど、できれば群れの規模くらいは掴んでおきたいところですね」
「ああ、わかった。もう少し進んでみようか」
こうしてこの先の探索にサモンが同意し、さらに先に進むことになった。
すでに歩き始めて“もぐら(仮)”のいる場所からは離れたが、そこから先はブランピー達の穴、つまり少し小さめの穴だ。
先ほどと同じように曲がりくねっていた。
やがて500mほど進むと、再度タルサから生体反応の報告が入る。
そこから穴の大きさが広がりだし、その先に多くの反応があるとのことだ。
反応している数だけでも50体以上とのことだ。
「斥候で掴んだ数で50となると、その5倍は居そうですね。これは思った以上に大きな群れかもしれません。穴の大きさや数を考えるとずいぶん古い群れなのでしょう。前に出会った群れはここまでの規模ではありませんでした」
キャベリア山脈付近の討伐では、およそ100体の群れであったが、ここはその倍以上。
しかも地中深くに巣を作っており、脱出にも手間取るような状況だ。
さすがのミリスも帰還することまで考えるとこのまま討伐とはいかないようだ。
「まあ、その土地や条件で群れも大きくなったりするんじゃないかな。で、どうするんだい? たぶんニケ達ならいけると思うけれど」
もちろんニケ達シスターズを引き連れたサモンとしては、問題なく殲滅できると踏んでいる。
そうただ殲滅するだけならだ。
素材が必要なら転送すればいいだけだが、そうもいかないようだ。
「そうですね……、このまま引き返しましょう。規模もわかったことですし、地上の冒険者達の獲物をギルドマスターが横取りするのも苦情がきますしね。それに穴を崩せば、またしばらくは地上に出てくることもないでしょうし」
つまるところ地上に残してきた冒険者達の手柄を横取りになるとミリスは気にしているのだ。
それにあの“もぐら(仮)”の存在もある。
初めてその存在を知ったが、その天敵の生態もはっきりしていないため、無理にブランピーを狩って別の影響が出ることを危惧したのだ。
「ああ、わかった。ギルドとしての判断ならそれを尊重するよ。ま、イハラホラ(針虫)に出会えなかったのは心残りだけれど、仕方がない。またの機会だってことだね。」
「すみません、期待させてしまったようで」
結局はイハラホラ(針虫)の発見までには至らず、なぜかイハラホラ(針虫)に高い興味を示すサモンには申し訳ない気持ちがあった。
そのため声のトーンは低めだ。
「こんなこともあるさ、だから冒険なんだろ。じゃあ、穴の処理はシスターズに任せるとしようかな」
そんなあっさりとしたサモンの言葉を聞き、ミリスは苦笑交じりに滅多に見せない微笑みを見せたのだった。




