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82 サモンの実験

次の日、朝早くからバルモディアの洞窟の前には衛士のごとくマントとフードという出で立ちで佇んでいる者がいた。

それは大森林に住む者であればだれもが知っている姿である。


そのため遠巻きではあるが人だかりができていた。


立っているのが名札に“タルサ”と付いていることからシスターズだと一目でわかるが、特に説明もなく洞窟前に佇んでいることが、皆の関心を引いたのだ。

主であるサモンもこの討伐に付いてきていることから、ここにいることは不自然ではないが、洞窟前に陣取っていることが、皆を不安にさせたのだった。


「おい、一体どうなってんだ」


「あれって、シスターズだろ?」


「何か聞いてるか、おい」


この日も昨日と同じように洞窟の探索に入るのだと思っていた冒険者達は口々に囁き合うが、やがてサモンを先頭にミリスなども姿を現す。

「皆昨日はご苦労だった。昨日あれから主殿と話し合った結果、残念だがここは一旦封印することになった」


ミリスの突然の封印宣言に、どよめきが起こる。


「「ええっ~」」


「「なんでだよ~」」


そのどよめきが静まるのを待ってミリスは続けた。


「やる気になっている諸君に申し訳ない。昨夜あれから主殿と話した結果これ以上は危険だと判断した。危険というのはもちろん魔獣ではない。こちらも皆の実力は承知している。危険というのは気づいた者もいるだろうが、内部の壁がもろい構造となっている場所が多い。そのため崩れる可能性を見越してこのまま封印の判断をした」


ミリスが経緯を慣れない長いセリフで語る。

しかし、やはり不満なのだろう数人が野次り始めた。


「しかし、またいつ現れるかわからないのじゃないか?」


「奥には大きな群れがいるかもしれないんじゃないか?」


だがそんな野次も無視して、ミリスはそのまま続けた。


「穴が崩落すれば、転移魔法がなければ確実に死だ。たとえ結界があって圧死を免れても魔力切れで窒息するだろう。皆が考えていることは良くわかる。だが、明らかにリスクの高い場所へと送ることはギルドの長として進めることはできない。それにこれは確実ではないが第3の魔獣がいる可能性も出てきた……」


そう言ってミリスはサモン達との話で決まったことを説明した。


ひとつ、これから今日一杯、昨日の続きからミリス・サモン・シスターズ達が探索する。

ひとつ、洞窟最深部は封印する。

ひとつ、常時洞窟の監視依頼をギルドに出す。


以上の3つとともに今回の依頼料は割増しで支払うことをミリスは約束し、無事に暴動も起きずその場を収めた。


「さて、始めるか」


サモンはそういうと皆の前に進み出る。

周りを囲む皆を前に進み出るとおもむろに両腕を広げた。

すると何も前触れもなく4体のシスターズが姿を現した。

音もなく、すでに居たかのようにそこに佇んでいる。


「「「!?」」」


その夢でも見たかのような光景に誰もが息をのんだ。

冒険者の中には同じような光景を見た経験があるものも居たが、改めてサモンの意思に従う光景を目にしたものはいないからだ。

そしてその一連の行為の中には、魔素の気配を微塵にも感じることができないのだ。

周りにいる冒険者の中にはA級ランクを誇る者も多くいたが、そういう者達こそ魔術に長け、敏感な者も多い中、誰もサモンが何を成したか誰も理解できないのである。

できることは周りの者の顔をうかがい、自分だけが理解できていないことを確認するだけだった。


「じゃあ、行ってくるよ」


サモンは一度振り返り、まるで散歩にでも行くような口調で別れを告げ、そのままミリスを連れて洞窟へと入っていった。


-------------------------------------------------------------------------------------


「さて、姿を現していいよ」


サモンがそう告げると新たに5体のシスターズが姿を現した。

現れた4体は、それぞれ名札に“シティス”“ローゼ”“シュロ”“アースター”と書かれていた。

そしてミリスのそばには“カペラ”が。

先に現れたのは、“オランジュ”“アリストス”“アステ-”“マァグリ”。

洞窟入口にはその中の“マァグリ”を衛士として残してある。

これは好奇心旺盛な対侵入者用と通信を確保するためだ。

実際前日に洞窟を探査してみて、思いのほか通信を阻害されることがわかっていた。

そのため前日は無理をすることを避けたわけだが、今回はシスターズも呼んであるため、退路は確保できる。

何よりも最悪の状況になっても周りを巻き込まず、ニケ達の力が解放できる状況であるほうがいい。

それならばたとえ通信ができずとも、シスターズなら自力で地上に出ることも可能だった。

そうした理由もあり、“カペラ”が常につき従っているミリスを連れてきたのだった。

それにこの世界の知識に乏しいサモンでは、何か発見した時に対処が遅れる場合も考えてのことだった。


「じゃあ、始めるか。ニケ、頼むよ」


「了解です。配置に付きます」


するとニケ達は、サモンミリスの前後に間隔を空けて2列に並び隊列を作った。


「ミリス、この隊列で昨日の所まで行くよ。シールドも張っているから何か来ても過激に反応することはしなくていいよ。ニケ達が対応してくれるから」


「はい、わかりました」


こうしてサモン達は隊列を組んで洞窟内を突き進んだ。

相変わらずブランピー(ブランピル・マール)やイハラホラ(針虫)の気配はなく、順調に前日の探索最終地点までたどり着くことができた。

ちなみにここにたどり着くまでに中継としてシスターズの“アステ-”を途中に配置してある。


「さて、ここからエリスの森に向かって“シティス”達4名で探索をしてもらう。まあ、いけるところまでだけどね」


「はい、それでもいないということになれば、ひょっとするとこの辺りにはもういないのかもしれませんね」


「まあ、そういうことになるね。でもその前にっと。……ニケ、予定通りお願い」


サモンの言葉にニケはいちいち頷きはしないが、他のシスターズ達がそれぞれ別の方向を向き、手をかざす。

目に見えて何かをしているわけではないが、なにかしら障壁を張っていることはミリスのこれまでの経験から理解できた。


「了解です。障壁展開、まずは50mでテストを行います。対象範囲固定、次元中継転送を開始します」


ニケがそう言うと、今度はニケが右腕を前方に延ばして掌をかざした。


わずかに甲高い音がして、前方の穴があった場所が僅かに歪んだ。

そしてそこはすぐに穴となっていた。

そう“穴”だ、大きな“穴”となっていた。

元あった洞窟が拡がっていたのだ。


その光景にミリスは息を飲む。

広範囲の物質を丸ごと転送してのけたニケの荒業を、あらかじめ聞いておきながらもその光景に驚いたのだ。


「ん、どうにか大丈夫みたい……、じゃないかな?」


サモンが安堵した途端、空いた穴の奥で崩れる音がした。


「やはり壁の周りを固めながら出ないと無理か」


ミリスも事前に説明された話では、恐らく掘ったそばから崩れるであろうことは聞いていた。

まずは最初にその実験を行うことも。

そのために50mほどの距離で行ったのだ。

結果は半分ほど崩れたが転送には成功したのだ。


「やはり場所によっては脆いか。じゃあ、ニケ、次元転換転送を試してみて」


「了解です。次元転換転送を開始します。対象範囲固定、ラグは0.01秒単位で行います」


先ほどと同様にニケが手をかざす。

そしてやはり同様にわずかに甲高い音がしたが、元々穴が開いていたので、ミリスには中の様子がわからない。

だが目を凝らしてみると壁面はわずかに光を反射していた。

壁面が金属に覆われていたのだ。


「主殿、これは?」


「ああ、さっきと同じように土を飛ばして、金属の管とすり替えたのさ」


サモンが言うには、同じ場所にあったものと別の所にあるものをすり替えたというのだ。


「このような大きなものを?」


直径が5mほどもある大きな管だ。

常識の範疇を越えていることだが、確かに土を転送できるならば、こちらに置き換えることも可能なのであろう。


「よし、よし。とりあえずこれでつぶされずに済みそうだ」


サモンは満足げに頷く。


「探索にこのような大掛かりな仕掛けをするんですか?」


「いや、あくまでも実験だよ。転移だけで済めばもっと先まで掘り進めたんだけれど、甘かったようだね。手間はかかるけど、壁面も同時にやっていかないといけないみたいだ」


初めの転移では半分崩れたこともそうだが、湧水も考えていかなければならない。

この洞窟はそれほどではないが、現代であればトンネル工事は地質や湧水、そして断層との戦いなのだ。


「確かに、これで安心して進めますけど、この先も続けますか?」


ここまでしっかりした作りであれば、探索も楽であろう。

ミリスとしては時間の許すかぎり進みたい気持ではあった。


「いや、少なくともこの工法でいけることがわかったから、これ以上は必要ないよ。さすがにこの管を無尽蔵に出すようなことは、難しいかな。事前に用意しないとね」


「では、探索はこれで終わり?」


「いや、せっかく来たのだから別の穴を使っていけるところまで行ってみようか」


無論、サモンもこのまま引き返すつもりはなかった。当初のイハラホラ(針虫)捕獲計画の望みは捨てていない。

シスターズも連れてきていることもあり、逃げ道は確保されている今、他の先の探索を拒む理由はない。


「はい、そうしていただけると来た甲斐があります」


そういってミリスは胸を撫で下ろした。


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