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81 ミリスの決断

サモン達がバルモディアの洞窟に着いたときには先発した討伐組も荷ほどきも終え、その到着を待っているようであった。

サモン達が馬車を降りたときには留守番組なども集まりだし、盛大に迎えられた。

洞窟の入り口からだいぶ離れた位置にベースキャンプを張ってはいるが、もう少し緊張感があってもいいんじゃないかと思うサモンであったが、ミリス曰く“長時間緊張してミスをされるよりはまだまし”とのこと。


討伐隊はそれぞれに準備を済ませ、やがてミリスが号令する。


「カザドール・ウーノ(狩人一番)のオマールはいるか!」


ミリスの声にいかにも戦士らしい体つきの男が前に進み出た。


「あ、こっちっす」


その体つきや風貌からは想像もつかない高めの声と軽い口調は妙なギャップはあるが、それでもA級の冒険者だ。


「お前たちに巣穴入口まで先導を頼みたい。そこからは私達が先行する」


「オッケーっす」


「その後にメサヘロ・バンクー(御使いの宴)・イフェルノ・ラーヨ(焔雷)・セニャレス・ボラドー(天翔ける兆し)の順で続け。おそらく巣に入れば複数の分岐がある可能性が高い。まずはゆっくりマッピングを行っていく。先に“ファ・モス(ヒカリゴケ)”を渡しておくからそれを落としていけ。ただし引き際は間違えるな。迷子を捜す暇はないからな。それと運悪くイハラホラ(針虫)に当たっても下がってこい。以上だ。ディア・スト・ローガ(我の魂は皆とともに)!」


「「ディア・スト・ローガ(我の魂は皆とともに)!」」


ミリスの掛け声に呼応した冒険者達の声は、あたりを揺るがすほどの熱量を感じさせた。


ディア・スト・ローガ(我の魂は皆とともに)という言葉は、こういう大掛かりな討伐のときなどに士気をあげるための掛け声のようなものだ。

それは皆の顔を引き締める魔法の言葉だ。

その場の空気を一瞬で変えた。


その様子に満足したかのようにミリスは頷き、オマールに目配せをした。

すぐにカザドール・ウーノ(狩人一番)が先導してミリスにサモン、その後にシスレィのモデナ達が続いて動き出す。


それはまるで戦に出る騎士団のよう整然とした動きであり、見ていた者までも熱い何かが込み上げてきたとドースは後に語る。


「どうするミリス、中に入ってしまえばニケ達で探査できるけど?」


サモンがミリスに人知れずに尋ねる。

するとミリスは身振りも加えて否定をした。


「いえ、ここは冒険者の領分です。彼らにも誇りはありますので、今は無用に願います。ここは見守っていただければ十分かと」


「ああ、承知した。ただシスターズは先行させてくれ。どちらにも気づかれないようにするから」


“わかりました”とだけミリスは頷きながら言った。


そして“ファ・モス(ヒカリゴケ)”を渡された冒険者達が続々と洞窟に入っていった。

洞窟に入った冒険者達の動きは速い。

初級レベルの洞窟であればなおさら早かった。

あっという間にミリス達先頭組は巣穴の入り口まで到達し、カザドール・ウーノ(狩人一番)に入口の防衛を任せ、潜り込んでいく。

穴は人が3人並んで歩けるほどの広さはあるが、剣を振り回すほどの広さではない。

武器ならば、槍か弓しかその能力を生かせはしないだろう。


シスレィのマリーゼが、光魔法を使って先を照らしながら進んでいく。

奥に進めば進むほど空気は湿気を帯び、踏みしめる足にも粘り気のある土の感触が伝わってきた。

だが枝穴が空いているせいか空気のよどみは感じられないが、少し鼻を突く匂いがまとわりついた。

その枝穴はそれほど大きな穴ではないが、その奥からは時折風が吹いているものもあった。

そんな目的のわからない穴が時々上下左右へと現れる。

一応ニケに探査してもらうが、生命の反応はなかった。

このようなダンジョンでは著しくニケの探査能力は制限されるが、それでも生体反応がないのは奇妙であった。

そして歩みをさらに進めると少し広めのホールのような場所があり、そこで初めての分岐が現れた。

その分岐も3人並んで歩けるほどの広さの穴と2人分の穴だ。

サイズに違いがあるが探索するには十分な分岐だ。


出発時にも話しがあったとおり、ここで後続部隊の一つが別れることになる。

恐らく大きい方が本坑なのだろうということで本隊であるミリス達はこちらのほうを進むこととなった。

そのような分岐を何度か過ぎ、それぞれの分岐でパーティーが散っていく。

サモン達のパーティーが単独になり、さらに300mほど進んだが、分岐が現れたためその日はそこで引き返すこととなった。

その他の別れたパーティーもある程度進むと分岐があり、安全だと思える範囲まで探索をして帰還していた。

その日はすべてのパーティーが無事に帰還し、どこか肩透かしのような気分ではあったが、祝いの宴が催された。


「しかし、覚悟はしていましたが、まさかこれほど枝坑が多いとは思いませんでした。以前の時はあのような枝坑はなかったのですが」


とくに誰かに向けて話しかけたのではない。

ミリスが今日の探索についての感想を漏らした。


「そうですね、あのときはもう少し狭くてただの穴でしたね。それにここまで深いものではなかった気がしますが?」


モデナがグラノス大陸での討伐を思い出しながら語った。

当時も初めはただの“ブランピル・マール(火吹き蟻)”討伐のはずだった。

狭い洞窟内ではケイバンも大剣は振りづらく、


「ええ、確かにあの時より深い気がするわ。それに今日はどこももぬけの空というのも気になる……」


「ん、そんな気落ちすることもないんじゃない? ニケ、ホログラムを」


サモンの言葉にニケが反応し、目の前に球状のホログラムが現れるとすぐさま木の枝を逆さにしたような線が四方に伸びる。


「これが今日探索した分のマッピングだ。そしてこれはニケが解析できた範囲での予想図だ」


サモンの言葉でさらに枝が倍ほど伸びて点滅する。

その形は不規則で規則性は見えない。


「はぁ~、さすがニケさんはすごいですね。でもなんかこれ、偏ってますね」


枝状に入り組んだ立体ホログラムに見入ったマリーゼが声を上げた。


「う~ん、確かに。なんかエスタの森の方角のような……」


「そうね、確かにエスタの森の方角に向かっているわ」


「巣がエスタの森にあると?ここから3、4kmはあるのでは?」


マリーゼに続いてモデナ達がそれぞれ口を開き、ミリスが最も気になることをつぶやいた。


「さあ、今のままでは仮説に過ぎないわ。それにブランピーがいないのも気にかかる。それに本坑は穴の形状が均一すぎる。それ以外の穴は壁面も粗い」


「ああ、ミリスの言うとおりだ。あの穴は3つのサイズの穴があるということさ」


サモンがミリスの見解を肯定する。

それが意味することをメルモが聞き返した。


「サモンさん、それはブランピー(ブランピル・マール)やイハラホラ(針虫)以外の何かがいるということですか?」


「メルモ、そういうことよ」


「「そう、そう」」


「うへぇ、ほかにもいるの~」


「別にこれまでだってイレギュラーな魔獣はいたでしょう? 今回が初めてじゃないわ」


「そうねえ、むしろ会う前にわかったんだからいいじゃない」


いつものことだが、つい本音を口に出しメルモはモデナ達他のメンバーから窘められる。

真剣な話の場ではあるが、ときにはそんな気の抜けた会話も必要だ。

サモンもそんな彼女達の持つ独特の雰囲気には好感を持って見守っていた。


そんなモデナ達の会話を横目にミリスがサモンに問いかけた。


「主殿、もしエリスの森まで広がっているとすれば、最低でも2kmほどあの穴が続くことになります。壁面の状態からいつ崩れてもおかしくはないでしょう。討伐目的で来ていますが、現時点で対象も穴の奥に引きこもっていると思われます。ギルドの長としてはこれ以上冒険者にリスクを冒すことは無謀と思いますので、それぞれ今日の最終地点まで行って穴を崩すよう指示を出します。主殿は如何なされますか?」


仲間の命を天秤にかけるくらいなら、穴を封印することで対処するしかないのだろう。

ギルドマスターとしては難しい判断だったはずだ。

封印した後は、しばらくは監視でもすればいい。

再び“ブランピル・マール(火吹き蟻)”が出てきたときに対処すればいいだけだ。


「ああ、ギルドマスターとしての判断はそれで良いと思うよ。ただ一日俺に時間をくれない?」


サモンは素直にミリスの意見に賛同し、待ってましたとばかりに自らの案を提案した。


「ニケ殿達ですか?」


サモンの提案はミリスにとって想定の範囲だ。

なにせイハラホラ(針虫)の糞の話に釣られてここまでやって来たのだから。

可能であれば連れ帰ることも想定しているのだろうとも思っていた。


「ああ、それにミリスだって残りの穴の正体が気になるだろう? 掴めるかわからないけれど。……それと別件で、試したいことがあるんだ」


“別件”というのはミリスにはわからないが、最低でも第3の魔獣の正体は知っておきたいというのはこの場にいる者の総意ではあった。

正体が何であれ、わかっていれば対処法も事前に準備はできる。


「そうですね、今後のためにも正体がわかるならば対策の立てようもありますので、お任せします」


「ああ、任せてくれ」


ミリスの言葉に大きくサモンは頷き、その場に居る者達に説明を始めた。


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