80 ブランピーとイハラホラ
「ほう、ブランピー(ブランピル・マール)か」
ドース達帰還組が大森林へとたどり着くと知らせを受けたミリスがギルドから出てきたところだった。
引率者のジャンが“ブランピル・マール(火吹き蟻)”の出現を告げ、専任の討伐隊の必要性を報告すると、特に表情を変えずにミリスはしばし思案した。
そして側にいたギルド職員を捕まえるとモデナ達“シスレィ”や数人のA級冒険者の招集を呼ぶように指示した。
次にミリスは“カペラ”とつぶやくとその傍に1人のシスターズが突然姿を現した。
すぐにカペラにサモンをギルドに呼ぶよう指示し、ジャンに声を掛けた。
「あとはこちらで引き継ぐわ。モデナ達を中心にした討伐隊を組むから安心しなさい。ジャン、あなたも来る?」
「“ブランピル・マール(火吹き蟻)”なんて早々拝めるものではないしな、“シスレィ“が出張るなら俺なんか戦力にはなれんが後学のために勉強させてもらうとしよう。後ろの奴らもいいかい?」
ジャンは遠く後ろで荷物の積み下ろしをおこなっているド-ス達を指さした。
「ええ、かまわないわ。ただ、中には連れてはいけないわよ。足手まといもそうだけど、巻き込んでしまうかもしれないから」
ひとたび戦いになれば広範囲の魔法を撃たねばならなくなる場合も考えられる。
そのとき慣れないものがそばに居れば、最善の手が打てずに後手にまわる可能性もあるからだ。
「ああ、そうだな。なに、その場の雰囲気だけでもあいつらのためにもなるし、討伐後に安全になったら探索もさせてやりたいしな」
「そう、わかったわ。ならそのまま補給物資の手配をお願い。こちらも人員が整い次第出るわ」
そう言い残しミリスは踵を返してギルドへと帰っていった。
ジャンはギルドマスターの許可を得たこともあり、ドース達にも今の話を聞かせ、再度バルモディアの洞窟へと向かうことを告げた。
ドース達ははじめ複雑な顔を見せたが、“シスレィ”や高ランクの冒険者が揃うことを告げると知り合いの名前が安心感を生んだのか、遠征の疲れも吹き飛びそそくさと準備を始めたのだった。
小一時間ほどするとミリスに指名された冒険者達やそれ以外のやじ馬が集まり、ギルド本部前に人垣ができていた。
これにはジャンやドースも驚いたが、それもそのはずだ。
シスレィの他、メサヘロ・バンクー(御使いの宴)・イフェルノ・ラーヨ(焔雷)・セニャレス・ボラドー(天翔ける兆し)といった大森林のA級パーティーの面々が揃っている。
不在のパーティーもいたが、一か所にこれだけ揃うこともなかなかにない光景であった。
それにA級パーティーというものは実力に比例してそれなりに曲者も多く、これだけ集まれば何かと収拾はつかないが、ここにはそんな者達でさえも黙らせる存在がいるからだろう。
「先に言っておく、目的はバルモディアの洞窟に現れたブランピー(ブランピル・マール)だ」
皆を前にして普段は音量控え目なミリスが、ギルド長らしい口調で告げた。
「知っているかと思うが1体1体ならばそう危ういものでもないが、当然群体となればリスクは跳ね上がる。そのため我がギルドに所属の諸君らを招集した。小さな群れであればA級であるパーティーでも対処可能だろうが、群れの数は不明のため出撃可能なA級パーティーを招集した。これで戦力は十分であると思いたい」
ミリスが一旦ここで言葉を区切ると、周りからは拍手や掛け声があがる。
当然そんなお気楽な態度は冒険者の者たちではなく、囃し立てるのはやじ馬たちだけである。
少しでもミリスの人となりを知っている冒険者であれば、こんな時のミリスを茶化したりすればどんなことになるか知っているからであろう。
さすがに一般人に威圧することは我慢したみたいだが、ミリスは手をあげて静止して話をつづけた。
「だが油断しないでもらいたい、あまり知られてはいないが、ブランピー(ブランピル・マール)には共生体がいる場合がある。存在自体は知られているかもしれないが、エスピナ・ロンブリーズ(棘ミミズ)、いわゆるイハラホラ(針虫)と言われる奴だ。奴らはこのイハラホラ(針虫)=エスピナ・ロンブリーズ(棘ミミズ)から出る液体を餌にしている場合がある。そのため奥に進めばイハラホラ(針虫)の群体にも出会うかもしれん。奴らの針は厄介だから充分に注意してくれ」
イハラホラ(針虫)は稀に荒れ地などで出現するやっかいな魔獣(魔虫)である。
見た目は人の腕ほどある大きさの毛虫だが、全身の毛を使って移動し、しかも怒らせるとその毛(針)を飛ばしてくるのだ。
その毛(針)は固く、皮鎧などは簡単に貫くため、安っぽい防具で身を固めた低級冒険者では歯が立たず、刺されれば場所によっては死に至る侮れない相手である。
そんな魔獣(魔虫)が“ブランピル・マール(火吹き蟻)”と共生しているとなると相当に厄介であった。
「ギルマス、その話が本当なら相当に厄介ですが、“ブランピル・マール(火吹き蟻)”は穴の中、イハラホラ(針虫)は荒野と生息域が違うように思うが、共生しているというのは本当ですか?」
メサヘロ・バンクー(御使いの宴)のリーダー・ハビエルが尋ねる。
そんな質問も無理はない。
“ブランピル・マール(火吹き蟻)”自体がレアなうえ、他の魔獣と共生しているというのは冒険者の間でも噂にもなったことはない。
そんな質問も当然かと頷きミリスが口を開く。
「ああ、これは自身の経験と勘によるものだ。だから確実な話ではない。だが、実際に経験している以上リスクのある可能性を除外するべきではないと思う。そこにいるモデナも一緒にいたので間違いはない」
ミリスの言葉に一同の視線はモデナに集中した。
「ええ、ギルマスの言ったとおりよ。こちらに来る前のことだけれど、キャベリア山脈に近い村での同じくブランピー(ブランピル・マール)討伐があったの。そのときは巣の奥で100体ほどの群体と共生していたわ。おかげで死傷者も出たけど、氷結魔法でなんとか切り抜けたわ」
キャベリア山脈とは隣のグラノス大陸にある山脈であった。
このグラノス大陸からミリスをはじめケイバン達がやって来たのは、周知の事実であったので何ら不思議なことではない。
「そうか、氷結魔法が効くのか。じゃあ、それに倣えば初めはアタッカーが“ブランピー(ブランピル・マール)”に対処して、もしイハラホラ(針虫)が出てきたときには魔術師に任せりゃいいってわけか」
意外なことにグラノス大陸ではそれなりの遭遇率であったイハラホラ(針虫)ではあったが、ここアルト大陸ではその出現率は低く、レア度は高い。
そのため知る者も少なく対処法が確立されていないのだった。
「まあ、そういうことだ。急で悪いが準備ができた者達はすぐに出発してくれ。私もすぐに行くが、全員揃うまでは入るな」
そんな指示をミリスは飛ばし、各冒険者はいそいそとパーティーごとに自分達の馬車へと向かって行く。
そして冒険者が散ったタイミングでサモンとケイバンが姿を現す。
「やあ、ミリス、ご苦労様。君も行くんだって?」
「はい、主殿、留守にして申し訳ありませんが」
「ああ、構わないよ。君の判断なのだから間違いではないんじゃないかな。ところでイハラホラ(針虫)がいれば何か面白い鉱物があるかもしれないって?」
「はい、以前討伐の際にミスリルやベルカナイトが糞に混じってあったので、今回ももしかしたらあるかもしれません。もしかしたら主殿も興味があるかと……以前魔獣を使って何か産業をと言っていたのを思い出しまして」
「ふうん、なるほどね。確かにそうなれば面白そうだね。この辺りには希少な金属の鉱山はないからね」
サモンが目を瞑り、頭をぐるりと回すしぐさを繰り返して物思いに耽った。
「よし、試しに行ってみるとするか」
こうして大森林の主までが参加することとなった“ブランピー討伐戦”であった。




