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79 バルモディアの一夜

「「特別訓練?」」


駆け込んできたジャン・ジャック専任講師の言葉にその場に居たドース達は、声を揃えて驚いた。

これまでに予定外の座学や訓練はなかったし、しかもこれから暗くなるという時間だ。

一体何をという疑問が湧き立った。


「これからですか? 一体何を?」


ドースが皆に代わり、そのまま聞いた。


「すまんな、訓練というか助っ人だ。バルモディアの洞窟に出た冒険者から救援要請だ。人手が足りんからお前達も来いっ!」


バルモディアの洞窟とは以前からエスタの森の近くにあった初心者向けの洞窟で、ドース達も最終的にはそこを探索できるレベルまでが目標となっていた。

そのため中にいる魔獣は小さな個体ぐらいしかおらず、生命を脅かすような物もいない。

階層も地下5回ほどのダンジョンであった。

普通に考えれば救援要請を出すようなシチュエーションは考えられない場所である。


「いや、俺達はまだ訓練したてのヒヨっ子ですよ」


「わかっている。だが荷運びくらいなら出来るだろ。後方支援も立派な救助支援だ。それに実際の現場も経験できるいい機会だ」


確かに救援ともなると人でも多く必要となり、それなりに物資も必要となってくる。

そのため荷物を運ぶことだけでも立派な支援ではあった。

それに夜ではあるが、ドース達にとって下見にもなるのである。

物は言いようだと思いながらも、もっともそうな理由を並べられてはドースも断れず、他の者達にも承知させて店を後にした。


ドース達は最近通いなれたギルドに到着すると、夜だというのに明かりに煌々と照らされて大勢の冒険者達が動き回っているのが見えた。

まるで戦の前の様子に近い。


先頭に立って指揮しているのはミリスだった。

ケイバンが正式に大陸協会の理事長になったことを機に、その片腕ともいわれたミリスが後を引き継いだのだ。

ケイバンとは違いカリスマ性があるわけではないが、それでもベテランの冒険も黙るほどの実力、判断力とともに突出し、これまで脇でケイバンを支えてきたが表に出ることによって今では“大森林の氷姫“とまで影で囁かれていた。


そんなミリスの下、若い冒険者も古参の冒険者もせわしなく準備を進め、総勢30人ほどのキャラバンで捜索を開始するらしい。

その中でドース達は第2陣として補給物資を運ぶキャラバンに配置された。

講師であるジャンはドース達を率いて参加することになっている。

ドース達はジャンの指揮の下、あれこれ荷物を馬車に乗せ、1時間ほどで準備を済ませて出発した。


バルモディアの洞窟は徒歩なら2日はかかるが、馬車なら半日だ。

それでも夜の行程は魔獣の出現にも気をつけなければならないが、道も整備されているわけではないから慎重に進まなければならない。

大森林の馬車は最近新型になったために格段に走りやすくなったので、だいぶ楽になってはいたが、それでも暗がりを進むのは厄介だった。

ドース達は外を見ても暗闇が拡がる世界しかなく、時折馬車が段差で大きく跳ねるたびに心臓が一緒に跳ねる思いをしていた。

それでも途中魔獣に襲われることもなく、休憩を挟み真夜中過ぎにはドース達の馬車は着くことができた。


バルモディアの洞窟の手前に着くとそこには大きなかがり火が複数焚かれ、数人が支援物資の到着を待っていた。

他は皆すでにダンジョンに潜っているようだった。


ドースが漏れ聞いた話によると、どうやらダンジョン内の最深部に新人冒険者パーティーが来た際に一部が崩れ興味本位に近づいたところ足元が崩れ、3人がそのまま落ちて行方不明になったというのだ。

そして取り残された冒険者が急いでギルドに戻り、今の状況となっているとのことだった。


状況的には落ちた場所で声を掛けても返事がなかったことから最早絶望的ともいえる状況ではあった。

だがギルドとしては救援依頼があったこともあり、またその陥没した穴の先が不明なため、急ぎ大掛かりな救援となったわけだ。

つまりこの素早い対応は救援が主というよりもその穴の先が魔獣の巣窟であったり、ほかのダンジョンに繋がっている可能性も否定できないため、早めに手を打つ必要があったことを意味するだ。

そのためもし魔獣の巣窟となっていたら、いきなりスタンピート並みの速度で魔獣が湧きだす可能性も捨てきれない。


ドースはそんな話を聞くと、やっと剣を握るようになったばかりの自分達にここにいるのことは場違いじゃないのかとジャンに尋ねる。


「死神ってのは、街に居ようがここに居ようが突然やってくるものだ。その時慌てていては生き残れる者も生き残れんぞ。ようは100%の力を出せるよう冷静でいろってことだ。ま、それでも死ぬこともあるがな」


慣れない現場で緊張の色が浮かぶドースを見透かすようにジャンは笑いながら応えた。

“それでも死ぬこともある”と軽く言い放つジャンを横目に天を仰ぐドースであった。


その後しばらくドース達後方支援組は待機状態が続いた。

洞窟内で動きがないため篝火の番ぐらいしかないため順番に仮眠をとる者もいた。

そして空と山の境が明るくなりかけた頃、事態は動いた。

にわかに洞窟内が騒がしくなってきたのだ。

それははじめ雄叫びにも似た声だったがしだいにハッキリと“退避ぃ~”と叫んでいる声に変わってきた。

次第に駆け足で冒険者が戻ってくる。

中には軽くやけどを負った者や、煤にまみれている者までいた。

ジャンによるとその原因は、“ブランピル・マール(火吹き蟻)”のようだ。

個体ではⅭクラスでも対処できる魔獣ではあるが、群体になれば数にものをいわせてくるため範囲魔法を扱える魔術師がいなければAクラスでも危険な魔獣だ。


幸い地上付近まで追っては来ていないようで、地上にいるドース達後方支援組も一時騒然としたが、今は落ち着きを取り戻し、負傷者の手当てなどが行われていた。

その中でリーダークラスが集まり、相談をしていたようだ。

その中にはもちろんジャンも加わっていた。


結論としては、専用討伐隊を組まなければこれ以上の探索は難しいとの判断に至ったようだ。

このため急遽、連絡も兼ねドース達後方支援組が引き返すこととなった。

これにはドース達の身の心配をしたジャンの意見もあった。

一応ドース達は参加したこともあり、最後まで見届けられないのは残念であった。

しかし、自分達の実力や大森林に来た目的を考えれば、間違いなく自分達のやるべきことはここに居ることではない。

ドース達は他では味わえないような緊迫した現場に触れたことを大きな糧とすることに決め、バルモディアの洞窟をあとにした。


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