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78 ドースの休日

「うわぁ、すっげぇ広いや、これ全部畑なのかな、ドースさん? こんなになってたんですね、この街って」


大陸協会の式典が終了し、その手伝いに駆り出され2日ほど休暇をもらえたドースとドルンが商業区を抜けて耕作地まで散策に来ていた。

それまで座学や訓練で休む間もないくらいの時間を過ごしてきたが、式典の手伝いのために部権者ギルドに呼ばれ、その後は休暇となった。

別にドース達を労わってというわけではない。

ドース達を教えている講師陣達が別件で忙しくなったからだ。

そのための特別休暇のようだった。


「ああ、ここに来て1か月以上経ったが、まともに出歩いたのは初めてだからな。俺達の住処もそうだが、こんなになっているとはな。とんでもないところに来たよ」


「ええ、そうですね。でもこの1か月はみんなすごくいい顔してましたよ」


「ん? あれがいい顔だって? 俺もそうだがみんな毎日死にそうな顔をしている気がしたんだがな」


ドース達は大森林に連れてこられてからというものの、毎日読書きや計算、道具の使い方などの勉学に加えて、冒険者の訓練までさせられていた。

年の若いドルンなどはそれなりに吸収も早く、すぐにそれらのローテーションにはなれていったが、それでも勉強から訓練までこなしていくのには厳しいものがあった。

ドースなどの年長組にとってはなおさらであった。

だが、ここに来ると決めた以上後には引けないし、ここまでドルン達を引っ張ってきた責任もあるため、投げ出すにはいかなかった。

なによりもこの訓練期間中は食べ物にも寝るところにも困らないのだ。

ゆくゆくはシャニッサにも同様の環境が用意されると聞いている。

まあ、その場合今度は自分達が教える側になるのだが、何よりも自分達の生きる目標ができたことが今のドースを支えていた。

ただそれでも午前中の座学に午後の訓練は、慣れてきた今でもドースにとってはきつかった。

しかも慣れれば慣れるほど質や量が増していっている気がしてならないのだ。


「それでも夕食にはみんなうまいうまいって飯は食べるし、文句は言っても笑ってましたもん」


そう、出される食べ物は確かにうまかった。

最初は見慣れぬものもあったが、口にしてみるとどんどん食が進んだ。

そのせいもあってか何とか耐え抜いてきたドースだった。


「そうだな。逃げ出したくなるくらいしんどかったが、慣れてくればどうってことはないな」


「でも、また明日から始まるんですね、“勉強”が」


「ドルン、思い出させるな。せっかくのんびりしている時に」


うんざりした顔を滲ませドースはつぶやく。

その視線の先には小麦の畑広がり、さらにその奥には背の高い葉を茂らせたものも見える。

教えてもらった知識ではおそらく“モロコシ”というものだろうとドースは思う。

人たるドースの視力では確認できないが、葉の形状や生え方から想像はできた。

これも毎日の座学のおかげかもしれない。

これまでは目の前にある小麦さえも知らなかったのだからそれだけでもここに来た価値はあるとドースは思えた。


目の前に広がる畑を見ながらドースは思う。


ここに来るまでの自分達の生活や環境、街や行き交う人達の様子。

どれをとっても別の世界に思えた。

まあ、なにしろ聖王国は奴隷制度もあり、種族差別の残る国である。

自分達は人種だからいいものの、亜人や獣人であれば聖王国東方ではひどい扱いである。

それがこの街では当たり前のように街を普通に行き交い、奴隷もいない。

人種で固まって住み分けているようだが、それは差別でもなく、種別ごとに自然に集まって集落を作っただけで、後に正式に区画されたらしい。

特に貴族などがいるわけでもなく、役人がいるわけでもない。

なぜか不思議とある一定の規律があるようにも思えるが、何かあるわけでもないらしい。

要は他人に迷惑をかけなければ、何でもよいらしい。

唯一集落ごとに決まりはあるらしくそれに従っていることは確かだ。

それでもこれだけ人種が混ざればトラブルも起きるようだ。

ただ他の街と唯一違うのは、恐ろしいくらいの強制力が働いているところだ。

その強制力とは、なんでもないあの“魔人”……いや、シスターズと呼ばれているゴーレム達だ。

普段あまり見かけないが、見かけても街の人達は何も気にしていないし、気安く声を掛ける者もいるくらいだ。

だが、何かトラブルがあれば、いつの間にかそこにいて声を掛けてくる。


“何か問題ですか?“


ほとんどの場合この一言で当事者は黙り込む。

なぜか……。

実際見てはいないのだが、聞いた話によると問題があれば即制圧され、どこかに連れていかれるらしい。

というか、二度と帰ってこないらしい。

噂では単に追放となるらしいが、誰も真実を知らないところが恐ろしいのだ。

実際過去に数人そういう者がいたらしいが、全員再び見た者はいないという。


そういう厳しい面もある街だからこそ暗黙の規律を保っているのだろう。

それがきついという者は去ればいいだけの話である。

それ以外は何も縛りはないのである。

今のところ税金を取られることもなく、水も豊富に使え、夜は魔法でもなくガス灯というもので十分明るい。

仕事も各区長に相談するなり、ギルドに相談するなりすれば何かしら紹介してもらえる。

ようは働く気持ちさえあれば、この街の一員としてやっていけるということなのだ。

そんな街であれば獣人や亜人、ドワーフにエルフが集まってくるのは当然の成り行きだ。

そんな街をこの森の主であるサモンはどんな思いで作り上げたのだろう。


ドースはそんなことを思いながらドルンとともに道を引き返していった。

来た時に通ったお店が建ち並ぶ商業区画を抜けて、第6区と言われる共有区画に入っていく。

別に区画が壁で仕切られているわけではないが、区画の境は幅の広い道があり、すぐにわかる。

特に共有区画であれば自分達の住む寮や学校、公園や競技場など他の区画とはまた違った景観となるのでわかりやすい。

今日はそのまま行き慣れた食堂になだれ込む予定だ。

行き慣れたといっても普段は外に出る体力も残っていないので、これまでに数回しかないが、やはり初めての店よりも入った店についつい足が向くものだ。

飲食店はこの共有区画だけではなく、商業区画にもある。

いやむしろ商業区画のほうが多いかもしれない。

商業区画まで行けば娼館もあるし、夜はなおさら向こうのほうが賑やかなのだろう。

だが、寮から近いということもありドース達はこの共有区画の“ベル・フラワー”という飲屋を利用していた。

夕方ではあったが、それなりに人はいた。

店の隅で騒がしく飲んでいるドワーフの一団やそこから少し離れて反省会でもしているのか、冒険者風の一団が真剣な顔つきで話し込んでいたりもした。

店の中を見渡すと手を挙げている者がいた。


「おう、プラビオ、そこにいたのか」


プラビオと呼ばれた者達は騒がしいドワーフとは離れた店内の反対側に陣取っていた。

そこにはプラビオ他3名がいて、すでにエールのジョッキを傾けていたようだ。

この世界での飲酒は、特に年齢で制限はされていない。

ドワーフなどはオムツが取れるくらいから酒に興味を持つといわれるくらいだ。

ドース自身も酒など10歳くらいには口にしたくらいだ。

もちろんそれは好きで飲んだのではなく。

少年の小さな意地からだ。

なので今でもそれほど好きなわけではないが、弱いわけでもないので相手がいれば合わせるくらいはしていた。


このプラビオ他3名だが、ドースの仲間であり、今も苦楽を共にする同士だ。

このドルンも含め6人がシャニッサの講師候補だ。

ドースはここでの夕食を約束し、まだ見ていなかった街の様子を見に出かけ、昼間はぶらついていたが、他は日頃の疲れからか寝ていたようだ。

唯一ドルンが後から追いかけてきただけだった。


「なんだ、もうはじめているのか。ほどほどにしとけよ」


「だいじょうぶっすよ。まだはじめたばかりですから」


ドースの小言に、プラビオがジョッキを見せてアピールする。

“そうかい”と言いながら席に着く。

すると横から獣人のウェイトレスが注文を聞きにきた。

頭頂部に近いところから生えた長い耳は、兎耳族の特徴であった。

未だに獣人や亜人のウェイトレスには慣れないが、初めての時ほどではなくなった。

自分達も街の中では底辺だったので、それほど差別意識はあったわけではないのだったが、周りの環境がそういった意識を刷り込ませるのであろうか。

やはりはじめは抵抗感があったが、今では意識しなければそうでもない。

並みいる講師は冒険者の講師以外はすべて亜人種だ。


学校長のマルティナ・ミッターク曰く

人種は姿や文化の違いであり、区別することは問題ではない。

問題なのはそこに格付けをすることや蔑むことだという。

それぞれの種には長短があり、格付けは無駄だし、多数は力を持つだけで、正義でも真実でもないと話していたことがあった。


その頃のドースには深く突き刺さった言葉ではないが、今思い返せば考えさせられる言葉であった。


そんなことを思い出しながらドースは一杯のエールとお勧めの夕食を注文した。

そこへ今度は後ろから声がした。


「ドース、探したぞ」


聞きなれた声に振り向くとそこにはジャン・ジャック専任講師が立っていた。

ジャンは戦闘訓練時の講師の一人だ。

ギルドから派遣された元B級冒険者であった。

そのジャンが駆け寄ってきて意外な一言を告げた。


「お前たち、すまんがこれから特別訓練だ」


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