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76 ドラゴンと騎士

「なるほど、諸侯チームの乱立とな?」


声を上げたのはウォルケン皇帝だ。

イングリッドに引きずられてポリーヌは、来賓館の一室でウォルケン皇帝、サモン、アルフォンソ・カルヴォ公爵(通称アルフォンソ大公)の前に座っている。

続けてイングリッドが懸念されている点を述べた。


「はい、それだけではございません。冒険者を含めた庶民階級のチームともバランスが取れなくなる可能性が……」


冒険者を含めた庶民階級のチームは、それほど多くはないとイングリッドは考えていた。

そこに貴族のチームが10や20も参加してくれば、もはや庶民階級のチームの存在感はなくなり、庶民の娯楽にはなりえない。


「むう、そうではあるな」


ウォルケン自身も状況を知らされ懸念はしていた。

つい自身が浮かれて、隠しもしないで言いふらしていたことを後悔した。

恐らく帝都では貴族連中が大騒ぎをしていることが想像できた。


「それに能力のある者など貴族のチームにお金で引き抜かれることも考えられます。そうなればせっかくの庶民のための娯楽が、貴族同士の道具になってしまいます」


さらにイングリッドが問題点を指摘する。

だが投げかけられた言葉はすぐにウォルケンからサモンへとパスされた。


「ふむ……、そのあたりはサモンよ、何か妙案はないのか?」


「なんで俺に振るんだい? 自分が言い出したのだからそっちで話を付ければいいじゃないか」


サモンの言う通りであったが、顧みてウォルケン自身が率先して主導することは避けたかったようだ。

なので、サモンへと繋げたのだが、サモンにはそのあたりの政治的な匙加減がわからない。

サモンの非難は当然であった。


「いや、これはイングリッドとそなたが支援するというたポリーヌからの相談じゃ、そなたにも力を貸す理由はあるだろう?」


「まったく……、為政者は屁理屈が多いな。……そうだなあ、さらに南リーグの中で分けてしまえばいいんじゃないか。選手だって貴族のほうは、冒険者を登録できないようにしてしまえばいいだけさ」


ウォルケンの屁理屈に少し腹を立てたサモンだが、そうまでして自分に振った何らかの理由があるのを察し、貸しを作るつもりで思い浮かぶ対処を話した。


「貴族リーグと庶民リーグというようにですか?」


「ああ、そうだ。ただ貴族のチームが多いようなら1部リーグ・2部リーグとさらに分けてしまえばいい、そしてその年の成績で入れ替えをすればいいさ」


“貴族リーグと庶民リーグ”とは名前に少しひねりが欲しいな思いつつも、イングリッドの言葉を肯定する。


「なるほど、それはいいですね。庶民リーグのほうも多くなればそういたしましょう」


「さすがはサモンじゃ、貴族リーグならば古い呼び方で“シュラクタ(貴族)リーグ”としよう。庶民のほうは“ゲネラー(一般)リーグ”とでも呼べばよい」


「シュラクタとゲネラー……。懐かしい響きですね」


どちらも今では使われない言葉ではあったが、それだけに新鮮な音の響きがイングリッドやポリーヌにも受けたようだ。


「それでポリーヌ、君はこれからどうするんだい? 支援をするといった以上できる限りのことは支援するつもりだけど、君の当面の予定を知らなければ支援のしようもないからね」


「は、はい、ありがとうございます。今の私はサッカーというものに無学なので、しばらくはイングリット様の下、アレクサで協会のお手伝いをしながら学びたいと思います。……できれば半年、半年以内に吸収できるだけ吸収して帝都へ参りたいと思います」


サモンから急に話を振られたポリーヌは慌てるが、しっかりと自分の思いを伝えた。


「「ほう」」


「わかったよ、そのつもりでこちらも予定しておこうかな。ま、そんなに気張らずにね」


「父上もお力をお貸しくださいね」


「わかっておるわい。“ナベンザ”のほうもこれから鉱山のほうが賑やかになるしな。人も集まることだし娯楽が必要になることだろう。それに帝都で動きがあるのであれば、いずれこちらも同様の流れとなるだろう。そうなればポリーヌ殿の手腕に頼るほかはない。我も支援を約束しよう。……これを」


おもむろにアルフォンソ・カルヴォ公爵は、懐から小さな輪っかを取り出すとポリーヌの手を取り、自ら嵌めた。


「父上!」「大公様」


イングリッドとポリーヌが同時に声をあげた。

それはアルフォンソ公爵が突然セクハラまがいの行為をしたからではない。

ポリーヌの指にはめられた指の紋章に向けられたものだった。

それはカルヴォ公爵の紋章、ドラゴンと騎士が彫り込まれた指輪だ。

ちなみに王家はフェニックスとドラゴンだ。

この指輪の意味するところは、指輪の所持者はカルヴォ公爵家の保護下にあることを意味した。

つまり身内も同然という証である。

しかし、支援をするといっても、今はただの事務員でしかないポリーヌにそこまでするのか。

ポリーヌ自身も目を瞬かせて、半ば茫然としている。


「なに、約束の証だ。陛下もお許しいただけますかな」


そうおいそれとは渡すことはできない代物である。

アルフォンソ公爵が独断でこれを初見の庶民に分け与えたとなれば、それこそ非難の的になるだろう。

だがアルフォンソ公爵も皇帝を巻き込むことで、非難を和らげることになる。


「ふむ、本来なら我のほうからしなければいけないが、少し刺激がありすぎるでな。大公家であれば十分であろう。それがあればこれからお主に噛みついてくる者も少しはおとなしくなろう」


そう本来ならば皇帝自ら振興政策として推し進めても良かったが、それには根回しや時間が必要となる。

そのためにポリーヌのような個人が動く方が、この手の組織の立ち上げには融通が利くのだ。

ましてや大森林がらみとなればいまだに禍根もあり、敵対とまではいかなくても個人的には拒否反応を示す者もいた。

そういった者達からの妨害も考え、ウォルケン自身も何かしらのテコ入れを思案していたのだが、立場的に皇帝自身が後押しするにはむしろ嫉妬を買い、貴族以外の者も狙ってくる可能性もあった。

そのようなことも踏まえればカルヴォ公爵家の名前であれば丁度良いであろう。


カルヴォ公爵家の名前であれば大抵の貴族ならば無視できず、同じテーブルにはついてもらえるであろう。

この指輪ひとつとってもそのぐらいの力があり、皇帝、大公ともに貴族達を過度に刺激しない程度の策であった。


そのあたりの機微はサモンにはわからなかったが、皇帝、大公ともに満足した笑みを浮かべていたので、自分も“シスターズ”をと言い出すのはやめた。


「しっかりしなさい、ポリーヌ」


いまだに指輪を見つめ茫然としているポリーヌをイングリッドが背中を叩く。

2度目の衝撃でポリーヌは正気に戻り、今度は泣き出す。

その涙の理由に周りは首をかしげるが、ポリーヌ自身はアレクサでの式典以来の状況の変化についていけなくて感情が揺さぶられただけなのだ。

やがてポリーヌは落ち着きを取り戻して、涙を垂れ流したまま礼を述べた。


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