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74 ポリーヌ途方に暮れる

「ばっかもん! なぜそのような大事をその場でお前が答えた。広告というのもそうだが、サッカーなどという遊びに、金をつぎ込む必要がどこにある」


「会頭、おっしゃりようはごもっともですが、現にアレクサでは競技場ができたことにより街そのものが活気に満ちています。そしてこの影響は今後も長く続くかと思われます。そのため皇帝陛下も可能性を見出し、帝都にも広めようとしているのだと思います。だからこそ……」


「この街を見れば否が応でもわかるわい! しかしポリーヌ、この賑わいがこの先ずっと続いていくと確証があるのか? わしらは商人だぞ! 確実に堅実に儲けることが仕事なのだ。そうやって今日までやってきておるのだ。そのような堅実性もなく形もない物に金をつぎ込む必要がどこにある! 我らが参入するのは確実に儲かるとわかってからだ、ばっかもん!」



アレクサでの競技場の祝典後、飛んでやってきたグラント商会ブレア会頭に式典後の会合の件を報告すると、ブレアは烈火のごとく怒りをあらわにした。

それでも他の商会の参入や衣服の量産化計画などを引き合いに出し、グラント商会が乗り遅れることを危惧したための行動だと説明もしたが、火に油を注いだだけであった。

結果、ポリーヌは解雇を言い渡された。


ポリーヌはその日のうちに支店から私物ともども叩き出され(支店の従業員は仕方なくではあったが)、今はどうしようかと途方に暮れ、つい人生の岐路となった競技場前まで来てしまった。


しばし呆然と街の風景とは違う新しい時代を予感させるその様相を眺めていると、後ろから声を掛けられた。


「どうしたんですか、ポリーヌさん。今そちらにはブレア会頭が来ていると聞きましたが?」


振り返ると商業ギルド長であり、協会役員でもあるイザークであった。

だがポリーヌは目を向けて話せるような状態ではない。

イザークは傍にあるリアカーのような荷台に察したのか。


“中に入ってお茶でもどうですか?”


そう声を掛けて協会事務所のほうへと手招いた。

今はそんな声を掛けてくれるだけでも、涙が頬を伝った。


“さあさあ”


それでもあきらめずにイザークはポリーヌの荷車に手をかけ、ポリーヌの代わりに引っ張っていった。

そしてそれにつられるようにポリーヌも協会事務所へと入っていった。


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「さすがにそれはひどいな。そんなことぐらいで」


「噂には聞いてましたけど、確かに横暴ですわね。ごめんなさい、陛下たちの思いつきにあなたを巻き込んだみたいになってしまって、申し訳ないわ。……しばらくわたくしの邸宅に滞在してもらっても結構よ」


ポリーヌは協会役員であるシュネーとイングリッドから言葉を掛けられる。

シュネーやイングリッドなどの協会役員は式典が終わると同時に今後の予定のことや試合開催時の体制などの打ち合わせや、広告の問い合わせなどで忙殺されていた。

協会役員とは言ってもそれぞれギルド長の肩書や公務もあるのでこれまで以上の忙しさであった。

そのため、誰かしらこの事務局にいることになっていた。

今はこの3人で対応していたらしい。

その3人がポリーヌからブレア会頭との事の顛末を聞いて、それぞれが彼女自身の身を心配してくれた。


ポリーヌも自分の口から吐き出したことで、どうやら落ち着きを取り戻したようだった。


「すみません、取り乱してしまい見苦しい姿をお見せしてしまいました」


今ではポリーヌは大の大人が人前で泣きじゃくるなど、自分でも思ってもみなかった姿を見せてしまったことで身を小さくしていた。

そんなポリーヌを心配したのかイザークが声を掛けてくる。


「でも、これからどうするんだい?」


「ええ、さっきまでは途方に暮れてはいましたけれど、また一からやり直そうかと。……皆さんに話を聞いていただけたので、踏ん切りがつきました」


「また商人を?」


「はい、あいにくと商売しか知らないもので……、へへ」


ポリーヌ自身振り返ってみるが、商売以外は何も知らなかった。


「それでも一からとなると、資金から取引先から……、大変じゃない?」


「ええ、そうですけれど、それしかないんです、私……それしかないんですね、私」


頑張って奮起したものの、商売しか知らずに来たことに再度ヘコんだ。


「まあ、資金のほうはわたくしが立て替えてもよろしくってよ。お詫びの印に、……取引先もグラント商会と被らないところを紹介してもよろしくってよ?」


商売を始める資金については多少なりとも元手はあるが、それでは行商を自分でやるぐらいの元手だ。

実際には心もとない。

イングリッド嬢の申し出にはうれしく思うが、何を何処に売るかなどまでは思いつかない。


「あ、はい、ありがとうございます。ただ、まだ具体的なイメージが固まっていないので……」


「そうよね、わかったわ。先ほど言いましたけれど、わたくしの邸宅に滞在してじっくり考えてみるのはどうかしら。それに空いた時間にでもこちらのお手伝いでもしてもらえれば、そちらも気兼ねせずに済むのでは?」


イングリッドの後半の言葉にイザークとシュネーの視線が合った。


「ええ、でも、公爵様の私邸……」


それでもポリーヌ自身は公爵邸ということもあり、身に余る場所なので固辞しようとする。

しかしイザークが動く。


「いや、そのほうが都合がいいかもしれないぞ。先日のサッカーチームの件はどうするんだい? “辞めてでも作る”って大見得切っちゃったわけだし、大公様が寄った際にでも相談できるだろうから、いいじゃないか」


「そのとおりですわ。父上が今度いらっしゃるまでに、ご商売とサッカーチームの構想を練り上げておけば、きっとご相談に乗っていただけますわ」


「はあ、そうでした。大見得でしたねえ……。どうしたらいいいんでしょうか」


思い出しても恥ずかしい先日の一件、今の状況の発端となった一件でもある。

だが、その場の勢いとはいえ自分の発した言葉だ、責任を持たなければならない。

無職の自分にどうすれば責任を果たせるのか、ポリーヌは途方に暮れる。

だがそこにシュネーのアシストが入ってくる。


「まあ、まだ時間はあるんだし、じっくり考えりゃいいことじゃないか。それよりもまずは寝る場所が必要なんだろ。だったらイングリッド嬢の好意を素直に受ければいいじゃないか。宿代だってただではないのだから」


このポリーヌの弱みを突くような誘惑の言葉が決定打となった。


「そうですね。宿に泊まるにしてもお金が必要ですもんね。今後の資金のこともありますし、……申し訳ありませんが、こちらのお手伝いもしますので、公爵邸のほうにご厄介になってもよろしいでしょうか?」


無職の自分の今の状況を顧みれば、これほどありがたい申しではない。

資金も温存でき、考える時間も稼げる。

今の自分には十分すぎる提案だ。


「ええ、喜んでよ。こちらこそありがたいわ、こういった事務方の仕事には不慣れな者も多いから、あなたのような管理に慣れた方が力になってくれれば助かるわ」


イングリッドは手を差し出し、ポリーヌと握手をした。

その表情はとてもうれしそうに満面の笑みを浮かべて、心の底からポリーヌを歓迎しているようであった。

そしてポリーヌの視界から外れたところでは、シュネーとイザークが親指を立てて喜んでいた。


こうしてポリーヌは、まずはサッカーのことを知らねばと、翌日からアレクサのチーム“レッドオライオン(熱い星)”の練習を見に行ったり、意見を聞いたりとサッカーについて勉強するようになる。

そして、事務局に顔を出せばイングリッドの秘書の如く、事務処理こなし、職員への指示や相談窓口と八面六臂の活躍をすることに、……いや、させられることになる。


のちに本人曰く“甘い言葉には気をつけよう”と漏らしたそうな。


そして本人としては不本意ながら、いつからか伝説の初代事務局長ポリーヌとして名を残すことになるのは別の話となる。



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