72 エクサハラマ(六道聖)とそのメンバー
私はここに至って事を急ぎすぎたことを後悔した。
藪を突いて大蛇が出てきたようだ。
逃げるだけなら何とかなりそうではあったが、大森林の手練れとなればそこまで甘くないだろう。
私はあきらめた。
いや、まだチャンスはあるはずだ。
ここは相手の手の内を探りながら大人しく従うフリをしよう。
体力の温存とチャンスの到来を待って今は相手に合わせよう。
しかも“主”とやらに直接会える機会なのだから……。
それから私はこれまで見たこともないようなものを目にした。
音もなく暗闇の中を大きな船が川を下ってきたのだ。
月明りに反射して水飛沫は上がっているのがわかったが、音が全く聞こえない。
音を消す魔法でも使っているのか?
しかも船はそのまま川からあがり、そのまま陸地を滑るように進んできたのだ。
舟を浮かせているのだ。
音を消し、この巨体まで浮かせるとはどれだけ力のある魔術師なんだ。
注意深く見ているとフードを被った人物が降りてきて、そのまま商人達が置いて行った荷物をそそくさと運び出した。
おい、おい、中身は銀や塩が詰まった木箱とかだぞ。
一人で運べるわけが……、あるのか!
パウリーネと呼ばれたそいつは、空の木箱でも抱えるように苦も無く持ち上げ、普通に運んで行った。
他には誰も乗っていないようなので、そのパウリーネとかいう奴が魔術師かとも思ったが、こんな怪力が魔術師であるはずがない。
となれば、どこかに潜んでいるのだろうか?
すぐに荷物は船に積まれ、私も乗船しろと促された。
ここまで来れば、“毒を喰らわば皿までも”という心境だ。
行ってやる! そして貴様らの手の内を曝け出すがいい。
この“エクサハラマ(六道聖)”のヨロダナが、お前たちの全てを曝け出させてやる!
初めは川を苦も無く遡っていくことに驚いたが、すぐに思い直した。
まあ、船が浮いているのだから流れなどは関係ないか。
そんな冷静な分析ができるような余裕さえも出てきた。
しかし、この者達は奢りなのか私を拘束もせず船に乗せたが、罠なのだろうか?
いかにも逃げて見ろと言わんばかりである。
危ないからという理由で先ほどパウリーゼと呼ばれる者の近づかないように釘は刺されたが、それ以外は、会話はないが自由にしていた。
理解不能だ。
私なら拘束くらいはするはずなのだが……。
やがてほどなく目的の岸に着岸したようだった。
着岸とはいってもそのまま例の如く陸に乗り上げていったのだが。
そしてその場に私も降ろされ、荷も降ろされていく。
まったく大した船である。
いやそれよりもよほど力のある魔術師なのだろう。姿も見せないとは。
いずれ私が力を持った際には、私の手足として使ってやりたいものだ。
そんな思索を巡らせているとやがて近づいてくるものが数名。
2名ほどかなりの雰囲気を纏っているのか、ここにいる者以上の手練れであることは読み取れた。
このどちらかが“主”なのであろう。
まあ、これで逃げ道は完全に断たれたわけだが、今のところこちらを力で抑えようという気配はない。
そのうちチャンスは巡ってくるものだ。
それを待とう。
新たにやってきた手練れの気配は男と女だ。
どちらも冒険者風であった。
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「おい、大丈夫なのか、そいつ。……白目向いているぞ」
ニケに頭を掴まれ、白目をむいてわずかに痙攣しているプロイスを見てケイバンが不安そうに尋ねた。
近づいたサモン達にというか、なぜかそそくさとケイバンに挨拶をしだしたプロイスを一瞬のうちにニケが前に立ちはだかり、頭を掴んでこの状態だ。
どうもサモンが面倒くさがって直接行使に出たようだ。
どうせ吐いてもらうんだから時間の短縮だとか理由で、サモンは時々強引な手を使うときがある。
これはその一環で、ニケが直接手を触れ、相手の脳波を探って引き出したい記憶を読み取っているのだ。
まあ、それはそれで実害はないような手段なのだが、傍目には強引なので、暴力的に映ることもあった。
まあ、現代であれば完全にアウトであろう。
個人の意思を無視しているのだから。
「ああ、たぶん……と、思いたいけど。どうなのニケさん?」
「バイタルは安定しています。脳波はわずかに乱れています。これは走査中ですので、正常な反応です」
「この白目も?」
「はい、正常な反応です」
“そう、そ、そうならいいんだけど”、“いや、いいのかそれ?”、“時間もかからずいいのでは?” と、見ていた者達も反応はそれぞれである。
ここは隙あらばやられる世界だ。
現代のように人権などないに等しい。
それを示すかのようにニケの記憶走査で、皆が顔をしかめるようなワードも飛び出してきた。
「「贄? 人柱?」」
その場に居る誰もがニケからの、いや、プロイスの記憶にある言葉に驚きを隠せない。
ニケの記憶走査からプロイスは、“エクサハラマ(六道聖)”のヨロダナという者であること。
“エクサハラマ(六道聖)”は聖王国闇ギルドの一派“カリス(聖杯)”であり、その実行部隊であること。
他のメンバーは“ゾーラ・ラダカ・アンダレヤ・テオドラ・デニカ”という名前らしい。
記憶にある顔はターバンで隠され、不明瞭な記憶しか残されていないらしい。
現在の任務は聖ブラームスの日までにレン・シャファルへ銀と塩を運び込むことと、聖王国西方領土内での孤児を集めること。
残念ながらどこに集めるかまでは知らないようだ。
それに関わる人物はもう一人、“ラダカ”。
シャニッサの孤児、ドーズ達が言っていた孤児狩りの件は、どうも“ラダカ”が関わっていることまではわかった。
そしてこれ以上は正気を保てる保証はないとのことで、ニケの記憶走査はそこで中断した。
「ならば、その者達を捕えれば……」
腕を組み、それまでじっと聞いていたミリスが口を開く。
だがサモンは、ミリスの言葉を否定した。
「そうだなあ、行先ぐらいはわかるかもね。でもこれは俺たちの仕事じゃないよね」
そうここは聖王国であって、大森林ではない。
サモン達の実力ならば好き勝手にやってトラブルになったとしても、おそらく力で対処はできるであろう。
今回はあくまでもダルマシオ伯爵との迅速な取引のために介入したに過ぎない。
「しかし、何を目的にそんなことを……」
今度はモデナが核心を口にした。
するとザラタン司祭がその問いを待っていたかのように応えた。
「おそらく召喚魔法ですね……。集めれば集めただけ力のある勇者を呼べると伝わっています」
「「子どもを?」」
恐らく一般には伝わっていない話なのであろう。
ザラタン司祭の話にサモンを除いた全員が驚く。
「いえ、正確には子どもの魂をです」
ザラタン司祭の話では召喚術は膨大な魔素と引き換えに行う術であり、複数の魔術師が魔晶石という鉱石に何日もかけて魔素を注入させて魔力を溜めたうえで行う術式なのだそうだ。
その代替として子どもの魂を封じ込めた銀製の像を用いる方法が伝承のような形で伝わっているの話だった。
「そんな、……もう手遅れだというの?」
「おそらくは……」
モデナの悲痛な声に、俯いてザラタン司祭は応えた。
沈痛な雰囲気の中、ミリスはサモンに問う。
「召喚して国家転覆でもしようかというのでしょうか?」
「さあね、今は何とも言えないかな。勇者を召喚するならば標的は“大森林”もそうだろうしね」
「ああ、そうだな。だが、いずれにせよ、情報は必要だ……」
サモンの言葉に同意しつつケイバンが指示を出そうとするが、それを遮ってミリスがソルに視線をやる。
ミリスは自分の立場を理解しているのだろう。
自分の務めを果たすべく用件をソルに伝えた。
「ソル、戻ったばかりで悪いが、そのあたりの情報を仕入れてきてもらいたい。ギルドの依頼として報酬は用意しておく」
その顔は現ギルド長の顔であった。
「はあ、……仕方がないか。俺が首を突っ込んだようなものだしな」
ソルはミリスの表情悟ったのか、彼にしてはまじめにそう答えた。
そんな彼にケイバンが絡んできた。
「まあ、そう言うな。どうせ三日と持たずどこかに出かけるだ。むしろ喜べ、行き先が決まったのだから」
こうしてプロイスは少しふらつきながらダルマシオ伯爵の館へと連行され、荷物は翌朝にはそれぞれ商人達に引き渡されていった。
もちろんニケ特製の発信機をお土産にして。




