70 どうして俺を見る?
「司祭よ、“聖ブラームスの日”にそのように大量に塩や銀が必要なのか?」
早速、ダルマシオ伯爵の館に戻ったサモン達一行はシマール司祭との一連のやり取りを伝えた。
しかし、やはりダルマシオ伯爵にとってもいくら大事な教会の祭事とはいえ、大量の塩や銀が必要だということには理解できないようだった。
「はい私も正直なところ不信感を持っています。同じ教会の者とは言え、聖人の日を理由に塩や銀が大量に必要というのは聞いたことがありません。思い当たることがあるとすれば……、魔法陣。……それも大規模な戦略級のものぐらいかと」
「戦略級魔法陣か……。なるほどな……昔聞いたことがあるな。効率よく魔法を扱いたければミスリルか銀だと。大量に使うのならば塩が代用になるとも聞いた」
「ええ、その通りです。ミスリルが最も魔素に馴染みも良く効率に扱えるのですが、高価なので大量に必要な時は銀で代用します。さらに必要な時や使い捨ての魔法陣ならば塩を代用します。……でも、戦争でも起こらない限り、現状では必要ないはずなんですけれど。……現にこちらにサモン殿がいらっしゃいますし、ダルマシオ伯爵や第一皇子とも面と向かって話せる状況ですので」
「司祭の言うとおりだ。少なくとも我が聖王国と大森林の間ですぐに何か起こるようなことはないはずだ。……まあ、相手がサモン殿ではないかもしれないがな」
「確かにそうですね。ここしばらく第一皇子が聖王都を留守にしていましたし、聖王都のほうで何か動きがあってもおかしくはない状況ですから」
「ふむ、十分にあり得ることだな」
「はい、もし大規模な魔法の行使を目的としているならば、対象は第一皇子もしくは聖王都が、可能性は高いのではないかと」
「ああ、ちょっと口を挟んで申しわけないが、第一皇子ならもうしばらくは安心していいと思うよ」
「何か確信がおありなのですか?」
「いや、すでに撃退したからさ。シャニッサの式典の時にね。魔法陣を使っていたからあれが恐らくその一味なんだと思うよ。……やっとつながったよ」
サモンはシャニッサの式典中、人知れず行われた襲撃現場殲滅戦をダルマシオ伯爵達に聞かせた。
「……なんとそんなことが」
「私も知りませんでした」
正確な標的はわからずじまいだが、華やかな式典の裏舞台を初めて知ったダルマシオ伯爵やザラタン司祭の顔には驚愕の色が見えた。
「だからま、せっかくの式典だしね。知らなくてもいいこともあるさ。知っても特にもならないしね。」
「そうですね、知っていたところで何かできたわけでもないかもしれませんね。……でも事実としてそれに教会が関わっていることになれば大問題です。後継者争いの話どころではありません。国対教会の話になってきます」
「ああ、そうなるな。後継者問題に教会が絡むとなれば、国を割ることにもなりかねんぞ」
ダルマシオ伯爵はザラタン司祭の言葉におおいに同意する。
しかし、聖王国内部に精通しないサモンにとっては異なった認識だった。
「教会が付いた側が後継者じゃないの? 数の関係で」
普通に考えれば大きな組織が付いた方が有利ではある。
だが大きすぎるという点でその状況は異なってくる。
「いえ、やはり教会も王家と同じで派閥がありますので、一括りにはできないのですよ」
「たしかになあ。そうだろうね、大所帯は」
「はい、エカテリーナ教皇をトップに一体となって神の導きを広めなければならないはずなのですが、教皇様も即位されたときこそそのカリスマ性で全教区を束ねられておりましたが、やはりあの戦争、……いや、すいません。サモン殿を非難しているわけではないのですけれど、あれ以来教会の結束力に綻びが見えてきたのですよ。それ以来いくつかの派閥が生まれ、最も大きい派閥がレン・シャファルのセテファン大司教派閥が大きくなっていると聞きます」
少し恐縮しながらザラタン司祭は、教会内部について触れた。
元々戦争に投入された勇者達は教会の管理下ではあったが、荒野”アンファング”への出征は当時イケイケだったエカテリーナ教皇の号令の下に行われた行動であった。
当然、当時はサモンのことなど知られず突然湧いて出てきた鋼鉄壁に囲まれた異質な建造物にニケ達シスターズは魔物にしか思えず、勇者の投入を即断したわけだが。
(まあ、当時その行動に問題の多かった勇者達だったので、これ幸いと投入したとも言えなくもなかったが、帝国側でも同様であった)
だがその結果、勇者達があっさりと消し飛ばされた。
これには両国ともに衝撃を受けたのは確かだが、教会内はさらに大きく揺れた。
そのため、教皇の権威は低下し、派閥勢力が台頭しだしたのだ。
もちろんこのきっかけはサモンではあるが、サモンのあずかり知らぬことでもあった。
「いや、かまわんよ。結果的にそうなったんだろうけど、そこにこちらが詫びを入れる必要もないだろうしね」
「はい、おっしゃる通りであくまでも内輪の話ですので、聞き流していただければと思います」
「セテファン大司教が最大派閥の長になっているのか。ふむ、一度見かけたことはあるが、貴族並みに権威が服を着て歩いているようではあったな。ではその大司教が塩や銀の行先ということなのか?」
ダルマシオ伯爵は“確か聖王都で行われた祭典の時、供を引き連れた偉そうな聖職者だったな”などと思い返した。
「いえ、そこまでは……ここ“カルス・レーク”は西方の玄関口ですので、ここからどこに行くのかを掴まないことにはハッキリとは申し上げられません」
西のロレンティアからレン・シャファルに向かえば、大きな街となると“カルス・レーク”であり、西回りの玄関口となる。
さらにここからレン・シャファルを経由して南下すればアン・ガミルかシャニッサに行くことになるが、そのまま東方に進めば聖王都方面となる。
聖王都方面に向かえば、より多くの大きな街へとつながっていく。
なのでレン・シャファルから先はいくらでも可能性はあった。
「ふむ、そなたの言うことは確かにもっともだ。大司教となれば教皇に次ぐ高位であったな。迂闊に嫌疑をかけるわけにはいかぬか」
「はい。……かといってみすみすこのまま通過させるというのも……」
「ふむ、我も領地を預かる領主として“是”とはいえぬ立場ではある……」
そう言って二人は何かを期待するような目でサモンに顔を向けた。
「いや、そんなに都合よく名案は浮かばないぞ。……伯爵、一つ聞いてもいいかい?」
「何か、妙案でも?」
「街を通らなければ問題はない?」
「まあ、そういうわけにもいかぬが、一応体裁はそうなる。しかし街道を通らねば馬車は動けぬよ。街を迂回はできないはずだ。南にはリ・ニーザ川もあるしな」
ダルマシオ伯爵としても街を通過させることはメンツとしても許容できぬ範囲であったし、
命に背くことにも抵抗を覚えた。
だからといって何やら企む教会の動きを放置するわけにはいかず、かといって教会に繋がる者に拷問をして吐かせることもできないジレンマがあった。
「そうかわかった。……ニケ、パウリーネに連絡だ。ソル達を一旦止めるように」
何かを思いついたようにサモンはニケに顔を向けた。
そして指示をすると再びダルマシオ伯爵に向かい告げた。
「伯爵、それじゃあ、夜のうちに川を使って街の向こうへ行かせるよ」
「川? いや船では遡れないだろう」
ダルマシオ伯爵はついついこの世界の常識で考えてしまった。
そのとき横から声が上がる。
「ああ、わかりました。あのお舟ですね。あれならば十分ですね」
それまで会話の邪魔にならぬよう控えていたミーアが声をあげたのだ。
その声にダルマシオ伯爵が顔を向けた。
「舟?」
“船は流れに逆らって進みはせんだろ”とでも言いたげな目でミーアを見た。
しかし、そんなことにはお構いなくミーアは続けた。
「はい、こちらに短時間で伺えたのはサモンさんのお舟を使ったからなんです。あれならば大量の荷物を一度に運ぶことができますわ」
「しかし、いくら舟があっても下流から上流には……」
「ご心配なく、きっと大丈夫ですわ。エイワード商会が保証します」




